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学生食堂じゃなくて、折角だから、外のお店に行こう。
一三夜はそう言った。
学士院の近くには、学生相手のお店もたくさんあるらしい。
この辺りのことは、一三夜のほうがよく知っているし、教えてもらえるのは嬉しい、かな?
本当に美味しいお店だったら、今度、夏生とも来たい。
一三夜の乗騎の乗り心地は、思ったほど悪くはなかった。
操縦も危なっかしくはないし、思ったより安全走行だ。
小さな結界で座席に固定されるようになっていて、どこかに捕まる必要もない。
ぼんやり座っているだけでよかったから、かなり、楽だった。
「昨日、急いで、結界、つけといてよかった、かな。
それに、平衡維持装置を、少し、強化しておいたんだ。
やっぱり、安心感って、重要だものね?
いくら僕のこと信用して、って言ったところで。
会ったばかりで、そう簡単に信用なんか、できるわけないし。」
それでもわたし、一三夜とは、かなり早く、親しくなってると思う。
夏生とだって、普通に話すまでには、もうちょっと時間、かかったもの。
会って二日目で、ふたりでご飯食べるなんて、前だったら想像もつかないくらいの快挙だよ。
一三夜にはなにか、いつのまにか、こちらの懐にすっと入ってくるようなところがある。
それって、わたしにだけじゃなくて、誰に対してもそうみたい。
廊下を歩いていると、いろんな人から声をかけられるし、誰に対してもにこにこと受け答えする。
いつの間にそんなに友だち作ったんだろう、って、ちょっと不思議に思う。
わたしにはない才能だ。
そんな一三夜と親しい人たちは、わたしに対しても、わりと好意的に接してくれていた。
気軽に挨拶されても、なかなかうまく答えられなくて、ついつい、もたついてしまうんだけど。
そんなわたしにも、嫌な顔をせずに、温かく見守ってくれるような人たちだ。
こういうの、人望、とか言うのかな。
天才なうえに、人望もあって、本当に、別世界の人って感じなのに。
なんだって、一三夜は、わたしのこと構うんだろう?
前世、とか言われたって、正直、覚えてないし。
そもそも、信じてない。
だいたい、そんなもの持ち出さなくったって、一三夜なら、きっと恋人になりたい人は大勢いる。
・・・わたし以外なら。
なんで、わたしなのかなあ?
それが、前世?
いやもう、前世くらい持ち出されなかったら、あまりに根拠がなさ過ぎる話しだと思うけど。
いや、やっぱり、前世を根拠にされたって、困るしかないけど。
「なんか、悩んでる?」
考え込んでるうちに、いつの間にか、目的地に着いていたらしい。
一三夜は、先に降りると、わたしを固定していた結界維持装置を切った。
「あ。・・・っと、乗騎、思ったより、怖くなかった。」
ぼんやり考え事なんかしていられたくらいだし。
なるほど、これなら、居眠りくらいしてられそうだ。
って、操縦してる本人が居眠りしちゃ、やっぱりダメだと思うけど。
「そ?」
一三夜は嬉しそうににっこりすると、ひょいと抱えて、わたしを乗騎から下ろした。
「・・・そんな子ども扱いしなくても、自分で降りられるよ?」
親切でやってくれてるんだろう、とは思うんだけれども。
なんとも、この扱いは、むずむずして苦手だ。
「知ってる。
ただ、僕がやりたいだけ。」
一三夜は知らん顔をして、そこの前のお店に入っていく。
昔風の、木でできた建物だった。
「ここのおむすびがさ、種類も多いし、どれも絶品なんだよね。」
お店に入った一三夜は、どこか得意げに手を広げてみせた。
見ると、大きな台の上に、ぎっしりお盆が敷き詰められて、そこにおむすびがたくさん並んでいた。
見事なほど大きさの揃ったおむすびが、きちんと整列して並んでいる。
三角おむすびの頂点から、中の具が、まるであふれ出てきたように覗いていた。
定番の具から、ちょっと見ただけじゃ、味の想像のつかないものまで。
色合いも鮮やかで、見ているだけで楽しくなるような光景だ。
「わー、綺麗だ。」
「そうでしょうそうでしょう。
まだ、時間、ちょっと早いから、全種類揃ってるね。
急いだ甲斐、あったよ。
お昼を過ぎるころには、これ、全部売り切れるんだよ。」
へえ。これ全部?
それはすごい人気だ。
「千鶴さん、好きなの、ここに入れてよ。」
一三夜は買い物用のお盆を持って隣に来た。
好きなのって、言われても困るなあ。
おむすびはどれも美味しそうで、どれにするか迷ってしまう。
「一三夜は?どれ、食べたい?」
「僕は、千鶴さんの食べたいのが食べたい。」
・・・それ、答えになってませんよ?
「うーん、あれも食べたいし、こっちのも惹かれるし・・・」
「全部入れたらいいよ。
半分こしよう?
