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彼女たちの選択、大好きを探しに  作者: アンコの子ネコ
最終章 想いと結果
26/27

想いと結果 その7

 ……ふぅ……キツい……。


 草を掻き分けなければ進めなかったのは道から逸れて少し行った所までだけだったが、進むにつれて傾斜がきつくなり、時には這って進む必要な程で難儀した。それでも迷わず進む事が出来ていたのは明らかに出来たばかりの藪漕ぎをした跡があったからだ。


 ……でもこれって、アオイのじゃなくって他の人が入った跡だったりしないかしら……。


 少し不安になったがそれでも進み続けるのは辞めない。


 ……アオイに会ったら、喜びのあまり泣き出してしまうだろうか。そして泣きながら怒鳴りつけてしまうかも。何せこんなに大変な苦労をさせられている。そのまま怒りに任せて引っ叩いてしまう恐れもあるわね。それならそれで仕方がないか。アオイはそれだけの事をやったんだ。それとも恥ずかしくってすぐに近寄る事が出来ないかも……今のわたしはとても人前に出られる恰好でないもの……。


 頭の中はアオイと会えたらどうなるか、どうするか、そればかりが占めていた。


 色々と思い付くが、恐らく会った瞬間は何も出来ず何も言えずにただその場で泣き崩れる事になるだろう。だが何をしようともどうなろうとも構わない。会う事さえ出来れば良いのだ。とにかくアオイを感じたい。その一心を原動力として一心不乱に慣れない山を歩き続ける。


 ……しっかし、どこにいるのよ……。


 一体どの位山の中を歩いたのだろうか。もう陽も傾きつつある。一応ヘッドライトの用意はしているが、真っ暗な山の中を、しかも全く土地勘のない場所を歩くのが危険なのは百も承知だ。しかしここまで来て諦める訳にもいかない。


 ……早くアオイを見つけなくっちゃ……。


 気ばかり焦ってしまい中々前に進めないでいた。


 道のない山中なので手掛かりは人の歩いた跡だと思われる痕跡のみ。注意深く草や枝の様子を確認しながら歩き続けていたのだったが、いつまで経っても周りの様子は変わらない。同じ場所をぐるぐる回っているのではと思える程だったが、暫くするとやっと風景が変わった。山頂付近に出たのか岩肌に囲まれた少し開けた所に出る。しかしここで草や枝による痕跡は途絶えた。すぐ側には崖があり、あまり長居をしたくない場所だ。しかしこの後は辺りをよく調べて足跡を探さなければならない。一先ずここで一休みする事にした。


 ……ふぅ……疲れた……。


 慣れない山歩きで足が棒になった。足だけで無く身体中から悲鳴が上がっている。適当な岩を見つけると腰掛けて持って来ていた水に手も付けずに放心していた。すると……。


 ……ん……? あら……?


 どうした事だろうか。途端に不思議な位に身体の疲れが取れ始め、焦りと苛立ちでささくれていた気持ちもスッと消えて落ち着いた。


 ……あ! これって……。


 冴えた頭の中に、学生の頃にゼミだかサークルで聞き齧っていたか物の本で読んだ話しが重い浮かんで来た。


 ……山のオジサン? 女神さまでしたっけ……?

 

 山の中では時折りこんな現象が起こるのだとか。


 確かアイヌだかマタギ辺りの話しだったと思う。その者達にとって山は恵みを得る為の大切な場所であるのと同時に人智の及ばない場所として恐れ敬い神聖視していた。山は世界を構築する縮図。生命に限らず全てのものを内包し循環させて、本来自然的に最もバランスが取れている場所になる。中でも特にそれを感じられる箇所が存在するらしく、そこに訪れるとそのバランスの枠組みに上手く加わる事が出来、今のような感覚に襲われる事があるのだそうだ。


 ……これがそうなのかしら……。


 実学を目の当たりにして少し感動したが、しかし詳しい事は専門外なので覚えていなかったのを少し後悔した。しかしそれを感受したならば、その後でしなければいけない事は覚えている。


