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双月記  作者: 村野夜市
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一瞬、世界が金色に光り輝いて、それから、一斉に金色の鶴が飛び立った。

魔導障壁の消滅は、内側にいた人々には、そんなふうに見えたそうだ。

金色の鶴は、真珠色の鶴に先導され、綺麗な列をなしてどこかへ去っていった。

その光景は人々の目に焼き付き、たくさんの伝説や物語がそこから生まれる。

そして、千の鶴の祭りは、新しい時代の幕開けを祝う祭りとして、その後も長く続くことになった。


やがて魔導障壁は、すべて鶴になって飛び去って行った。

鶴の群れがひとつ飛び立つ毎に、水月の鱗は一枚ずつ剥がれて、先導する鶴になった。

鱗を失うたびに、水月のからだは少しずつ小さくなっていった。

そうして、魔導障壁のすべてが消滅するころには、人より少し大きいくらいになっていた。


もうわたしを爪のなかには掴めない。

水月はわたしを背に乗せて飛んでいた。


「もうこれで瘴気は全部消えたのかな?」


魔導障壁を失った島は、すっかり剥き出しになっている。

しばらくの間は瘴気は入り込まないように護っているって、水月は言ってたけど。

みんな大丈夫かな、とちょっと心配になった。


―― いいえ。まだ、っすかね。


やっぱり、そう簡単には終わらない、か。

刀抜くだけで済むなんて、簡単すぎるもんね。


すっかり姿を現した島を眺めながら、わたしはちょっとため息を吐いた。

みんなのことも心配だし。

なにより、こうして遠くから眺めていると、とてつもなく、慣れた家が懐かしい。

もうそろそろ、あそこに帰りたい。


しょんぼりしたわたしに、水月は、ちょっと困ったように笑った。


―― この世界に瘴気というものが現れてから千年以上。

    あちらも、それなりの進化を遂げまして。


「進化?」


そんなのしなくていいのに。


―― 現れた当初は、ただの毒霧のようなものだったそうっすけど。

    寄り集まり、凝り固まって、意思のようなものすら持つようになったそうなんです。

    瘴気の怪、とでも言いましょうか。


「瘴気の怪?」


そんな妖怪みたいなのまでいるんだ。


―― そやつは、今もどこかをうろつき回っていて。

    さらに悪いことに、そやつの吐く息からは、また新たな瘴気が発生するんです。


思わず、後退りしたくなる。

竜の背に乗ってるけど。


「まさか、それを、退治する、とか?」


そういう展開?

だけど、わたしにそんなことできるのかな。


「あの。

 いったん戻って、彼月か望、連れてきたほうがいいんじゃない?」


あのふたり、強いもんね?

それとも、後の月の月の人たち、とか。

魔女だし、なんか、奥の手とか、ありそうじゃない?


例によって、水月には、わたしの口に出してないことも伝わっちゃうみたいで。

いきなり、くすくす笑い出した。


――いやいや、思いきり気が進んでないのはお察ししますけど。

   それじゃあ、オレは、なんのために、いるのか、と。


「は?

 まさか、水月が戦うって言うの?」


本気で驚いた。

そしたら、水月は苦笑した。


―― あら~、オレって、そんなに頼りないっすか?


「い、いやいやいや。

 でも、水月は、そういう印象はなくって。

 なんか、こう、いっつもへらっとしてるし。」


―― へらっと?


「あ。

 いや、でもその、戦ってるところとか、見たこと・・・いや、それはさっき見たか・・・

 いや、でも、その・・・」


確かに、暗黒竜の喉元に食らいついたのは、戦って、たんだよね?

なかなかに容赦しない攻撃だとは思ったけど。

でもあれは、ちょっと特殊で、水月にとっては、自分の分身みたいなものなんだろうし。

だから、攻撃できたんじゃないかな、って、思うんだけど。


水月はちょっと困ったというように説明した。


―― なんとも信用ないみたいで申し訳ないんっすけど。

    望さんや彼月さんにも、こればっかりはお任せできないんっすよ。


「なんで?」


―― あれには、オレでないと、勝てないからっす。


「は、い?」


そんな、オレは強い的な発言、する人だったっけ?水月って。


唖然としたら、今度は水月は爆笑した。


―― いやあ。

    この期に及んで、あなたにどう思われていたかがよく分かりましたね?


「・・・・・・」


あんまり分かってもらってよかったとは思えないけどね。


「・・・水月、戦うとか、できるの?」


―― 普通に。やりますよ?

    好んではやりませんけど。

    必要なときには、ね?


必要なとき、か。


「まさか、瘴気に咬み付くの?」


―― 噛むのは、どうでしょうね?

