第63話 恋とそれと夏のせい
それから、俺は念のため病院に行き、手の治療を受けた。
男たちを制圧した後のことは瞳さんと荒瀧さんに任させてもらい。
というかむしろ、荒瀧さんが気にするなと病院に送ってくれた。
おそらく、あの男たちは瞳さんがあらかじめ呼んでおいた警察に逮捕、連行されただろう。
裏で糸を操っていただろう須藤の動向はわからないが……荒瀧組の組員に手を出した時点で、総力をかけて捜査されるに違いない。
これは荒瀧組の名誉にかかわる問題だし。
ひとまず、まだまだやることは残っているが……これにて一件落着。
肩の荷がふっと降りる。
「あ、九条」
「瀬那?」
病院を出ると、入り口の前に瀬那が立っていた。
「どうしたんだ? 萌子ちゃんは家に帰ったって聞いたけど」
「あぁ、うん。一応ここの病院で検査受けて、両親が仕事早退して迎えに来た」
「そうか。よかった。でもなんで瀬那は残ってるんだ?」
「そ、それは……あんた待ってたに決まってるじゃん」
瀬那が俯き、頬をほんのり赤くさせて呟く。
「そうなのか。ありがとう」
「っ! 別に? あたしのせいで怪我したようなもんだし……当然のこと、だし」
「瀬那はやっぱり優しいな。それに真面目だ」
「はぁ⁉ な、なにそれ!」
瀬那が拗ねたように怒る。
やがて黙り込むと、ぽつりと言葉をこぼした。
「……改めてさ、ありがとね、九条。あたしの妹を助けてくれて。それに……あたしのことも守ってくれてさ」
「俺は俺のすべきことをしただけだよ」
「だとしても! 結果的にあたしは九条に救われた。だから……この“ありがとう”は素直に受け取って?」
「わ、わかった」
そこまで言われたら素直にもらわないわけにはいかない。
それに、やはりありがとうと言われるのは嬉しいしな。
頑張った甲斐があったと、報われた気持ちになる。
温かい気持ちになっていると、瀬那がくるりと俺に背を向けた。
そしてぼそりと呟く。
「ほら、帰ろ? 家まで送ってくし」
「あはは、ありがとう」
そう返して、瀬那の横に並んだ。
ふと、目の前に高く上る入道雲が目に入る。
そして俺は、充足感と共に夏の終わりを感じるのだった。
♦ ♦ ♦
※瀬那宮子視点
九条と並んで夏の道を歩く。
ただ隣を歩いているだけなのに、あたしの胸は危険を知らせるみたいに高鳴っていた。
なに、これ。
九条に会う前から熱かった体が今はもっと熱い。
あたしに何かを気づかせようと、じんじん脈打っている。
胸の鼓動に、熱い体。
やけに動きが鈍くなる頭もそうだ。
……もし、あたしが九条を見たら。
恐る恐る隣の九条の横顔を見る。
――ドクンッ。
「っ……!!!」
この心の反応だけは嘘をつかない。
そっか。そうなんだ。
あたし――九条のこと、好きなんだ。
でも、考えてみたらそりゃそうだよねって感じだ。
大丈夫って言ってもらって、ほんとに大丈夫にしてくれて。
くれたら嬉しい言葉を言ってくれて、なんでもない顔ですごいことしちゃって。
こんなに“カッコいい人”、他にいないよ。
好きになるよ、こんなの。
彩花が、弥生が、一ノ瀬さんが好きになっちゃうのもよくわかる。
こんなの、好きになるしかないじゃん。
「ん?」
九条があたしの視線に気が付く。
あたしは視線をそらさず、じっと九条を見つめた。
視線が交わってるこの時間が幸せだって、心と体が言ってる。
だからあたしは、ずっと九条と目を合わせていたいって思っちゃう。
「どうした? なんか俺の顔についてる?」
「ううん、そんなんじゃないし」
「そ、そうか」
あたしに見られて、困ってる顔もカッコいいな。
……うん、好きだなぁ。
「っ⁉」
思わず九条の指に、あたしの指で触れる。
手のひらを触る勇気はなくて、ぎゅっと人差し指を握った。
「せ、瀬那?」
「……九条。あたしね? あたし……」
九条を見つめ続ける。
やがて、まるで引力のように九条に引き寄せられていき……。
――ちゅっ。
私は背伸びをして、九条の頬にキスしていた。
「瀬那⁉」
九条の顔が動揺でいっぱいになる。
あたしはふと我に返り、顔に火が付いたみたいに熱くなった。
「ご、ごめん! なんていうかその、そこに頬があったから……って、あたし何言って!!!」
そこに頬があったからってなに⁉
そんなの理由になるわけないじゃん!
なのにこんな言い訳しか出てこない。
ほんとあたし、何やってんだ……!!!
キ、キスなんてそんなのしたことないのに……。
っていうかそもそも、男の子に触れたことすらほとんど……!!!
「ご、ごめん! 忘れて! マジで!!!」
「お、おう」
はぁ、ほんとあたし何やってんだろ。
これが恋の病ってやつなのかな。
だとしたらみんな、どうやって症状押さえてんの?
マジわかんないんだけど……あぁもうっ!
ほんと、どうしちゃったんだろうあたし!!!
……でも、またしたいと思ってしまう。
もっと先にあることも、したいと思ってしまう。
…………ほんと、どうしちゃったんだろう。あたし。
きっと恋と……それと、“夏”のせいだよね。
♦ ♦ ♦
※須藤北斗視点
「アァ……アァ……アァッ!!!!! アァアアアアアアアアアア!!!!」
車の窓から見えるその光景に、頭がよじれる。
九条と、宮子がァ……アァ!
宮子がァ、九条にィ……アァ!
「アァアアアアアアアアアアアアア!!!!」
「北斗様⁉」
俺は思わず車から飛び出し、二人の元へ駆け出す。
「北斗様ッ! 今出ていったら!」
運転手の言葉など無視して、二人の元へ向かう。
アァ……アァ!!!!
「九条ォオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」