 ……確か、山の神さまがお好きな物を……。


 お礼にその場へお供えする必要があるのだそうだ。特に煙草。しかしわたしは喫煙者でないので待ち合わせていない。


 ……なら……。


 神さまなのだからお酒も好きだろう。それならば偶然持っている。飲むだけでなく色々と使えるから持って来ていたのだ。決して飲むためではない。車で来ているし。


 ……これをタバコの代わりにお供えしましょう……。


 荷物も減るから好都合。しかし瓶ごと山の中へ置いておくのは環境的に宜しくないから中身だけ。


 お酒を注ぐのに適した岩の窪みでもないものかと辺りを見渡すのだったが、その時驚きのあまり身体が強張った。


 ───ッ!


 ここに先客がいた。お供えするのに丁度良さそうな岩の窪みがあったが、そこには火の付いていない煙草が三本置いてあったのだ。


 ……コ、コレって……。


 震えが来た。


 ───アオイだ! アオイがここに来てた!


 確信を持ってそう思えた。


 ただの煙草が置いてあるならば他の者の可能性も高い。いくら人気が無く気軽に入って来られる場所ではなくとも山仕事をする者なら来てもおかしくはないだろう。そしてそんな者ならばこの行為を知っている筈だ。ただその際に山へゴミは残せないので、自然に還らないフィルターは外しておくか、煙草の葉だけを置いておくのだと聞いている。しかしここにある煙草は両切りだ。元々フィルターの付いていない紙巻き煙草。


 ……こんなキツイの吸ってるのって、アオイ以外に見たことない……。


 市販されている物なのだから全くいない訳ではないだろうが、こんな場所でそんな偶然があるだろうか。それに全く劣化した様子がない。ついさっき置いたばかりに見える。


「アオイー! アオイー! わたしよー! ユズキよーッ! どこにいるのーッ‼︎」


 思わず叫ばずにはいられなかった。







 そのまま暫くの間、辺りを半狂乱にならながら走り回ってアオイの名前を叫び続けた。しかしいくら叫ぼうとも返ってくる声はなかった。叫び疲れて押し黙ると山は相変わらず静かな状態に戻ってしまう。


「……うぅぅ……」


 岩に縋り付きながら泣き崩れた。


「……アオイ……アオイ……」

 

 ここまで来て行き違いになってしまったとは考え難い。アオイが山の中に入ってからそう時間は経っていないはずだ。なら一足遅く既に何処かで事切れてしまっているのだろうか。


 最悪の事態を想像してしまい、更に悲しみが増して涙が止まらない。それでもアオイの名前を呼び続けるのだけは辞められなかった。


「……ユズキ……?」


 ───ッ!


 その声を聞いて初め幻聴かと思った。しかしいくら暫く離れていたとは言えアオイの声を聞き間違える事なんてない。確かにハッキリと聞こえた。


「アオイ! アオイ! いるのね? どこ? わたしよ! ユズキよ!」


 岩の方から聞こえて来たが、その脇は崖と鬱蒼と生い茂った草木に覆われている。岩の後ろに回るのは容易ではない。動かずにその場で声を上げるしかなかった。


「出て来てよーッ! 顔を見せてーッ!」

「……教授から聞いていたけど、本当に来たんだ……」

「当たり前じゃない! あんな書き置き一つでいなくなるなんて!」


 心外だ。わたしの想いがその程度なのだと思われていたのかとまた泣けて来た。


「……ごめん……。でもダメなんだ。もう会えない……」

「何がダメなのよ! せめて、せめて顔だけでも見せてよ!」

「本当にダメなんだ。ごめん……。それよりもここは危険だから、すぐに離れて」

「ヤダ! ヤダヤダヤダー!」


 まるで聞き分けのない子供みたく駄々をこねてしまった。しかしアオイ相手なのだから今更だろう。気にしない。感情の赴くままに泣き叫び続けた。


「……アオイ……アオイ……」

「ごめん、本当にごめん……」


 そのまま二人共黙り込んでしまい暫しの間沈黙が流れた。


 それを破ったのはアオイだった。


「アッ! ちょっと! ダメダメッ! ユズキ! 今すぐ離れてーッ!」


 そんな事を言われても離れられない。気持ちはもちろんだが、いくら少し開けている場所でも周りは崖に鬱蒼と茂った山林だ。行き場はない。しかしアオイの言葉なのだからとすぐに素直に従った。嫌だったが岩からのけ反るようにして少し離れる。すると突然黒いものが視線に入って来た。


 ───ッ!