    なにせ相手は毒霧ですし。

    霧には歯は立ちませんかねえ。


くくっ、と笑う水月に、ため息つきたくなった。

巫山戯てる場合?


「じゃあ、どうやって戦うのよ?」


―― 魔導、っすかね。


「魔導?」


―― こう見えて、魔導はそこそこ、得意なんっすよ?


それは知ってる。


「でも、その姿じゃ、道具とか、使えないよね?」


水月の魔導って、基本的に道具、要るよね?


―― 手はありますし、使えないことはないっすけど。

    まあちょっと、不便は不便、ですかねえ?


水月は自分の短い、手?前足?を眺めて、のほほんと笑った。

だけど、なんだか呑気なその様子に、一縷の望みを見た気になった。


「もしかして、瘴気の怪って、そんな簡単に退治されてくれるくらい弱っちい、とか?」


ちょっと祈ったらおしまい、とか?

けど、その望みは一瞬で笑い飛ばされた。


―― いやいや、まさかまさか。

    千年ものの怪物っすから。

    いわゆる、最終決戦、ってやつっすかね。


最終決戦???!!!


「む、無理無理無理無理・・・」


首をぶんぶん振ったら、水月はまたけたけたと笑った。


―― な~んでそんなに。

    つくづくオレって、頼りないっすかねえ。


「頼りないとか、そういうんじゃなくて。

 適材適所!

 そう、人には、向き不向き、ってもんがあって!」


―― 知ってますよ?


「・・・水月には、戦ってほしくない・・・」


きっと、戦いにはむいてないもの。


―― オレが傷つくのを、心配してくれているんですよね?


そう尋ねた声はひどく優しかった。


―― 心配いらない、とは言いません。

    なにせ、最終決戦っすから。

    けれども、これだけは、言えます。

    あなたが信じて、見守ってくれていたら、オレは、決して負けません。


きっぱりと、言い切ったけど。


勝ちます、じゃなくて、負けません、なんだ、ってちょっと思った。

水月にも、勝つ、とは言い切れないんだ、って、ちょっと思った。


「・・・やっぱり、やだ。」


危ないことはしてほしくない。

だって、水月は・・・


―― 大丈夫。

    命に代えても、目的は遂げてみせます。


「そういうこと言うから、やだ!!」


最後の最後になったら、きっと、自分のことは顧みない。

だから、絶対に、嫌だ。


ぼろぼろと涙が零れ落ちた。

手の甲で払うけど、払っても払っても、止まらない。


―― 困りましたね・・・


水月の呟くのが聞こえた。


―― この姿では、涙をぬぐってあげることもできません・・・


「そんな姿になっちゃって、魔導も使いにくいし、戦いにもむいてないのに。

 それでも、最終決戦に行くって言うの?」


自分でも、こんなの駄々こねてる子どもみたいだ、って思うけど。

わたしの口は止まらなかった。


けど、涙、振り飛ばして抗議するわたしに、水月は、あ、と言った。


―― いや、あの、流石に、その場所に着いたら、人の姿に変化しますよ?

    やっぱり、その、魔導は、めいっぱい使わないと。

    それこそ、勝ち目ありませんから。


「人の姿?」


なれるの?

思わず、そっちに引っかかった。


「じゃあ、なんで、今は、竜の姿なの?」


水月はちょっとだけ言い淀んでから、渋々言った。


―― だって、さっきあなたに、怖い思いさせたでしょ?

    いきなり咬み付くなんて。

    そんな姿、見たくないんじゃないかと・・・


「見たくないなんてことはない。

 だって、あれは、暗黒竜でしょ?

 水月じゃないし。

 いや、水月の分身だけど、水月とは違う水月だし。」


だあっ、もう、ややこしいな。


「そんなこと、気にしてたの?」


―― いや、あの、そんなこと、って・・・


水月はちょっとため息を吐いてから続けた。


―― あ。まあ。鱗、解くのには、竜のままのほうが便利、ってのもありましたし・・・

    けど、そろそろ、魔導障壁ももう残ってませんしねえ・・・

    あなたさえ嫌じゃなければ、このまま竜の姿でいる理由はありませんかねえ・・・


水月は、くくっ、と笑うと、ゆらゆらと姿が解けて、人間の形をした影になった。

そのまま、少しずつ姿がくっきりして、わたしを抱きかかえた人間の姿になった。


「こっちの姿で、構いませんか?

 それだと、オレもいろいろと、その、助かります。」


にこっと笑ってみせる。

わたしはその首に遠慮なく縋りついた。


水月は、おおっと、って言ったけど。

落としたりしないのは、分かり切ってたし。

わたしはもう気にせずそのままでいた。






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