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双月記  作者: 村野夜市
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水月は地面に降り立つと、掌を上にむけて、ふっと息を吹いた。

すると指先から、一羽の真珠色の折鶴が、はたはたと飛び立った。


「あの鶴の後についていきましょう。」


鶴はわたしたちを導くように飛び続ける。

わたしたちは鶴を見失わないように、その後について行った。


そこは大昔の街の遺跡のようだった。

立派な木のたくさんある森のなかに、道や建物らしき物の形が残っている。

ときどき散らばっている破片は、昔の人の使っていた道具だろうか。

残念なことに、もう何に使う物だったのかは分からないくらい粉々になっていたけど。


鳥や獣の声らしきものもする。

ときどき、大きな羽音を立てて鳥が横切ったり、木の枝を走り抜ける小さな生き物もいた。


魔導障壁の外側は、生き物のいないしんとした世界だと思っていた。

だけど、ここは思っていたよりずっと賑やかな場所だ。


水月は先に立って、道を拓いたり、足元を踏み固めたりしてくれた。

わたしは、水月の後にくっついて、恐る恐る歩いていった。


「瘴気は、どうして人間で中和できるかというとね?」


道々、水月は話してくれた。


「瘴気の大好物は魔導力なんです。

 そもそも、生命体を形作る力には、大なり小なり、魔導力が関わっているんですけど。

 人間は生命体のなかでも飛びぬけて、その力が強いんですよ。

 人間の思考には、もれなく魔導力が含まれているんですけど。

 なかでも、願いや意志といったものに含まれる魔導力は、とても強い。

 けれど、それよりもっと強いのは、祈りの力なんです。」


「祈り?」


願いと祈り。

似ているような。なんとなく違うような?


「自らの望みを叶えるのが願い。

 自分ではなく、誰か、他のモノのためにするのが祈り。」


なるほど。


「細愛の純粋な祈りの力は、金色の砂粒となり、それが積み重なって魔導障壁になりました。

 瘴気は、細愛の祈りに惹かれて集まってくるけれど、それに触れるとすぐに浄化されてしまう。

 それは、細愛の祈りが、瘴気を完全に満たすからなんです。」


満たす?


「瘴気というのは、不完全な、欠乏状態なんですよ。

 細愛の祈りは、その瘴気の欠乏を満たしてしまう。

 祈りを得た瘴気は、もはや、瘴気とは別物になる。

 それこそが、浄化の正体なんです。

 魔導障壁は、内と外とを隔てていただけじゃなくて。

 近づく瘴気を、浄化し続けていたんですよ。」


分かるような。分からないような。


「つまりあなたは、瘴気でさえも、幸せにしてしまう天使だ、ってことです。」


へえ。


「なんだ。簡単だね。」


「・・・それを簡単だと言い切れるから、あなたはやっぱり、天使なんですよ。」


???


水月は苦笑してため息を吐いた。


「そりゃ、そうか。

 最凶の魔物すら、幸せにしてしまう人なんだから。

 けど、だからこそ、あなたはとても危険でもあるんです。

 あなたをほしいと願う魔物は、次から次へとやってきて、あなたを連れ去ろうとするでしょう。

 あなたを手に入れれば、間違いなく、満たされるから。

 だから、あなたは、常に護られていなければならないんです。」


「もしかして、今も、水月が、護ってくれてる?」


「オレも、あなたをほしいと願う魔物のひとりですけどね。」


水月は、はあ、とため息を吐いた。


「いや。

 あなたの場合、もしかしたら、護りなど必要ないかもしれません。

 あなたに害を成せる魔物など、どこの次元を探しても、存在しないかも。

 実はあなたこそ、最強なのかもしれませんねえ。」


「わたし、強い?」


「もしかしたら、ね。」


・・・そっか。

なんだか、お姫様みたいに護ってもらえるって、ちょっといいな、とか思ってしまったけれども。

うん。まあ、強いんなら、それでいいや。


「じゃ、わたしが、水月を護るとするよ。」


水月は、う、とちょっと口ごもってから、はあ、とまたため息を吐いた。


「この天使、どうしましょうね?

