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双月記  作者: 村野夜市
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風に溶けて、光に溶けて、このままわたし、水月と行こう。

水月と一緒に、この世界そのものになろう。


花の竜のように。

ずっと一緒に。

並木を吹き渡っていこう。


きらきらと、まばゆく輝く世界が、どんどん近くなる。

水月のあたたかさだけ、全身で感じている。


幸せだなあ。


水月が言ったのか。

わたしが思ったのか。

もう、その境界線も分からない。


そのときだった。


「ちょっと、待ったあ!!!」


ばんっ、と叩きつけられた聖堂の扉。

そして、響き渡る彼月の声。


ええ・・・っ、せっかく、ようやく、幸せに、なれそうだったのに・・・


とっても残念な気持ちになりながらも、わたしはその場に留まった。

水月もわたしと一緒に留まる。

わたしたちは、声のしたほうを振り返った。


「ダメだよ、水月。

 千鶴は連れて行かせない。」


彼月、お願い、見逃して?


縋るように見つめたけど、その思いは彼月には届かなかった。


彼月はにやっと笑って付け足した。


「あ。もちろん、お前も、行かせないけどね?」


え?


彼月の後ろから、ごろごろと台車に載せて人形が二体、運び込まれてきた。


「ふう。なんとか間に合ったあ。」


仁王立ちになり、額の汗を拭って、がははと笑う小柄な人は、ひなた?


「まったくもう。人使いの荒いこと。」


そう言って彼月を睨んだのはひかるだった。


「うふ。

 今度のは、前回よりいろいろと機能を追加しておきましたわ。」


長い髪をさらりとゆらし、にっこり微笑むのは、みすず。


「究極まで人体に近づけた、と言っても過言じゃないな。

 あ。機能に関する苦情は受け付けない。」


なにか含みありげににやっと笑ったのはちひろだった。


「それというのも、みんな、あなたの遺してくれた知識と技術、あってのことですわ。」

「どう考えてもおかしいのよね。

 この技術。わたしたちだけなら、千年かけても、辿り着けるはず、ないし。」

「研究院に遺された多数の試作品。

 そのおかげで、今もこの街は平和に暮らしていけるのですわ。」


口々に話す三人に、ちひろは、しぃっ、と言って黙らせた。


「千鶴の記録、彼月から言われて読んだんだ。

 それは信じられないような話しばかりだったけど。

 でも、信じてみたら、案外、あっさり目の前が開けた。」


「できることなら、もっと早く、見せていただきたかったわ。」

「魔導人形二体、大急ぎで作れ、だなんて。

 この納期でよく間に合ったものだと思いますわ。」

「まあまあ。それもこれも、わたしたちからの、恩返しですわ。」


三人は、ひっきりなしに口を動かしながらも、手も動かしていた。


見事な最新式の魔導人形二体、ででん、っとそこに並べられる。

無造作に床に直に置いてあるけど、あれ、ものすごい高価なものだよね?


魂の入っていない魔導人形というものを初めて見た。

のっぺらぼうの顔に、球体関節が剥き出しになったからだ。

どう見てもただの人形だ。


魔導人形というものは、元々はそういうもので。

そこに魂が宿れば、姿は魂の持ち主の形になるんだって聞いたことがある。


「さあ、どうぞ。おはいりなさい。」


魔女たちは、水月とわたしにむかって、誘うように魔導人形を示した。


「あの記録通りなら、水月は、魔導人形に入った経験はあるのでしょう?」

「どうぞ。千鶴さんにお手本を見せて差し上げてくださいまし。」


お手本?


見ると、水月は、ははは、とちょっと困ったように笑っていた。


「オレはともかく、千鶴さんは、その・・・」


魔女たちは、どーんと胸を叩いた。


「大丈夫。

 何を隠そう、いや、別に隠してませんけど。

 千鶴さんもご存知でしょう?

 わたくしたちも、魔導人形だ、ってこと。」


「これはこれで、慣れれば、なにかと、便利ですわよ?」


「今回のは特別製だ。

 どこからどう見ても、人間そのものだぞ。」


「気に入らなければ、また作ってあげます。

 でも、その時間をちょうだい。

 あなた方を、このまま行かせたくないんです。」


魔女たちは代わる代わる訴えた。


「お前、このまま、千鶴を連れて逃げるつもり?」


そうはさせるか、と彼月は鼻を鳴らした。


「いいだろう。第一試合はお前の勝ちだ。

 僕は、千鶴の選択はちゃんと優先するからね。

 けど、試合はまだ終わっちゃいない。

 敗者復活、って言葉、聞いたことないかい?」


敗者復活?


彼月はにやりと笑って、優雅にお辞儀をしてみせた。


「まさか、この僕から逃げ切れると思ってたの?

 僕の諦めの悪さは、超一流だから。

 たとえ世界に溶けたって、抽出してあげるよ?」


それは。逃げきれませんね?


「いいから。逃げないで、正々堂々、この僕と勝負しろ。」


「かまわん。水月。遠慮しないで、何度でも打ちのめしてやれ。」

「彼月の打たれ強さは、望譲りですから。ちょっとやそっとじゃ倒れませんよ?」

「堂々と、勝ち続ければいいんですわ。その自信はおありなのでしょう?」


魔女たちが水月を煽る。


「遺して行かれるよりも、何度でも、負けるほうがいいのですよ。」


ぽろっとみすずはそう呟いた。


ずいっと前に出たのはひかるだった。


「このために、わたしたちが、いったいどれだけ徹夜したか。

 もうずっと、千鶴さんにも会えないし。

 千鶴さんが足りなくて、みんな、どうにかなりそうでしたわ。

 部屋も三つ、混沌に沈みました。」


混沌に?沈んだ?

さらっと付け加えたけど。


「いいから。とっとと、お入りなさい。」


ひなたに一喝された水月は、わたしの方を伺うように見た。


「どうします?千鶴さん?」


「このまま水月とここに残れるなら。

 水月とみなさんと、ずっと一緒にいられるなら。

 ここにいたい、です。」


わたしは思わずそう言っていた。


「・・・水月と、って二回、言った。」


ぼそっと言った彼月を、まあまあ、とみすずが宥めた。


「分かりました。じゃあ。」


水月はわたしを優しく抱きしめると、ゆっくりと、魔導人形へと移してくれた。






悲恋、にしようと、悪あがきを続けていたのですが。

なんともなんとも・・・

ここは諦めて、キーワードから、悲恋、を外そうと思います。

この期に及んで、どうもすみません。

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