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双月記  作者: 村野夜市
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夏生と晶の婚姻式はもうすぐそこに迫っていた。

伴侶申請はもう先に済ませていたんだけど。

ふたりの婚礼には自分の作った衣裳を着せると彼月が言い張ったので。

式は衣裳のできるのを待ってからということになったんだ。


夏生とわたしの住んでいた部屋に晶が越してきて、今ふたりはそこで暮らしている。

わたしは水月の家に引っ越したから、ちょうどいいといえば、ちょうどよかった。


「最初は、千鶴の面倒を見るのに、ちょうどいいと思ったんだ。

 夏生なら、文句言わないだろう、って。」


「最初は、ちーちゃんの面倒を見るのに、ちょうどいいと思ったのよね。

 晶なら、何も言わないだろう、って。」


ふたりして口を揃えてそう言ったのにはまいったけど。

わたしって、そんなに、面倒見てもらわないと、いけない感じ?


晶は、絵師の仕事に就いてからは、もう新しい恋人は作っていなかった。

それまでの人とも、少しずつ、別れたみたい。


夏生は、前の人と別れてから、もうずっとひとりだった。

だけど、晶のこと、ちょうどいいとは思いつつも、そういう対象としては見ていなかったんだそうだ。


どっちかっていうと、晶のほうが先に夏生のこと、好きになったんじゃないかなあ。


愛は覚悟だ、腹を括れ、なあんて、わたしに言ってたけど。

あれ、きっと、自分に言ってたことなんだろうな。


だけど、なかなか夏生は晶に対して、覚悟はしてくれなかったみたい。

そりゃあねえ。ずっと、弟みたいなものだったし。


風向きが変わったのは、夏生の伴侶申請期限の近づいたころだった。

五年までなら、大した理由はなくても、延長申請は簡単に通るんだけど。

それ以上となると、なにか理由がないと簡単には通らない。


わたしの場合は、ちひろの診断書と彼月の証言のおかげで、あっさり通ったけどね。


その時点で、伴侶の候補がいて、その人の同意があれば、延長申請は割と簡単に認められる。

たとえば、今どうしても叶えたい仕事がある、とか。

病気療養を優先する必要がある、とか。


夏生も、晶に証言してほしい、って頼んだんだけど。

わたしの世話をするってのを理由にして。


それを、晶は、すっぱりと断った。


千鶴の面倒は、ふたりでも見られる。

それに、千鶴には、彼月もいる、ってさ。


困ったのは夏生だった。

そういうこと頼める相手なんて、そうそうはいないもんだし。

晶なら、ふたつ返事で引き受けてくれるって、高を括っていたらしい。


延長申請が認められない場合、役所から、年齢や成育歴を考えて、よさそうな相手を斡旋される。

もちろん、断ることだって、できるんだけど。

断るには、その理由を、いちいち、文書回答しないといけない。


毎日毎日、朝昼晩、書類を送りつけられ、それにひとつひとつ、文書を書いて。

回答しないと、どこかに連れて行かれて、軟禁状態で、書くことを求められるし。

まったく、仕事どころじゃなくなってしまって。


それで、とうとう、夏生は音を上げた。


それを、晶は、俺にはまだ余裕があるから、って涼しい顔して眺めてた。

確かに、晶は年齢的に、まだ余裕はあったんだけど。


でもあれ、内心じゃ、はらはらしてたんじゃないかなあ。

もしかしたら、夏生は、役所から斡旋された人と婚姻してしまったかもしれなかったんだもの。

縁なんて、どこにあるものかは、分からないからね。


ずいぶん、後になってから、そのときと、あと、絵師の仕事を選んだとき。

そのふたつは、俺の人生の正念場だった、って言ってたけどね。


晶は勝負には強いほうらしい。

どっちも、見事に手に入れた。


って言うとさ。


愚か者め。

そのための根回しは、がっつりしてあるんだよ。


って、愚か者扱いされたけど。


あれで実は、なかなかに計画犯なのかもしれない。


わたしはもう水月の家に移り住んでいたし。

晶が、自分の住んでいた部屋を畳んで、夏生のところに越してきて。

そっちのほうが、ふたり暮らしにちょうどいい広さだったから。


長い間夏生とふたり暮らした部屋だったし。

晶だってしょっちゅう泊まりに来てたし。

わたしにとっても、馴染みのある部屋だったんだけど。


だけど、不思議と、そこは今は夏生と晶の家、になっている。


ふたりは最初、婚礼式はしないつもりだった。

伴侶申請を出した日、彼月とわたしは食事会に呼ばれて。

行ってみたら、いきなりその話しをされた。


わたしは、びっくりしたけど、ふたりのこと、心から祝福した。


だけど、彼月はいきなりごね始めた。


ふたりには、どうしても、自分の作った衣裳を着せる、って。


彼月は、後の月の月、という名前で、仕立て屋を生業にしている。

そのころ、研究院の四魔女はとても忙しくて、後の月の月は、ほとんど彼月ひとりになっていた。


注文された衣裳を、素材からなにから全部手掛けて、拘りぬいて仕上げる。

一年かけても、数着しか作れない、拘りの逸品だ。

それはもう、天文学的数字のお値段がするんだけど。

そんなお金、とてもじゃないけど、用意できないから、って断ろうとしたら。

お金なんかいらない。ふたりへのお祝いの気持ちだから、って。


夏生も晶も、僕は、友だちだ、って思ってる。

僕の友だちって、少ないから。

せめて、友だちとして、お祝いくらいさせて。


と、彼月は、友だち、を連呼して、押し切った。


こんなこと言われたら、夏生も晶も断れないよねえ。


わたしも、ふたりには何かお祝いをしたいと思ったけど。

彼月は、当然のように、衣裳作りを手伝わせた。


わたしは、針仕事は、まあ、彼月ほど上手じゃないけど、普通、かなあ。


べつに、特別な能力なんかいらない。

ただ、丁寧にやってくれればいいから、って。


彼月がそう言うから、とにかく、丁寧に丁寧に、縫った。

心を込めて。

夏生も晶も、大切な人だから。


縫物をしていると、いろんなことを思い出した。

小さいころの晶のことや。

夏生と初めて出会ったころのことや。

ふたりとは、これから先も、ずっとずっと友だちだけど。

たくさんの思い出を縫い込んで、ふたりの衣裳を作った。


もちろん、肝心なところは、彼月がやった。

こうして、彼月の仕事をしているところを傍で見ていると、彼月ってつくづくすごいと思う。

元天使だし、武道の心得もあるし、料理の腕だって、玄人並だけど。

彼月自身は、自分の生業は、衣裳作りだ、って言い切っている。


こんなにいくつも才能を与えられるなんて。

天ってやっぱり、平等じゃないなあ。


そんなこんなあって、この一年、水月の不在を嘆いている暇は、あまりなかった。

それに、なんだろう。

私自身、水月にもう会えないなんて、あんまり思わなかったんだよね。


水月はきっと戻ってくる。


理由はないんだけど、そう確信していて。

彼月には悪いんだけど、わたしは水月を待ち続けてた。












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