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双月記  作者: 村野夜市
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わたしは水月に、神殿のことを話した。

何から話していいか考えもうまくまとまらなかったけど。

もう、思い付く端から、何もかも全部、いるのかいらないのか分からないことまで全部、話した。

ときどき、短い質問を挟みながら、水月はそれを全部、静かに聞いていてくれた。


彼月が望を壊すと言ったと話すと、水月は慌てた顔をした。


「それだけは、やめたほうがいいっす。

 オレ、大昔に一度だけ、望と戦ったこと、ありますけど、あれ、バカ強、っすから。」


そっか。水月は災禍だったとき、一度、望と戦っているんだ。


「けど、あの望は、彼月とわたしが櫃に入らないと、目を覚まさないんじゃ?」


「いやいや。魔導人形ってのは、最低限の自己防衛機能は、必ず、ついてますから。

 おそらく、攻撃されれば、反撃してきます。」


それは、大変かも。

眠ったままの石の像が暴れ回るのを想像して、わたしはぞくっとした。

水月も、恐ろしいことを思い出すように、ぶるぶるとからだを震わせた。


「物理的な力も、魔導の力も、およそこの世界の力に、あの望を傷つけられるものはありません。

 オレも、そもそも、戦いにもなりませんでした。

 望ってのは、それほど凄まじい魔導人形なんです。

 結局、逃げ回るしかなくて。

 望はそんなオレをじりじりと追い詰めてきて。

 ただ、望がオレにとどめをさそうとした、その瞬間、望が、突然、動きを止めたんっす。

 オレ、そのおかげで、命拾いをしたんですよ。」


「望がふたつに分かれた、って話?」


「あれ、正確なところは、望の精神体がふたつに分かれたんっすけどね。

 天界人は魔導に通じている人が多いから、精神体も見えたんでしょうね。

 片方、後に寒月になるほうの精神体は、そのままオレにとどめをさそうとしていました。

 けれど、もう片方、細愛は、両手を広げて、オレをその背に庇っていました。」


それって、望は、魂がふたつに分かれてしまった、ということなんだろうか。

だけど、そんなこと、あり得るのかな。


「精神体って、分かれたりするもんなの?」


「どうでしょうね。オレも、あのとき以外でそんなことは、見たことも聞いたことも、ないっすけど。

 でも、確かにあのときは、そうなったんっすよね。」


「精神体が脱け出すと、からだは動かなくなるの?」


「はい。

 だから、望も、オレにとどめをさす直前に、動かなくなったんです。」


それは、でもやっぱり、そのとき望が動けなくなってよかった、って、わたしは思う。

望が、水月に、とどめをささなくて、本当によかった。


「わたしたちのからだも今、動かなくなってるのかな?」


「そうっすね。

 多分、死んだみたいに、ぴくりとも動かないでしょう。」


そっか。

でも、わたしは一応、ちゃんと櫃のなかに入ってるから大丈夫だけど。


「水月は、大丈夫なのかな?

 からだを、危険なところに置いてきたりとか、してない?」


心配になって見上げたら、水月は、ふふっ、と軽く微笑んだ。


「あ。オレね?

 はい。オレは、あの塔にもたれて、眠ったようになってると思いますよ?」


「誰も、水月のからだを見ていてくれないよね?大丈夫なの?」


わたしは一応、彼月が番をしてくれているけど。


「まあ、オレは、そこそこ、頑丈っすからね。大丈夫っすよ。

 そんなことより、千鶴さんは、なるべくなら、早く帰ったほうがいいでしょうね。

 今、千鶴さんのからだは、一応、息はしてるでしょうけど、ぴくりとも動かないでしょうし。

 それを見たら、彼月さんも、余計な心配をするでしょう?

 あんまり長く離れていると、戻るとききつくなりますし。

 それに、精神体というのは、実はものすごく無防備なので。

 下手すると、霧散する危険だって、あるんっすよ。」


水月は平気な顔をして、怖いことをずらずらと並べてから、最後に付け足した。


「けど、あえてその危険を冒しても、無茶してくれなかったら、オレには介入できませんでしたから。

 ずぅっと、あそこでひとり、気をもんでいることしかできなかったので。

 やっぱり、感謝しますよ。有難うございます。」


無茶して有難う、って言われても、なんだかなあ、って感じだけど。


「精神体になれたのって、やっぱり、あの櫃に入ったからかな?」


「そうっすね。

 おそらくは、望にはあなたと彼月さんの精神体だけ送られるようになっていたでしょうから。

 けど、抽出されたのが、あなただけだったから、おそらく、宙ぶらりんな状態だったんでしょう。

 その状態で、あなたが、強く、呼んでくれたから、オレはここに来られたんっすよ。」


「強く、呼んだ?

 もしかして、水月を?」


そう尋ねると、水月は、くくっと笑っただけで否定も肯定もしなかった。


もしかして、わたし、水月を呼んだの?

あの、極限状態で?

そんな記憶はまったくないんだけど。


「神殿の結界を抜けられたのって、精神体だったから?」


「いいえ。正確には、千鶴さんは、結界を脱け出してはいません。

 ただ、ここは、千鶴さんの心の作り出した世界です。

 ここには、神殿の魔導の効果が及ばないので、オレも入ってこられたんっすよ。」


???

