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双月記  作者: 村野夜市
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朝。

お味噌汁のいい匂いに目が覚める。

まだちょっと朝は肌寒いけど。

火鉢には炭が熾っていて、しゅんしゅんと薬缶も沸いている。

ほっこり暖かい部屋のなか。


今日こそは、先に起きよう、って思ってたのに。

わたしは急いで下に行った。

台所でおたまを持った水月が振り返る。


「おはようございます。千鶴さん。」


水月の足元で、ショウちゃんも元気よく尻尾を振る。

わたしは水月の隣に立ってため息を吐く。

もうやることは、なにも残っていなかった。


「また、先を越されちゃった。」


むぅ、と唸ったら、水月は長い背を屈めて、いきなり、ちゅ、って口づけた。


「ふふ。ムリしなくていいっすよ?

 誰だって、得意不得意がありますから。

 適材適所、適材適所。」


ってもね?

水月の得意分野と、わたしの得意分野とじゃ、広さが全然違うから。

水月といると本当にわたし、なぁんにもできないダメなやつ、になっちゃうんだよね。


「うん。この煮つけ。

 この味は、千鶴さんにしか絶対に出せない。」


水月は昨夜作っておいた煮つけを取ってつまみ食いした。


「隠し味は、なんっすか?

 やっぱり、秘密っすか?

 伴侶に秘密はなしっすよ?」


伴侶。

水月の口からその言葉が出て、どきっとする。

そっか。

わたしたち、伴侶になるんだ。


「って、あと、九百九十九回、彼月さんを倒したら、ですけどね?」


・・・そうだった。


彼月は、あと九百九十九回、僕を倒したら認めてあげるよ、なんて、宣言してさ。

まったく、いつになったら決着はつくのやら。


「焦らなくても、ゆっくりいきましょう?」


水月は、わたしを、おたまを持ってないほうの手で、ひょいと抱え上げた。

そのまま、おでこを、こつん、と軽くぶつける。


「あなたのことを、伴侶、なんて呼べる日が来るなんて、思ってもみませんでした。

 零が一になった。

 それって、すごいことですよね?」


絶対にあり得ないんだ、って思ってた。

それが、いつかきっとそうなる、って思えるようになった。

確かに、それは、すごい進歩だ。


水月はそのままわたしを抱えて階段を上っていく。

もう片方の手には、器用にお盆に乗せたお茶碗を持っている。

ショウちゃんも、その後から急いでついてくる。

口には器用におかもちを咥えている。

自分もお役に立ってます、って、なんだか得意そうだ。

あのおかもちも、戻ってきてから水月が作ったんだ。


ショウちゃんは、前から賢い子だって思ってたけど。

実はもっともっと、秘めたる能力があるみたい。

水月はそれも分かってるみたいだ。


水月とショウちゃん。

このふたりの間にも、なにか、通じるものがあるらしい。


二階の卓袱台にできたてほかほかの朝食が並ぶ。

わたしの煮つけも、味見に少し出してある。

一晩寝かせて、味もよく沁み込んだかな。


ショウちゃんも、最近は、わたしたちと同じ食事を摂る。

犬には人間と同じものを食べさせちゃいけないと思ってたけど。

よく考えたら、ショウちゃんって、犬じゃなかったっけ。


ショウちゃんは自分用の食器に盛り付けた食事を、こぼしもせずに器用に食べる。

手を使わないのに、よくあんなに上手に食べるなって思ってたけど。

魔導で口に運んでいるみたい。

そっか。ショウちゃんって、実は水月と同じ、魔導力の塊なんだった。


もしかしたら、人の姿もとれるのかな?

なんで、犬の姿をしているんだろう。

一度、そう尋ねてみたんだけど。

ショウちゃんは、知らん顔をして、わたしの顔をべろりと舐め返しただけだった。


ショウちゃんを包み込む金色の毛並み。

あれって、実はわたしの力らしい。

ショウちゃんの力とわたしの力が拮抗してて、それが、ショウちゃんの形を維持するんだとか。

なんだかねえ、わたしの力も、わたしの知らないところで活躍しているみたいで、よかった。


さて。

わたしも自分の前に並べられた食事に手をつけようとしたんだけど。

ダメです、と横から水月に遮られた。


ええ~・・・しょんぼり。

わたしはおあずけを喰らった犬のように水月を見上げる。


ちなみに、ショウちゃんは、知らん顔をして、自分のご飯をぱくぱく食べている。


「千鶴さんは、はい、あーん。」


そう言って口元に差し出されるぴかぴかの白米。

ちょうどいい一口大で、ほかっ、と湯気も立つ。

ううう。なんて、美味しそうなんだ。


けれども、わたしは、もう一度、恨めし気に隣の水月を見上げた。


「今日こそは、自分で食べてみたいな?」


水月は、ふふっ、っと極上の微笑みを浮かべて、だーめ、と首を傾げた。


「箸や食器は直せばいいっすけど。

 熱々の汁物やご飯をこぼすと、火傷、しますからね?」


そう。

わたし、ここも力加減が分からなくて、食器や箸も何回も破壊したんだ。


魔導人形は、損傷もほとんど自動修復するけど。

損傷があったことを知らせたり、そこを使わないようにさせるために、痛みを感じるようにしてある。

つまり、火傷をすると、魔導人形でも、痛い。


「・・・でも、練習しないと、いつまでもできないと思う。」


「もちろん、それは正しいですけれど。

 せっかくの朝食、冷めてしまうのは惜しくありませんか?」


う。

説得しようとしたら、逆に説得し返されてしまった。


「今度、熱くないもので、練習しましょうね?」


ってもさ。

水月の作るご飯って、いっつも作りたて熱々だし。

けど、この寒い朝に、それは最高のご馳走だからさ。


言い返せなくて、むぅ、とちょっと唸ったら、また、ちゅ、ってされた。


なにそれ?