そうしたら、いろんな味が試せるでしょう?」
なるほど。それはいい案かも。
いろいろ迷って、七種類にまで絞った。
「七つか・・・半分にしても、三個半・・・ちょっと食べきれないかな・・・」
でも、どれも厳選したのばっかりで、これ以上は、どうしたって減らせない。
「大丈夫だよ。
割るとき、千鶴さんのほうを小さめにしてあげる。
なんなら、具のところだけ食べてもいいよ?」
「そんな申し訳ないことはしない・・・けど・・・
じゃあ、そうさせてもらおう、っかな。」
結局、七つ載せたお盆を、一三夜はお会計に持って行った。
「あ、今日は僕に任せて?
こう見えて、僕、給料もらってるし。
っていうほど、高価なものでもないけどさ。」
そう言ってさっさと支払いも済ませてしまう。
誰かに何かをご馳走になるなんて慣れてなくて、ちょっとどきどきする。
「あ。あの、すみませんです。」
ずしりと重いおむすびの包を両手に抱えて頭を下げたら、いえいえ、とにっこりした。
「でも、そういうときは、すみません、じゃなくて、有難うだよ?」
「あ。そうだよね。あの、有難う。」
もう一度頭を下げたら、ああ、そんなに言わなくていいって、って笑った。
「そうだ。じゃあ、そのお礼の気持ちを、形にしてもらおうかな?」
なのに、何を思い付いたのか、いきなりそんなことを言い出した。
「え?形?」
いったい何をさせられるんだろうって、警戒して見たら、ふっふっふ、と不気味に笑った。
「もう一度、乗騎に乗ってね?
あ、おむすびは、僕が預るよ。
大丈夫。ここの物入れにちゃんと入れておくから。
あなたの手は、ここ。
ちゃんと僕に捕まって?」
わたしをまた乗騎に乗せると、わたしの前に自分も乗る。
それから、わたしの両手を持って、自分の腰に回させた。
「え?」
「今度は、結界、外すから。
ちょっと風、強くなるけど。
大丈夫。僕に捕まってれば、落ちたりはしない。」
「え?」
「しっかり、捕まっててね?」
わたしの手をぎゅっと握って、もう一度確認すると、そのまま乗騎を作動させた。
いきなり動き出した乗騎に、びっくりして、思わず一三夜にしがみついてしまう。
一三夜の笑い声が、くっついた背中から響いてきた。
びゅうびゅうと、風が耳元で渦を巻く。
人の力で動く乗騎とはまったく違う速度で、周囲の景色が後ろに飛ぶ。
からだごと、持って行かれそうで、ちょっと怖い。
心臓が、ばくばくと、もの凄い速さで打ち始めた。
時間にしたら、それほど長くはなかったはずだと思うんだけど。
どきどき、どきどき、していたから、かなり長く感じた。
最初だけ、ちょっと怖かったけど。
そのうちに、楽しいって気持ちのほうが大きくなっていった。
一三夜の背中は、大きくて、温かくて。
ぎゅっと捕まったら、不思議なくらい、安心できた。
いつの間にかまた学士院に戻っていた。
乗騎を止めて、一三夜は、わたしを振り返って笑った。
「風のなかへ、ようこそ。
居心地は、どうかな?」
「楽しかった。
なんか、わくわくした。」
正直に思った通り言ったら、嬉しそうに、それはよかった、って笑った。
学内で魔導乗騎に乗ることは禁止されてるから、一三夜は降りて歩きだした。
わたしも降りようとしたら、そのまま乗っていて、と言われた。
「ああ。押しているように見えるだろうけど、これ、自動操縦なんだ。
僕は手を添えて、歩いているだけ。」
だからって、わたしだけ楽してるみたいで、申し訳ないんだけど。
飛び降りようにも、動いている乗騎から飛び降りるのは、ちょっと怖くてできない。
一三夜はそのまま話し続けた。
「こうしていると、大昔の、姫君を馬に乗せて歩く従者、みたいじゃない?」
「一三夜が従者だなんて、とんでもない。
多方面から、お叱りを受けるよ?
それに、わたしじゃ、姫君には役不足だよ。」
「なにを言うんだろ。この姫君は。
もっとも、僕も、あなたの従者になるには、まだまだ修行が足りてないかな。
精進いたしますから、いつか、僕のこと、あなたの従者にしてよね?」
「そのためには、わたしが、お姫様になれる修行をしないといけなくなるよ。」
「あなたはね、何もしなくても、お姫様だよ?」
「・・・そういうこと言うの、世界中で一三夜だけだよ。」
「そっか。もし本当にそうなら、嬉しい、んだけど。
世界中で、僕だけが、その真実を知っているって言うんなら。
誰にも、教えない。誰にも、教えたくない。
そうやって、あなたのこと、独り占めにする。」
ちらっとこっちを見上げた瞳があんまり眩しくて、目が合った瞬間、急いで視線を逸らせた。
すると、一三夜は、小さなため息を吐いた。
「けど、本当のことを知ってるのって、僕だけじゃないんだよね・・・」
「なに?本当のこと、って?」
「あなたがお姫様だ、ってこと。」
「・・・・・・。断言するよ。そんなこと言うのは、一三夜だけだよ。」
あんまりしつこいからそう言い切ったら、一三夜は、ははは、とどこか淋しそうに笑った。