 それはまるで岩の中から現れたかの様に思えたが、恐らくは端の山林からなのだろう。しかしそれがどこから出て来たのかは問題ではない。


 ───ク、クマぁ!?


 黒くて長いそのモノは熊の手に見えた。


 ───イヤーッ!


 驚きのあまり腰を抜かしそうになったがなんとか踏ん張ると、急いで腰に下げている熊よけスプレーを取り出し、自分に浴びない様に目をつむり息を止めて無我夢中でレバーを握る。


 ───どっかいってーッ!


 あっという間に噴射しなくなったがそれでも十分効果はあったらしい。「グウォー‼︎」と響く叫び声と共に崖の方から大きなものが落ちる鈍い音がして静かになった。どうやら退ける事が出来た様だ。


 ……藤掛さんに感謝ですね……。


 これは最近「お渡しするのを忘れていた物がありました」と、色々とアウトドア用品を頂いていた内の一つ。


 ……お陰で助かりました……。


 他にも何故かスタンガンやら催涙スプレー等も貰ったが、流石にそれは置いて来ている。


 ……なんであんな物までくれたのかしらね……?


 気を取り直すと、恐る恐る目を開いて周りに異常がないのを確認した後、ゆっくり崖に近付いて下を見下ろした。


 ……?


 そこには黒い獣の様な物が落ちている。しかし。


 ……あれ? クマ……?


 動物には詳しくないが、その微動だにしていない物体には違和感を覚えた。獣と言うには生々しさを感じない。死んでいるからだとしても生物らしさを全く感じないのだ。


 不思議に思ってそのまま暫く見ていると、次第にその違和感の正体に気が付いて来て背筋に冷たい物を感じる。


 ……アレって……。


 かつて幼い頃に山中で弟を亡くした時に遭遇した不可思議な現象を思い出させられ、気持ちが悪くなりなりすぐにその場を離れた。


 ……なんであんなモノがここにいるのよ……。


 先程までアオイと会話を交わしていなければ、すぐに元来た道を走って戻り山を降りただろう。しかしすぐ側にアオイがいるのだ。ここを離れる訳にはいかない。怖さよりも会いたさの方が優りグッと踏み止まる。


「アオイーッ! どこにいるのー! わたしは無事よー! 出て来てーッ!」


 恐怖も手伝って先程よりも大きく叫んだ。


「…………」


 しかしいくら叫ぼうともアオイからの返答は一切無い。山はまた静かになっていた。


 ……なんで……。


 先程まで居た場所から離れてしまったのだろうか。


 ……もしやアレにやられた? 


 すぐにアオイを追い掛ける決意をし、岩壁の背後に行くべく脇の草むらへと向かう。今さっきアレが出て来た場所だが怖いなどとは言っていられない。しかし……。


 ───エッ?


 阻まれてしまった。何かに弾かれた感覚があって先へ進む事が出来ない。


 ……なんなのよもう……。


 頭の中は大混乱。泣きたくなったがもはや涙も枯れ果て出てこない。そのまま暫し呆然としてしまった。


 ……ちょっと落ちつこう……。


 岩肌を見つめながら考え込んだ。


 ……こういう時にタバコが吸えたらって思うわね……。


 視線の先には供えられている煙草があった。ここで一服でもすれば落ち着く事が出来て考えもまとまるかも知れないのだが煙草は嗜まない。仕方がないので代わりに深呼吸をすると今起きている事を一つ一つ整理して考える事にした。