なんだかよく分からないけど、とにかく、そのおかげで、水月に相談できたんだ。

まあ、よしとしよう。


「精神体が戻ったら、またからだは元通り動くのかな?」


「はい。それは問題ありません。」


そこはきっぱり言い切ってくれて安心した。

水月はそこに付け足して説明した。


「だから、天界人たちも、初めはそのふたつの精神体を望のなかへ戻そうとしたんです。

 けれど、どうやってもそれはうまく戻せなくて。

 それで、仕方なく、別々の人形に宿したんです。

 それが、寒月と細愛っす。」


そっか。

寒月と細愛も、元は望と同じ、魔導人形だったんだ。


わたしはあの天井に埋め込まれた彫像のような望を思い出した。

寒月も細愛も、最初はあんな姿をしていたのか。


「わたしたち、魔導人形から人間に生まれ変わったんだ。」


「そうなりますね。」


人形が人間になる。

そんなおとぎ話はたくさんあるけれど。

自分が元人形だ、って言われると、なんだかちょっと変な感じだ。


「だけど、どうやっても戻せないから、仕方なく、寒月と細愛にしたんでしょう?

 それなのに、今さら、望に戻るのかな?」


「そこんとこの仕組みは、神殿にかけられた魔導を読み解いてないので、なんとも言えませんけど。

 ただ、天界人にとって、望の復活は、悲願でしたから。

 可能な限りの手は打ってあるのでしょう。」


「望が復活すれば、月の浄化装置は、本当に稼働するのかな?」


「それは、やってみないと分からない、としか言えませんけど。

 あの場に望を残してあるからには、あの神殿自体が、浄化装置なのかもしれませんね。」


そっか。天界人は、浄化装置に鍵を突っ込んだまま残したんだ。

いつか、不完全なふたりの天使が、その鍵を有効にすることを信じて。


「わたしは、彼月と、望を起こすべきなのかな?」


その問いには、水月は、しばらく、うーんと考え込んでから、答えた。


「あなたがどうすべきかは、あなたにしか決められません。

 だけど、少なくとも、オレは、あなたにそうしてほしくない。

 もっとも、オレは、この世界にとって、最初から余所者だし。

 そもそも、あなたにどうこう意見する権利なんか、持ち合わせてはいないんっすけど。」


水月は深いため息を吐いた。


「天界人にとって、望の復活は悲願中の悲願でした。

 何が何でも、望を復活させたい。

 あの人たちは、ずぅっとそう言い続けてました。

 望さえ復活すれば、この世界の問題は何もかも解決する。

 天界人は本気でそう考えているようでした。

 だけど、望を復活させれば、あなたたちふたりはどうなってしまうのか、誰も何も言いませんでした。

 ただ、あなた方ふたりが分かれたとき、もう、望はどこにもいなくなってしまいました。

 だから、望が復活すれば、そのときは、あなた方がこの世界からいなくなるんだと思います。

 オレは、望のことは、直接的には何も知りません。

 ただ、あなた方ふたりのことは、とてもよく知っているんです。

 だから、あなた方を犠牲にしてまで、望を復活させたいとは、やっぱりどうしても思えない。

 ・・・なんてこと、そもそも、オレに言う権利なんて、ないんっすけど。」


水月はもう一度ため息を吐いた。


「実はオレ、もうずっと、あなたと彼月さんを犠牲にしなくていい方法を考えてきました。

 望を取り戻したい人たちには申し訳ないけど。

 少なくとも、あなたと彼月さんのなかには、ちゃんと望が生きているんですから。

 あなた方が無事なら望も無事だ。

 だからやっぱり、今生きているあなた方を、護りたいと思ったんです。」


「彼月もわたしも、犠牲にしない方法?」


そんなものがあるの?

尋ねたわたしから、けれど、水月は少しだけ視線を逸らせた。


「だけど、どうしても、最後の部分だけ、解決法を思い付かない。

 いや、本当は、分かっているんですけど・・・」


それから、水月は、わたしの目を覗き込むようにじっと見つめた。


「・・・ごめんなさい。

 オレは臆病な卑怯者っす。」


ひどく自分を責めた言い方をする水月に、わたしは精一杯の言葉を探した。


「そんなこと、ないよ。

 だってさ、水月は、さっき自分も言ってたけど、本当は、この世界の存在じゃないんでしょう?

 わたしたちの苦難を救う義務なんて、水月にはないんだから。

 なのに、いろんなことに巻き込まれて辛い思いしてる。

 むしろ、ごめんなさいは、わたしの言うことだよ。」


そう言って笑いかけたら、水月は、ちょっと顔を歪めて、それから、ぼろっと涙を零した。


「・・・千鶴さん・・・オレね・・・そんな善人じゃないっすよ?

 結局、一番大事なのは、自分の気持ちなんです。

 オレは、手の中にあるちっぽけな宝物を護るだけで精一杯の怪物です。

 もっと大事なものがあるって分かってても、手にした宝物を失うのが怖くて、手を開けない。

 欲深くて愚かな醜い存在、なんっす。」


「それがどんなに大事な宝物なのか、分かるのは水月だけだよ。

 水月にとって、それはそんなに大切なものなら、何に代えても護りたいと思うのは仕方ない。

 だけど、そんなに大事なものがある水月は、本当は幸せなんだと思うよ?」


水月はわたしの顔をじっと見つめた。

開きっぱなしのその目からは、ほろほろ、ほろほろ、と涙が溢れ続けた。


「・・・ねえ、千鶴さん・・・」


喉に絡む声で水月はわたしの名前を呼んだ。


「あなたが細愛じゃなかったら、オレはもうとっくに、あなたを攫って宇宙の果てへ逃げてます。

 けど、きっと、あなたが細愛だから、オレはこんなにも、あなたに惹かれてしまうんでしょうね。」


わたしは何て答えたらいいのか分からなくて、ただ、水月をじっと見返した。

水月は溢れる涙を拭おうともせずに、ただ、わたしを見つめながら、涙を零し続けていた。










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