表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
双月記  作者: 村野夜市
8/146

学生食堂じゃなくて、折角だから、外のお店に行こう。

一三夜はそう言った。

学士院の近くには、学生相手のお店もたくさんあるらしい。

この辺りのことは、一三夜のほうがよく知っているし、教えてもらえるのは嬉しい、かな?

本当に美味しいお店だったら、今度、夏生とも来たい。


一三夜の乗騎の乗り心地は、思ったほど悪くはなかった。

操縦も危なっかしくはないし、思ったより安全走行だ。

小さな結界で座席に固定されるようになっていて、どこかに捕まる必要もない。

ぼんやり座っているだけでよかったから、かなり、楽だった。


「昨日、急いで、結界、つけといてよかった、かな。

 それに、平衡維持装置を、少し、強化しておいたんだ。

 やっぱり、安心感って、重要だものね?

 いくら僕のこと信用して、って言ったところで。

 会ったばかりで、そう簡単に信用なんか、できるわけないし。」


それでもわたし、一三夜とは、かなり早く、親しくなってると思う。

夏生とだって、普通に話すまでには、もうちょっと時間、かかったもの。

会って二日目で、ふたりでご飯食べるなんて、前だったら想像もつかないくらいの快挙だよ。


一三夜にはなにか、いつのまにか、こちらの懐にすっと入ってくるようなところがある。

それって、わたしにだけじゃなくて、誰に対してもそうみたい。

廊下を歩いていると、いろんな人から声をかけられるし、誰に対してもにこにこと受け答えする。

いつの間にそんなに友だち作ったんだろう、って、ちょっと不思議に思う。

わたしにはない才能だ。


そんな一三夜と親しい人たちは、わたしに対しても、わりと好意的に接してくれていた。

気軽に挨拶されても、なかなかうまく答えられなくて、ついつい、もたついてしまうんだけど。

そんなわたしにも、嫌な顔をせずに、温かく見守ってくれるような人たちだ。


こういうの、人望、とか言うのかな。


天才なうえに、人望もあって、本当に、別世界の人って感じなのに。

なんだって、一三夜は、わたしのこと構うんだろう?


前世、とか言われたって、正直、覚えてないし。

そもそも、信じてない。

だいたい、そんなもの持ち出さなくったって、一三夜なら、きっと恋人になりたい人は大勢いる。

・・・わたし以外なら。


なんで、わたしなのかなあ?

それが、前世?

いやもう、前世くらい持ち出されなかったら、あまりに根拠がなさ過ぎる話しだと思うけど。

いや、やっぱり、前世を根拠にされたって、困るしかないけど。


「なんか、悩んでる?」


考え込んでるうちに、いつの間にか、目的地に着いていたらしい。

一三夜は、先に降りると、わたしを固定していた結界維持装置を切った。


「あ。・・・っと、乗騎、思ったより、怖くなかった。」


ぼんやり考え事なんかしていられたくらいだし。

なるほど、これなら、居眠りくらいしてられそうだ。

って、操縦してる本人が居眠りしちゃ、やっぱりダメだと思うけど。


「そ?」


一三夜は嬉しそうににっこりすると、ひょいと抱えて、わたしを乗騎から下ろした。


「・・・そんな子ども扱いしなくても、自分で降りられるよ?」


親切でやってくれてるんだろう、とは思うんだけれども。

なんとも、この扱いは、むずむずして苦手だ。


「知ってる。

 ただ、僕がやりたいだけ。」


一三夜は知らん顔をして、そこの前のお店に入っていく。

昔風の、木でできた建物だった。


「ここのおむすびがさ、種類も多いし、どれも絶品なんだよね。」


お店に入った一三夜は、どこか得意げに手を広げてみせた。

見ると、大きな台の上に、ぎっしりお盆が敷き詰められて、そこにおむすびがたくさん並んでいた。


見事なほど大きさの揃ったおむすびが、きちんと整列して並んでいる。

三角おむすびの頂点から、中の具が、まるであふれ出てきたように覗いていた。

定番の具から、ちょっと見ただけじゃ、味の想像のつかないものまで。

色合いも鮮やかで、見ているだけで楽しくなるような光景だ。


「わー、綺麗だ。」


「そうでしょうそうでしょう。

 まだ、時間、ちょっと早いから、全種類揃ってるね。

 急いだ甲斐、あったよ。

 お昼を過ぎるころには、これ、全部売り切れるんだよ。」


へえ。これ全部?

それはすごい人気だ。


「千鶴さん、好きなの、ここに入れてよ。」


一三夜は買い物用のお盆を持って隣に来た。

好きなのって、言われても困るなあ。

おむすびはどれも美味しそうで、どれにするか迷ってしまう。


「一三夜は?どれ、食べたい?」


「僕は、千鶴さんの食べたいのが食べたい。」


・・・それ、答えになってませんよ?


「うーん、あれも食べたいし、こっちのも惹かれるし・・・」


「全部入れたらいいよ。

 半分こしよう?