 ……まず、ここにアオイが居たのは間違いない……。


 この煙草だけなら物的証拠は弱いが、しっかりと話しをしているのだ。幻聴か何かではない。明らかに当人だった。これは自信を持って言える。


 ……それと、アレ……。


 考えるだけで昔の事が思い出されて心の蓋が動きそうになるが今はそんな事に構っていられない。気合を入れて現実と向き合う。


 ……とてもクマには見えない……。


 そもそも生物かどうかも怪しい。それがこの崖の脇から、わたしが入ろうとしたが入れなかった所から出て来たのだ。

 

 ……偶然も二つ重なると何とかって言うわよね……。


 認めたくない気持ちは変わらずに強いが、柳教授の話しを信じる方に傾きつつあった。


 ……ここは人の想いが残っていた場所か……。


 人為的でなく自然的な要因で取り残されてしまった場所になる。


 ……考えたくは無いけど、あれって……。


 ヒカルはアオイと共に行動していた筈だ。そしてわたしが直に確認した訳ではないが、今や危うい存在になりつつあるとの話しだった。


 ……じゃあ……。


 その事実は崖の下だろう。しかし確認する勇気も手段も無いのですぐに頭から追いやり思考を進める。


 ……例のその場所には行きたくても行けなかったと、教授は言っていたわよね……。


 試しに小石を草むらに投げてみると小石は通過した。しかし手を伸ばすも拒まれる。まるで催眠術にでも掛かっているかの様に手が止まってしまうのだ。


 ……コレが結界なの……?


 百歩譲って、柳教授の話しを鵜呑みにはしなくともそこにヒントがあるのだとすれば、ここを通り抜ける為には贄、捧げるものが必要となる。


 ……それを教授は自身の……。


 気持ちの悪い話しを思い出してしまったので、被りを振って頭から取り除く。流石にそんなモノは用意出来ない。


 ……贄といえば……。


 古事記や日本書紀に出て来る捧げ物は海産物や山の幸。しかしあれは日本の神様が相手だ。少しでも柳教授の話しを信じるのならばここは違うだろう。それこそ山羊や羊でも良いのかも知れないが。


 ……なら……。


 先程お供えにしようと思っていたお酒を取り出した。神様でもそうでなくてもこれは好物に違いない。勿体無く思ったが、試しに草むらに向けて掛けてみる。


 ……え……!?


 すると小石の様に向こう側へ抜ける事はなく、何も無い空間に飲み込まれる様にしてお酒が消えていった。その後で辺りが一瞬淡く光り輝く。


 ……コレは……。


 言葉では到底言い表せない不可思議な現象を目の当たりにしてしまったら、信じる信じないは別としてもそれに縋るしか無かった。


 ……イワシの頭も何とやらか……。


 アオイに会いに行くにはここを抜けるしかない。しかし身体が言う事を聞かないのか先に進めないのだ。ならば進める様にすれば良い。


 しかし持って来ているお酒では足りない様子だ。どの位あれば良いのだろうか。一斗樽程か? かと言って一度戻って用意する時間はもうない。ここまで持って来るのも無理だ。今ここにある物で対応するしかない。

 

 一息ついて少しだけ残っていたお酒を口にすると覚悟を決める。


 ───贄が必要なら捧げますよ!


 徐に髪に手を伸ばすと結っていた紐を解き髪を左手に巻きつけ、腰からナタを取り出し引きちぎる様に切り始めた。


 ───イタ! イタタタターッ!


 枯れたと思っていた涙が出て来た。しかしここは我慢だ。


「コレならどう! 処女の髪よ!」


 古来より各地で女性の髪は神聖視されている。更にそれが乙女の物であれば殊更だ。その手の話は世界各国枚挙にいとまがない 。


 結界だなんてモノはまだ半信半疑だ。だが先に進めない事実は変わらない。無意識下で身体が動けなくなっているのだとしたら後は意思の力だどう。


 ───アオイの所に行くの!


 切った髪を叩きつける様に突き出して前に進んだ。。

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