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双月記  作者: 村野夜市
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街には折鶴が溢れ、祝祭の気分は日に日に盛り上がっていった。


そのころになると、水月は毎日、作業場にこもって、延々と作業をし続けていた。

外に行ったのは、あの広告塔の映像を見たのが最後だった。

仕事をしている水月は、話しかけるのも躊躇うくらい忙しそうだった。

流石に、この頃になると、わたしに助手をしろとも言わなくなった。

その余裕もなさそうだった。


なんとか、食事だけはわたしが作って食べてもらっていた。

食事の間は、水月と話せる貴重な時間だった。

食事中は、装置や鶴の祭りのことではなくて、なんでもないことばかり話していた。

水月はよく食べて、よく笑った。

わたしもつられて、よく笑った。

今は、そんな、なんでもない時間が、なによりも貴重だった。


彼月は、装置の試作を取りに来るついでに、食材を届けてくれるようになった。


「僕の作るのより、君の手料理のほうが、水月の回復効果は高いだろうからね。」


そう言って笑う。

代金はいらないと受け取ってくれなかった。

魔導合成じゃない高級品ばかりだったから、ちょっと気が引けたけど。

そう言ったら、この間の騙し打ちのお詫びだから、と笑った。


あの広告映像のおかげで、わたしの顔も知れ渡ってしまったから、おちおち外も出歩けない。

もっとも、細愛を狙う輩に襲われるかもしれないから、その前から、出歩けなかったけど。


黙々と作業を続ける水月は、眺めていても、退屈はしなかった。

何に使うのかは分からないけれど、奇妙な形の装置が次々と水月の手の中で創られていく。

なにか思索するように、しばらく手を止めて装置を眺めたかと思うと。

ふいに、魔導のように、ぴたりぴたりと、器用なその手は、新しい物を創り出していった。


自分だけ遊んでいるわけにもいかないと思って、わたしはご飯作りに精を出した。

献立や料理法に困ったときには、彼月に尋ねたりもした。

彼月のこと頼りにしているって、また水月に思われるかなとも思ったけど。

彼月は、嫌な顔ひとつせず、なんでも教えてくれるから。

ついつい、頼ってしまう。

だけど、それも、水月に少しでも美味しいものを食べさせたかったからだ。


その状況を知って、晶は、暇なら手伝えと言って、色とりどりの紙を持ってきた。

それを使って、わたしは鶴を折ることになった。

真珠色の紙は、ひとり一枚というきまりだったけど。

街のなかには、普通の紙で折った鶴も、たくさん飾られていた。


前にもこんなことあったなあ、と思いながら、わたしはせっせと鶴を折った。

もっとも、何羽折らないといけない、とかいう制約はなかったから、気は楽だった。

折った鶴は紙箱のなかに入れておく。


ときどき、休憩だと言って、水月も鶴を折ることもあった。

水月は、どこかの繋がった連鶴を、器用にいくつもいくつも折っていく。

どうやっているのか確かめようと、手元を見ていたりもしたけど。

到底、真似して同じものを作ることはできなかった。

しかし、あれは、ちゃんと休憩になるのかな?

休憩と言いつつ働いてしまってるようにも思えるんだけど。


毎朝、晶は、鶴のいっぱい入った箱を引き取りに来て、また新しい紙と箱を置いて行く。

わざわざ大き目の紙も置いて行くのは、あれは、水月に無言の期待をしていたんだろう。

まったく、すぐにちゃっかり味をしめるんだから。


帰る心配がないから、夕食とお風呂を済ませた後も、わたしたちは遅くまで作業を続けていた。

水月の作業場は、昼間も暗くて、夜になっても、あまり変わらない。


少し疲れてきて、欠伸が出ると、作業に集中していたはずの水月は、必ず、気付いた。

そろそろ、休みますか?

水月にそう言われると、わたしは素直に休むことにしていた。

無理をして起きていても、水月に心配されるだけだから。


わたしが頷くと、水月は上の部屋まで送ってくれる。

それから、ふたり、ほんのしばらくの間、屋根に座って、月を眺めた。

まんまるだった月は、少しずつ、欠け始めていて、月が上る時間も遅くなっていった。

東の空にようよう上ってきた月を眺めながら、あの月が消えるまであと何日か指を折って数えた。


月を眺めているときの水月は、いつもより少し無口になった。

何かを考えるように、じっと、一点を見つめているときもあった。

わたしは、水月の邪魔はしたくなくて、そんなときは、ずっと黙っていた。


だけど、無言の静寂も、水月となら、不思議と居心地は悪くはなかった。

水月は、わたしを膝にのせて、落ちないように、そっと手を握っていてくれる。

その手のぬくもりを感じていれば、不安にもならなかった。

思い切って水月の胸にもたれると、やんわりと抱きかかえてくれた。

とく、とく、と鳴る水月の心臓の音を聞いていると、安心して眠くなる。

もう一度欠伸をすると、水月はひょいとわたしを抱きかかえて、寝床まで運んでくれた。


わたしの寝床は、あの奥の部屋に作っていた。

流石に、壁の写真は全部、外してもらったけど。

外してほしい、って言うと、水月はちょっと残念そうにしながら、外してくれた。

けど外したのを処分しようとしたら、悲鳴を上げて飛んできて、なにやら箱にしまい込んでいた。


水月の寝床も、一応、隣の部屋に用意はしてあったんだけど。

それはいつも綺麗に折り畳まれたまま、一度も、使われた形跡はなかった。


ただ、わたしが眠るまで、水月はいつも、横の畳に寝転んで、小さな声で歌を歌ってくれた。

歌の言葉は分からない。

水月に尋ねたら、遠いところの古い歌だ、と言っていた。

それは、水月にとって、とても懐かしい歌らしかった。


水月の歌声は、静かで優しくて、のんびりした単調な旋律の繰り返しは、眠気を誘った。

もっとずっと聞いていたいと思いながら、いつの間にか眠ってしまう。

そうして気がつくと、いつも、明るい朝になっていた。


水月はとっくにいなくなっていて、襖を開けても、そこには冷たく折り畳まれた寝具だけ。

それを見るとむしょうに不安が込み上げてきて、わたしは、急いで階段を駆け降りる。

すると、いつものようにそこに水月はいて、おはようございます、と笑ってくれた。


千の鶴の祭り。

由緒も前例もないお祭りだったけど、街の人たちみんな、楽しみにしているようだった。

それにはやっぱり、一三夜のあの広告の効果もあったのかもしれない。


その日、なにか、奇跡が起きる。

理由もなく、皆、それを信じていた。

そして、少しずつ、少しずつ、人々の期待の空気みたいなものが膨れ上がっていくのが感じられた。


その空気を感じながら、わたしは、どうしてか、日に日に、不安が募って行った。

みんな楽しそうなのに、自分だけ、どうしてこんなに不安になるのか、その理由は分からなかった。


祝祭が終われば、この忙しさも終わって、そうして水月とは本当の伴侶になる。

ずっと、そう、心に決めていた。

なのに。

いっそ、この時間が永遠に続かないかな、とすら、思ってしまっていた。


ただ。

今のこの平穏な時間が、いつまでも、いつまでも、続いていけばいいのに・・・

そんな気持ちが、胸のなかで、途切れることなくぐるぐると、渦を巻いていた。








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