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双月記  作者: 村野夜市
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夏生と晶の婚礼式は、それはそれはいいお式だった。

商店街中の人が集まったんじゃないかってくらい、大勢人が集まって。

予定していた会場に入りきらなくて、急遽、商店街の広場に場所は変更された。

ご招待、とかはしていなかったんだけど、みんな噂を聞いて、駆け付けてくれたらしい。

一言、お祝いを言いたい、ってわざわざ来てくれた人が大勢いて、びっくりした。

お料理や飲み物も、商店街中のお店から大量に差し入れされて。

通りすがりの人たちまで巻き込んで、なんだか、広場でお祭りみたいになった。


夏生も晶も、こんなにみんなに大事にされてたんだね。

そのことが、とても嬉しかった。

大勢の人が、大笑いして、大泣きしていた。


夏生とも晶とも、それなりに長い付き合いだと思っていたけど。

あんなふうに幸せそうなふたりを見たのは初めてだった。

幸せを人間の形にしたら、ああなるんだろうなって思った。

よく知っている相手だと思っていても、まだまだ新しい発見があるものだと思った。


彼月の作った衣裳も、それはそれは、素晴らしかった。

いったい、どこをどうしたら、あんなもの思い付くんだろう。

みんな思わず、ため息を吐いてしまったくらいだ。

それを見た人たちから、何組か、新しい依頼もあったらしい。


宴もたけなわな辺りで、彼月に呼び止められた。

酔いを醒ましたいから、少し付き合えと言われた。

彼月が飲み過ぎるなんて、ちょっと珍しい。

もっとも、今日はいろんな人の相手をしていて、そのたびに乾杯していたから。

仕方ないかなって思った。


商店街のはずれにとめてあった乗騎に彼月はわたしを連れて行った。


「酔っ払いは乗騎の操作をしたらいけないんだよ?」


「自動操縦だから、大丈夫。」


乗騎でお酒を飲みに行く人は、帰りは自動操縦で帰るのが普通だ。

彼月もそのつもりだったんだろう。


仕方ない、家まで送って行くか。

そう思って、乗騎に乗り込んだ。

今日は彼月もいろいろとお疲れ様だ。


わたしの後から、当然な顔をして、ショウちゃんも乗り込んでくる。

ショウちゃんは、いつも、どこへ行くにも、わたしについてきた。

商店街じゃ、わたしのお世話係、とか呼ばれているくらいだ。

大きな獣だから、最初はみんな、少しばかり敬遠していたけど。

吠えたりもしないし、もちろん、誰かに危害を加えたこともない。

今じゃあ、ただの大きなむくむくの毛玉、と認識されて、可愛がられていた。


ショウちゃんが、元は、瘴気の怪だったことは、誰にも話していない。

今は全然、そんなことはないし、わざわざ言うこともないかな、と思っていた。


彼月はちらっとショウちゃんを見て顔をしかめたけど、ついてくるなとは言わなかった。

もっとも、いつもどれだけ追い払おうとしても無駄だから、いい加減、彼月も諦めているんだろう。


彼月が自動操縦の操作をすると、乗騎はすっと音もなく浮かび上がった。

不透明の結界を張ってあるから、外の景色は見えない。

乗騎の座席に、彼月はちょっとだらしなく座った。


「あ~、疲れた。

 会うやつ、会うやつ、次から次へと乾杯してたら、すっかり飲み過ぎたよ。」


お疲れ様です。

実は、わたしも同じだけ乾杯してたんだけど、そんなには酔ってない。

もしかしたら、お酒の強さは、彼月よりわたしのほうに偏ったのかも。


乗騎に装備してある取り出し口から、水を取り出して彼月に手渡す。

魔導合成だけど、食事も水も用意できる、特別製の乗騎だ。

狭いのにさえ目を瞑れば、このなかで暮らすことだって可能だ。


有難う、と彼月は水を飲み干した。


「この乗騎で、僕ら、月へ行ったんだっけ?」


そうだよ、と頷いたら、彼月は、ふぅ、としんどそうな息を吐いた。


「そして、望に会って、戻ってきたんだよな。」


彼月の記憶からは、水月のことだけ、綺麗に消え去っている。

だけど、月に行ったとか、瘴気を浄化したとか、そういう記憶は失われてはいない。

ただ、水月の存在だけ抜きにして、綺麗に辻褄は合っている。


みんなの記憶を消して行ったのは、やっぱり水月なのかな。

どうして、そんなこと、したのかな。

それに、どうして、わたしだけ、記憶を消さなかったのかな。