新しいおまじないかなにか?


「ふふっ。

 そのびっくりした顔、可愛いんっすよねえ。」


は、い?


「びっくりして、怒ってるの忘れてくれるといいな、って。

 はい、あーん。」


びっくりして怒ってたの忘れて、ついでに、ぱくっと一口、食べてしまった。

う。。。うまい。

悔しいけど、美味しい。


「なぁにやってんの、朝っぱらから。」


突然、彼月の声がして、びっくりして振り返る。

戸口のあたりに凭れて、彼月が呆れた顔でこっちを見ていた。


「か、彼月?いつの間に?」


表の呼び鈴が鳴った音はしなかったんだけど。


「彼月さん、通信機使うなら、呼び出し音鳴らしてくださいよ?」


水月はちょっと困ったように言った。


え?通信機?


「お前の試作機、呼び出し機能、壊れてたぞ?

 んで、困ったな、って思って、試しに使ってみたら。

 なんか、勝手に繋がったんだ。」


彼月はにやっと笑うと、すたすたとこっちへやってきて、わたしの横にどっかりと胡坐をかいた。


「あ。おかまいなく。

 そのまま続けて?

 僕はこっちで、ひとり淋しく、済ませてきたから。」


わたしを挟んで反対側の水月ににこにこと告げる。


「彼月、今日は早起きなんだね?」


なんだか黙ってるのも気まずくて、思わず話しかけてしまう。

立体映像だって分かってるけど。

それにしても、この距離は、近過ぎるよ?


「ああ、仕事片付けてたら、朝になってたから。

 今から寝たら絶対寝過ごすし、折角だから、お弁当でも作るかな、って。

 そしたら、ちひろと晶から立て続けに連絡が入ってさ。

 どっちも、ちょっと遅れそうだから、現地に直接行く、って。

 ならもう、みんな、自分のいい時間に、現地集合でいいかあってことになって。

 だからそれ、わざわざ連絡しに来てあげたんだよ?」


それはどうも、有難う。

頭を下げたら、彼月は、にやっと笑った。


「ところで、さっきから見てたんだけどね?

 水月が千鶴の力の微調整しないのは、それが狙いだったんだね?」


「えっ?

 あ。それは、その・・・」


途端に水月は焦ったように慌て始めた。


「おかしいと思ったんだよね?

 自分だって魔導人形歴はそれなりに長いんだし。

 微調整すれば、その程度の不具合は簡単に直るはずなのに。

 慣れ、とか言って、させないのはどうしてだろう、って。」


彼月はすらすらと言ってから、水月の返答を待つように、じっと見上げた。

水月はおろおろしていたけど、諦めたように白状した。


「・・・だって、やりたいでしょ?」


「やりたいよ?」


あっさり認める彼月にぎょっとする。


「そのくらい弱み握ってないと、千鶴は逃げるしね?」


「申し訳ないとは思うんっすけどね。

 もの壊して情けない顔してるのがまた、可愛い、というか・・・」


「あ。それも、分かる。同意する。」


「ですよね?

 ならもうちょっと、見逃しては・・・」


「僕にも、千鶴にあーん、させてくれるんなら、見逃してあげてもいいよ?」


おいおいおい。

本人差し置いて、なんの相談してるんですか?


「分かった。

 ちひろに言ってすぐ微調整してもらう。」


わたしは食事中だけど席を立った。

そのわたしに彼月は楽しそうに言った。


「それはどうかなあ。

 ちひろも、千鶴の困り顔が可愛い、って言ってたからな。

 僕ら、完全に利害が一致してるんだよね?」


「じゃあ、ひなたに頼む。」


「あああああ、それだけは、やめたほうがいいっす。

 あの人にやらせた日には、かえって、余計な機能、付け加えられるのがオチっす。」


「意味もなく、いきなり鋏に変わる、とかね?」


それは!困るね?


「みすずや、ひかるは・・・」


「あの人たちは、専門外だね。」


・・・残念。

じゃあ、誰も、わたしのこと、助けてくれる人はいないの?


と思ってたら、いきなりショウちゃんが近寄ってきて、わたしの手にぱくっと咬み付いた。

あんまり突然のことだったから、水月も彼月も、なんにも反応できなかった。

もちろん、わたしも、ただ、びっくりして、咬み付かれるままだった。


え?


もちろん、痛くはない。

軽く、咥えた程度。


けど、指先に、ぴりっとした感覚があって、それからちょっとだけ、手の重さを感じた。


「え?あれ?」


わたしはふと気づいて、急いでお箸を手に持った。

うん。使える。

普通に、使える。


反対の手にお茶碗を取って、ぱくぱくとご飯を食べる。

うん。自分で食べられるって、幸せ。


あ~あ、と、彼月と水月、同時に言った。


「なに、この犬。こんなこと、できるの?」


「こいつの魔導力は、千鶴さんの魔導力と反応させて、減速させられるんっすよ。

 しかし、よくもまあ、そんなこと、気づいていたもんだ・・・」


「ただの犬じゃないってことか。」


「有難うショウちゃん。

 ショウちゃん、大好き。」


わたしはショウちゃんの首にぎゅっと抱きついて、頬ずりをした。

ショウちゃんは、どういたしまして、って感じに、ぺろっと一回わたしの顔を舐めた。

それからまた、そそくさと自分の席に戻って、ご飯の続きを食べ始める。


それを見ていた彼月と水月は、顔を見合わせて同時にため息を吐いた。








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