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その夜は、もう嬉しくてさ。
夏生の寝台の隣の床に、布団、持って行って寝た。
夏生は自分が床に寝るって言ったけど。
いい。これはわたしのしたいことだから。
そう言って床は譲らなかった。
昨夜はあんまり眠れなかったけど、その夜は、ぐっすり、眠れた。
なんだかまた楽園の夢を見た気もするけど。
あんまりぐっすり寝たから、起きたときにはなにも覚えていなかった。
弥生二日
翌朝の目覚めは、それはそれはすっきりだった。
こんなにすっきり目が覚めたのは、本当、久しぶりだ。
さあ、今日からいよいよ新しい生活だけど。
夏生と一緒なら、なんにも怖くない。
夏生とは専門分野は違うけど。
書記吏員の研修生は必修科目以外は、どの分野の講義を受けてもいいから。
なるべくくっついて行って、一緒に受けられるものは一緒に受けよう。
玉菜畑に詳しい書記吏員がいたって構わないもんね。
みんな玉菜畑で生まれたんだし。
学生寮は基本的に食事は食堂でとることになっている。
部屋で飲食をしてはいけない、ということではないけれど。
食堂に行けば、朝食、昼食、夕食、いつも温かくて栄養のある食事を供してもらえるんだ。
食堂に行こうと部屋を出た途端に、いきなり目の前が真っ暗になった。
え?なに?
なにかが、前からふわっと覆いかぶさっていた。
「やあ、おはよう。」
その声に、かぶさっていたのは一三夜だと分かった。
「少しでも早く、あなたに会いたくて、ここで待ってた。
驚かせてごめんね。」
一三夜はそう言いながら、そのまま、ぎゅっと腕に力を込めた。
「昨日のこと、何度も何度も思い返しては、あなたに嫌われたんじゃないかって、考えてた。
だから、朝一番に会って謝ろうって。」
「それって、謝ってる態度?」
ぼそっと言ったのは夏生だった。
一三夜は、慌ててわたしから手を離すと、夏生のほうにぺこりと頭を下げた。
「えっと、夏生さん、ですよね?
保育学専攻の。
千鶴さんにいつも優しくしてくれて有難う。
僕は・・・」
「知ってる。一三夜よね?
それにしても、あなた、わたしのこと、よく知ってるみたいだけど。
どうやって知ったの?」
夏生は一三夜の挨拶を遮って、じろっと睨んだ。
それに、一三夜は、ああ、とこともなげに返した。
「僕、ここの職員の権限、持ってるんで。
学生の情報も、閲覧できるから。」
「はあ?なんでそんなこと?」
咎めるように睨む夏生に、一三夜は素直に頭を下げた。
「・・・すいません。
けど、閲覧したのは、直接聞けば分かる程度のことだけだから。
千鶴さんはどんな人と同室なのか、気になったし。
けど、千鶴さんにとって、あなたはとっても信頼のおける人みたいだし。
よかった、って、思って。
これからも、千鶴さんのこと、どうかよろしくお願いします。」
にっこり笑いかける一三夜に、夏生は思い切り訝し気な目を返した。
「どうしてあなたに、あたしの友だちのこと、よろしくなんて言われるのか、よく分からないんだけど。
それに、どうして一学生の分際で、職員の権限なんて持ってるのかも。」
あー、それは、と一三夜は困ったように頭を掻いた。
「研究所のほうも、ときどき手伝いに来てほしいらしくて。
けど、物理的にそっち行くのは無理だって言ったら、ここの魔導計算機使え、って。
学生の権限だと外部の装置の遠隔操作はできないけど。
それなら、職員の権限を渡すから、って・・・」
「だからって、学生の情報を勝手に見るなんて。」
「すいません。目の前にぶら下げられたら、つい、我慢できなくて。
千鶴さんのことは、なんでも知りたい。
そうして、今度こそ、守り切・・・」
うん?と聞き返した夏生に、一三夜は、ああいえ、なんでもない、と微かに笑ってみせた。
「それより、これから朝食?
なら、僕も、一緒に行っていいかな?」
「どうぞ。
どうせ同じ食堂で食べるんだから。」
あっさり了承した夏生に、一三夜は有難うと言って、わたしの隣に並んだ。
「ちょっと!
廊下、三人並んで歩いたら、邪魔!」
すぐに夏生に叱られる。
ああ、ごめん、とわたしが後ろに行こうとしたら、がしっと、夏生に腕を掴まれた。
「あなた、後ろね?」
ああ、はいはい、と一三夜は慌てて後ろに行った。
あたたかくて栄養たっぷりの朝食の後は、いったん部屋に戻ってから、学校へ行く。
その全部に、にこにこと一三夜もついてきた。
「だって、部屋、隣だし、千鶴さんと専攻、同じだし・・・」
夏生に睨まれると、そう返す。
それもそうだから、夏生もそれ以上は追い払えない。
むしろ、専攻の違う夏生とは、学校に着くと、別々になってしまった。
今日は午前中いっぱい使って、単位取得の説明があった。
講義は明日からで、午後は休みになる。
帰ろうとしたら、一三夜が言った。
「折角だから、お昼を食べて帰ろうよ?」
「わたし、早く帰って、お昼は夏生と・・・」
「保育学は、実習もあるから、午後はその説明会だよ。
夏生さん、帰ってくるのは、夕方になっちゃうよ?」
そっか。そうなんだ。
「是非、お勧めしたい、お昼ご飯があるんだけど・・・」
一三夜は上目遣いでちらちらとこっちを見る。
帰っても夏生、いないんじゃ、お昼もひとりだし。
というか、どっちみち寮の食堂に行くなら、一三夜もついてくるだろうし。
だったら、このまま一三夜のお勧めのご飯に行っても同じなような気がした。
「・・・分かった。」
昨日のあれはともかく。
今日、午前中、一緒にいて、一三夜って、そんなに嫌なやつでもないなって思ってた。
多少、ぺたぺたとひっついてくるのには辟易するけど。
嫌だって言ったら、すぐにやめてくれる。
「そうと決まったら、駐騎場へ・・・」
「駐騎場?
今朝は、一緒に歩いてきたのに?」
「ああ。乗騎は勝手にここに来るように設定してあるから。
今日は、ちゃんと、括り袴、履いてきてくれてるみたいだし。」
嬉しそうにわたしの姿を見る。
「いや、これ、わたしはいつも、この格好だから。」
「そうなんだ。それは、助かるなあ。」
いや、乗騎に乗るためじゃないですからね?
そう言おうとしたけど、一三夜は拝むように両手を合わせてわたしに言った。
「歩くと少し遠いんだ。
だから、ね?」
・・・・・・。
まあ、行くって言ったんだし。仕方ないか。
それに、この調子だったら、いずれそのうち、乗騎には乗せられるんだろうし。
分かった、と言ったら、一三夜は、やったー、と両手を振り上げて喜んだ。