 そうしたら、いろんな味が試せるでしょう?」


なるほど。それはいい案かも。

いろいろ迷って、七種類にまで絞った。


「七つか・・・半分にしても、三個半・・・ちょっと食べきれないかな・・・」


でも、どれも厳選したのばっかりで、これ以上は、どうしたって減らせない。


「大丈夫だよ。

 割るとき、千鶴さんのほうを小さめにしてあげる。

 なんなら、具のところだけ食べてもいいよ?」


「そんな申し訳ないことはしない・・・けど・・・

 じゃあ、そうさせてもらおう、っかな。」


結局、七つ載せたお盆を、一三夜はお会計に持って行った。


「あ、今日は僕に任せて?

 こう見えて、僕、給料もらってるし。

 っていうほど、高価なものでもないけどさ。」


そう言ってさっさと支払いも済ませてしまう。

誰かに何かをご馳走になるなんて慣れてなくて、ちょっとどきどきする。


「あ。あの、すみませんです。」


ずしりと重いおむすびの包を両手に抱えて頭を下げたら、いえいえ、とにっこりした。


「でも、そういうときは、すみません、じゃなくて、有難うだよ?」


「あ。そうだよね。あの、有難う。」


もう一度頭を下げたら、ああ、そんなに言わなくていいって、って笑った。


「そうだ。じゃあ、そのお礼の気持ちを、形にしてもらおうかな?」


なのに、何を思い付いたのか、いきなりそんなことを言い出した。


「え?形?」


いったい何をさせられるんだろうって、警戒して見たら、ふっふっふ、と不気味に笑った。


「もう一度、乗騎に乗ってね?

 あ、おむすびは、僕が預るよ。

 大丈夫。ここの物入れにちゃんと入れておくから。

 あなたの手は、ここ。

 ちゃんと僕に捕まって?」


わたしをまた乗騎に乗せると、わたしの前に自分も乗る。

それから、わたしの両手を持って、自分の腰に回させた。


「え?」


「今度は、結界、外すから。

 ちょっと風、強くなるけど。

 大丈夫。僕に捕まってれば、落ちたりはしない。」


「え?」


「しっかり、捕まっててね?」


わたしの手をぎゅっと握って、もう一度確認すると、そのまま乗騎を作動させた。


いきなり動き出した乗騎に、びっくりして、思わず一三夜にしがみついてしまう。

一三夜の笑い声が、くっついた背中から響いてきた。


びゅうびゅうと、風が耳元で渦を巻く。

人の力で動く乗騎とはまったく違う速度で、周囲の景色が後ろに飛ぶ。

からだごと、持って行かれそうで、ちょっと怖い。

心臓が、ばくばくと、もの凄い速さで打ち始めた。


時間にしたら、それほど長くはなかったはずだと思うんだけど。

どきどき、どきどき、していたから、かなり長く感じた。

最初だけ、ちょっと怖かったけど。

そのうちに、楽しいって気持ちのほうが大きくなっていった。

一三夜の背中は、大きくて、温かくて。

ぎゅっと捕まったら、不思議なくらい、安心できた。


いつの間にかまた学士院に戻っていた。


乗騎を止めて、一三夜は、わたしを振り返って笑った。


「風のなかへ、ようこそ。

 居心地は、どうかな?」


「楽しかった。

 なんか、わくわくした。」


正直に思った通り言ったら、嬉しそうに、それはよかった、って笑った。


学内で魔導乗騎に乗ることは禁止されてるから、一三夜は降りて歩きだした。

わたしも降りようとしたら、そのまま乗っていて、と言われた。


「ああ。押しているように見えるだろうけど、これ、自動操縦なんだ。

 僕は手を添えて、歩いているだけ。」


だからって、わたしだけ楽してるみたいで、申し訳ないんだけど。

飛び降りようにも、動いている乗騎から飛び降りるのは、ちょっと怖くてできない。

一三夜はそのまま話し続けた。


「こうしていると、大昔の、姫君を馬に乗せて歩く従者、みたいじゃない?」


「一三夜が従者だなんて、とんでもない。

 多方面から、お叱りを受けるよ?

 それに、わたしじゃ、姫君には役不足だよ。」


「なにを言うんだろ。この姫君は。

 もっとも、僕も、あなたの従者になるには、まだまだ修行が足りてないかな。

 精進いたしますから、いつか、僕のこと、あなたの従者にしてよね?」


「そのためには、わたしが、お姫様になれる修行をしないといけなくなるよ。」


「あなたはね、何もしなくても、お姫様だよ?」


「・・・そういうこと言うの、世界中で一三夜だけだよ。」


「そっか。もし本当にそうなら、嬉しい、んだけど。

 世界中で、僕だけが、その真実を知っているって言うんなら。

 誰にも、教えない。誰にも、教えたくない。

 そうやって、あなたのこと、独り占めにする。」


ちらっとこっちを見上げた瞳があんまり眩しくて、目が合った瞬間、急いで視線を逸らせた。

すると、一三夜は、小さなため息を吐いた。


「けど、本当のことを知ってるのって、僕だけじゃないんだよね・・・」


「なに?本当のこと、って?」


「あなたがお姫様だ、ってこと。」


「・・・・・・。断言するよ。そんなこと言うのは、一三夜だけだよ。」


あんまりしつこいからそう言い切ったら、一三夜は、ははは、とどこか淋しそうに笑った。









評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