そのせいで、わたしは、少しだけ、問題を抱えている人扱い、されてるけど。

それでも、記憶を失わなくてよかったとは思う。


特別製の乗騎は、音も振動も感じないうちに、どこかへ到着したらしかった。

あ、ついた、とだけ彼月は言って、開閉口を開く操作をした。


途端に吹き込んだ冷たい風に、思わず目を瞑った。

ううう、寒い。

広場は大勢の人の熱気で温かかったし。

乗騎のなかも、魔導空調が効いているから、寒さは感じなかったけど。

外は普通に寒いらしい。


その間にそそくさと先に外に行ってしまった彼月を、急いで追いかけた。

外に出た途端、あ、と思った。

てっきり、研究院にある部屋に戻ったのかと思ってたんだけど。

そこは、昔、一三夜と来た、学士院の裏山だった。


「ここに、魔導障壁の綻びがあったんだよね?」


彼月はそう言って、辺りの景色を見回した。

障壁はもうなくなってしまったはずだけど、ここにはまだ、強い風が吹いていた。

ずらっと並ぶ桜の並木は、まだ花はついていなくて、枯れた枝に冷たい風が吹きつけていた。


「僕のお得意様に、書記吏員の保管庫の管理をしている人がいてさ。

 その人の婚礼衣装を作ったご縁で、少しばかり、便宜を図ってもらえてね?」


「便宜?」


「君の提出した記録はね、閲覧不可にされてるんだよ。

 書記吏員の記録は、普通はすべて開示されるはずなのに。」


閲覧不可措置になっているのは知っている。

記録の正確さに欠けているから、という理由だ。

それでも、わたしは記録の提出は続けているけれど。


「だけど、僕は、どうしてもそれを読みたいと思った。

 君の夫となるからには、君のことをちゃんと知るべきだって。」


いや、驚いたよね、と彼月は言った。


「最初は、小説かと思った。

 現実をうまくからめた小説かと。

 書記吏員の仕事は、起きたことをできるだけ詳細に事実のまま記録することだって聞くけど。

 君の記録したものは、あまりに突拍子もないし、現実感もない。

 異界の竜が出てきたり、君と僕は、前世でひとりの天使だったり。」


作り話じゃ、ない、んだけどな・・・


「ただね、丁寧に読み込むうちに、ふっと気付いたんだ。

 僕の記憶より、君の記録のほうが、よほど、辻褄の合うところが多いってことに。」


それは、こちらのほうが、実際にあったことだもの・・・


「たとえば、僕は一度、ここから障壁を越えようとして、事故に遭っている。

 あのとき、どうやって戻ったのかは、今もどうしても思い出せないんだ。

 だけど、君の記録だと、そのときに僕を連れ戻してくれたのが、水月、なんだよね?」


彼月の口から水月の名前が出たことに、わたしは少し驚いた。

もうずっと、誰の口からも聞かなかった名前だった。

ちなみに、魔導の天才、一三夜、の存在も、水月と同様に、なかったことになっている。

だから、彼月は自分が一三夜だったときの記憶も失ったままだ。


「その後、何年もの間、僕は記憶を失ったままだった。

 君とは学士院で出会っていたはずなのに、そのころの記憶もない。

 研究院の病院で目覚めて、ちひろたちに手伝ってもらって、仕立て屋を始めた。

 憶えているのは、そのことだけ。」


彼月はため息を吐いて、並木のずっとずっとむこうを見つめた。


「だけど、おかしいよね?

 そもそも、どうして僕は、魔導障壁を越えよう、なんて思ったんだろう?

 魔導の心得もないのに、こんな乗騎を与えられたのはどうしてだ?

 仕立て屋を始めたのは、君を見つけるためだった。

 記憶を失った僕が、たくさん持っていたのは、同じ寸法で作った衣。

 これに合う人を見つけることが、僕の使命だ、って思っていた。

 だけど、どうして、僕は、君に会うことが、使命だって思っていたんだろう。」


彼月は視線をわたしに移して、じっと、見つめた。


「自分のなかにたくさんある矛盾を、僕は、ずっと、事故のせいだって思っていた。

 事故で記憶を失くしたから、矛盾が生じているんだ、って。

 だけど、君の記録を読めば、そのすべてには、ちゃんと筋が通っていた。

 一見、荒唐無稽にも思えるんだけど。

 それは、僕が僕自身を納得させるために思い込もうとしていたことより、よほど説得力があった。」


だから、僕は、一度、君を全面的に信用してみよう、って思った。


彼月はそう宣言した。












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