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双月記  作者: 村野夜市
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水月の後を追って、島中から、真珠色の鶴が集まってくる。

それは水月と合流して、ますます大きくて立派な、光り輝く竜になった。


島のあちこちで、祭典は開かれていた。

祭典のやり方は、それぞれ少しずつ、違っていたけれど、趣旨は変わらない。

願い事を書いた鶴を飾り付け、新月に祈るという祭りだ。

祭りの様子は、映像で中継もされ、あちこちの広告塔に映し出されていた。


そして、今、いっせいに広告塔に空を飛ぶ鶴の姿が映されていた。

千の鶴が空を舞うとき、この世界に奇跡が起きる。

旧い旧い言い伝えが、たった今、現実に、目の前に起きている。

人々は皆、固唾を飲んで、様子を見守っていた。


鶴は集まって真珠色の竜を形作った。

あまりにも神々しいその姿に、思わず手を合わせて祈る人もいる。


おりしも、さきほど、なにやら小さな衝撃と共に、世界に一斉にヒビが入った。

見慣れた景色がひび割れるという状況に、皆、畏れ慄いた。

それでも、人々が恐慌をきたすことはなかった。

それぞれの祭りの会場では、研究院から派遣された賢者たちが、危険はないと説明した。

そしてその様子もまた、広告塔に一斉に放映された。


島の中央にある一番大きな祝祭広場に、ふたりの天使が現れた。

次に広告塔に流されたのは、その映像だった。

ふたりの天使は人々を護り導くように、両手を大きく広げ、微笑みを浮かべていた。


白い石像の天使は、大昔の歴史資料にあった、天界の守護天使だと判明した。

そして、もうひとりは、現代の天才、つい先日復活を報じられた一三夜だった。


一三夜はやっぱり天使だったのか。

一三夜の命を救った片割れの天使はどうした。

なんでも、真珠色の竜と共にいたらしい。

噂は一瞬で駆け巡る。


天才の復活はこのためだったのか。

中央広場に飛び立った鶴を先導していたのは、一三夜を復活させた天使だったそうだ。

あの神々しい竜は、皆の願いを集めた鶴の化身だそうな。

そのうえ、天界の守護天使まで復活するとは。


人々の間には、不安と畏れ、それから、高揚感と奇妙な安堵。

いろんな感情の入り混じる空気が満ち満ちていた。


いったい、この世界はどうなってしまうのか。

恐怖は拭い去れないけれど、どうしてか、いや、きっと大丈夫、と思えてしまう。


今まさに、わたしたちは、奇跡の目撃者となる。


その意識は、人々の間に共通していた。


たくさんのひび割れから、びゅうびゅうと風が吹き込んでくる。

景色に大きく開いた穴から、水月は躊躇いもなく、魔導障壁へと突入した。

障壁のなかに入ったのは、わたしには初めてのことだ。

途端に、くらくらと奇妙な感覚が襲い掛かった。

上が下になり、右が左になり、ぐるぐると世界が回る。


―― 見当識を狂わせる魔導がかけてあるんです。

    辛かったら、目を閉じているといいっすよ。


水月はそう言って、少し爪を閉じてくれた。


―― ちょっとした綻びから、好奇心で、人がうっかり踏み込んだりしないように。

    こんな魔導がかけてあるんですよ。


確かに。

まかり間違ってここに入ったとしても、これは大急ぎで引き返そうとするだろう。


―― けど、この魔導のおかげで、まっすぐ前に進むということは、非常に困難なんです。

    気が付くと、いつの間にか反対方向にむかわされていて。

    障壁が異様に分厚いのは、そのせいなんです。


彼月が最初に魔導障壁を越えようとしたときも。

こんなに分厚いとは思わなかった、って言ってた。


―― この魔導を打ち消す方法はただ一つ。

    ただひたすらに、むこうへ抜けるんだ、という強い意志を持つことです。


そんなことで?

いやでも、魔導というものは、実際、そういうものかもしれない。

人の心の動きや思い。願い。祈り。

そういうものが、魔導の原動力になるというのは、この世界の常識だ。


―― あとね、これはちょっと意外かもしれませんけど。

    このまま行けば、いつか出られるって、大きく構えるのも、いいんっすよ~。


なんだか、それは水月にぴったりかもね。


それにしても、行けども行けども、出口は見えてこなかった。

大きく構えると言っても、やっぱり、不安になってくる。

本当に、このまま進めば、いつか脱け出せるんだろうか。

もしかしたら、どこか、途中に曲がらなければならない道があったんじゃないだろうか。


そんなことを考えていると、水月が話しかけてきた。


―― 実はね、新月と同時に、月の浄化装置を作動させたんですよ。


それにはぎょっとした。

あの、人間の精神を操り、無謀な行動を引き起こさせる光を出すという装置を?

動かしたりして大丈夫なんだろうか。


―― ああ、中身は少し、いじってあるんっすけどね?


水月はけろけろと続けた。


―― 高揚感の程度は少し下げて。

    まあ、勇気凛々、けど、無謀はしない、理性は保つ、って程度に。

    それに付け足して、とにかくなんだか大丈夫、な気持ちになれるように。


とにかくなんだか大丈夫?

それ今、わたしが切実にほしいかも。


―― いや、あのとき、月に往復する魔導陣、作っといたじゃないっすか。

    あれ使って、研究院からも、続々と、あっちへ行ってまして。

    あなたと彼月さんが、一回、開いてくれたおかげで、封印の式も解除できまして。

    望さん説得して、神殿内もいじらせてもらって。


確かに。望ともすっかり、お友だち、してたもんね。

しかし、そんなことまでやっていたなんて。

道理で、寝る間もご飯を食べる暇も、ないはずだと思った。


―― それにしても、天界人の技術力というのは、素晴らしいですね。

    残念ながら、今は失われてしまった技術も多いんっすけど。

    一から勉強して、習得したいものだと、つくづく思いましたよ。


知は快楽だ。

昔、そう言ったのは、一三夜だった水月だったっけ。


ふと、周囲の魔導障壁のなかに、小さな白い竜がいるのが見えた。

指先ほどの小さな竜は、せっせと魔導障壁を齧って破壊していた。


「水月。小さい竜がたくさんいる。」


―― ああ。

    あれも、オレの欠片、っす。

    というか、さっきの暗黒竜のね。

    あそこまで堕ちてしまったのを浄化するなんて、流石、千鶴さんです。


あれは、浄化だったの?


―― おかげで、あっちに分けた魔導力も、有効活用できました。

    というか、予想よりうまく活用できました。

    魔導障壁は、オレ自身が体当たりして壊すつもりだったんですけど。

    助かりましたよ。


体当たりするつもりだったんだ。

賢いように見えて、やっぱり、最後は力技か。


―― じきに、この障壁は、ヒビのところから崩れて、いずれ消滅するでしょう。

    その前に、瘴気を消滅させないと。


「どうやって瘴気を消滅させるの?」


天界人の見つけた方法は、瘴気に人間を食べさせる、という方法だったけど。

まさか、そんな方法は使わない、よね?


―― それはまあ、見てのお楽しみということで。


水月はどこか楽しそうだった。


そのとき。


突然、目の前に、ぱっくりと開いた穴が見えた。


―― おっと。出口だ。


水月もそれを見つけて言った。


―― 一気に抜けます。

    ちょっと、強く掴みますよ?


そう言うと、水月は固く爪を閉じる。

わたしも、水月の爪にぎゅっとつかまった。


















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