 ええ、ええ、お願いしますよ。

 オレのこと、護ってください。

 オレ、ほんと、いろいろ、ヤバいっすから。

 ずっと、傍にいて、護ってやってください、っす。」


「任せて?」


「任せました、っす。」


わたしたちは目を合わせて互いに笑い合った。


こんな他愛のない会話が居心地いい。

そんな呑気な状況じゃないのは分かってるけど。


水月は賢くて、いろんなこと分かってしまう分、考えすぎて、心配性だと思う。

もっとも、わたしのほうは、あれこれいろいろ抜けてるから、きっと、ちょうどいいよね?


水月と話していると、いろいろと、満たされていく感じがする。

不完全な欠乏状態で、満たされて幸せになるのは、わたしのほう。

水月とわたしなら、わたしが瘴気みたいで、水月のほうが、よっぽど、天使だ。


先導してくれる鶴は、ときどき、もやもやとした霧と出会って、じゅっと消えてしまった。

そうすると、水月はまた、新しい鶴を飛ばす。


「瘴気は、魔導力に惹かれて寄ってくる習性があるんっすけど。

 あの鶴はそれを逆手に取って、瘴気に近づいていくように設計してあるんです。」


「あれって、水月の鱗なんでしょう?」


「材料はね?

 ただ、魔導式も少々、書き加えてあるんっすよ。」


それも、一枚一枚、鱗剥がしつつ書いたんだよね。

そりゃあ、寝る暇、ないなあ。


「ねえ、水月。」


「はい?」


「帰ったら、たっぷり、寝ようね?」


「は、いっ?!」


水月はびっくりしたみたいにちょっと飛び退いてから、はあっ、とため息吐いてしゃがみ込んだ。


「・・・まったくねえ、どうしましょうねえ、この天使。

 本当にねえ、もう、喰っちまうぞ?」


「お腹すいたの?」


「ええ、ええ、もう、オレは、永遠に飢餓状態っす。」


「・・・でも、この近くに食べるものとか、あるかな・・・

 ちょっと、探してみようか?」


「あ。そっちはご心配なく、っす。

 というか、千鶴さん、お腹すいてます?

 魔導合成っすけど、簡単な食事なら、作ってあげますよ?」


「あ。わたしもまだ、お腹はすいてない、かな?」


先導してくれる鶴は、瘴気を見つけるたびに、浄化してくれる。

だから、わたしたちは、取り立てて危険を感じることもなく、呑気に歩いていた。

ときどき、水月も、なにかを投げる仕草をしていたけど。

あれももしかしたら、瘴気を浄化していたのかもしれない。


魔導障壁の外側は、どれほど恐ろしい世界だろうと思っていたけど。

そこは取り立てて恐ろしいこともない世界だった。


瘴気の怪なんて、永遠に見つからなければいいのに。


歩きながら、わたしはそんなことを思っていた。

見つからなければ、水月は戦いなんてしなくていいのに。


「瘴気の怪は、そう遠くないところにいるはずですよ。」


わたしの気持ちを知ってか知らずか、水月はそんなことを言った。


「おそらくは、あなたの存在にも、もう気づいていると思います。

 じきに、いてもたってもいられなくなって、近づいてくることでしょう。」


むこうから、やってくるの?

こなくて、いいんだけどな。


いや、そういうわけにも、いかないか。


「そいつをなんとかすれば、帰れる?」


「ええ、まあ、そうっすね。

 後は、少しずつ、魔導力を増幅して、討伐隊を出せばいいかな。」


「分かった。」


ええい、もう、仕方ない。

ここまで来て、怖気づいてる場合じゃない。

腹を括れ。わたし。


どうしてあんなに、水月に戦ってほしくなかったのか。


わたしは、多分、心のどこかで、分かっていたんだと思う。

きっと、あの結末を招くことを。


だけど、一度動き出した事態を、もう、止めることはできなかった。

計画を初めてしまったからには、最後まで、完結させるしかなかった。

魔導障壁を消滅させてしまったからには。

瘴気もまた、完全に、消滅させるしかなかった。



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