117
街の広場にある広告塔。
その映像が流れるや否や、噂は街中を駆け巡った。
行方不明だと言われていた天才一三夜が帰ってきた。
事故に遭って、長い間、記憶を失っていたらしい。
映像に一緒に写っていたのは、学士院で出会った一三夜の伴侶。
彼女の献身的な看護のおかげで、一三夜の記憶は取り戻された。
多少は、事実も混じっている気もするけど。
ほとんど作り話の噂は、街をぐるっと一周、駆け巡り。
盛大に尾鰭はひれをつけて、さらに壮大な物語になって還ってきた。
一三夜の伴侶は、実は天使だったらしい。
一三夜の復活のために、遣わされたそうだ。
いやいや、一三夜自身、この世に遣わされた天使だとか。
ふたりは、この世界を護るために降りてきた。
広告塔は、何回も何回も、この映像を繰り返し流した。
最初の放映が終わって少しすると、魔導手帳にもその映像は配信され始めた。
あっという間に、再生回数は億を越えた。
いやあ、一三夜の人気って、そんなに凄かったんだ。
天使の恋人たち。
いつの間にかあの映像にはそんな題名までつけられていた。
なんてこったい。
あの日、呼び出されたわたしは、まず、鶴を折って、また会えますように、と書かされた。
それから、彼月の作った衣を着せられて、白い部屋に行かされた。
花園の映像と合成するから、花を摘むフリをしろ、って言われて。
渡された小さな花束を手に握って、せっせと花を摘むフリをしていた。
映像は、いつ、撮っていたのかは分からない。
部屋のなかには、わたしひとりきりで、他には誰もいなかった。
本番はこの後かな、これって、練習かな、とか思いながら、そうしていたんだけど。
いきなり、ばんっ、って扉が開いて、彼月が名前を呼んだから。
え?なに?って振り返ったら、いきなり駆けてきて、抱きしめられた。
びっくりして、花、取り落として、ただ凍り付いていた。
そこで、撮影はおしまい。
はい、お疲れ様でした~、って、にこやかなひかるが現れて。
あとはいいようにするから、って言われて。
着替えて、彼月に送ってもらって。
翌朝、広告塔に流れた映像に、多分、わたしが世界一、びっくりした。
い、いつの間に?
なにこれ?
たまたま水月と一緒に結に行く途中で。
水月の目は映像に釘付けだった。
何故だか、水月には見られたくなくて。
わたしは、なんとか水月の目を塞ごうと手を伸ばしたんだけど。
水月って無駄に背、高いもんだから。
いつもなら、わたしが何か話そうとすると、すぐ背、屈めてくれるんだけど。
このときは、ずっと突っ立ったまま、凍り付いたみたいにじっとしていて。
視界を遮ろうと手を伸ばして、前をぴょんぴょん跳んだけど、結局、最後まで阻止できなかった。
「え、ちょっ、作り話だよ、これ。作り話。」
っていうか、どんな話しだか、わたしも知らなかったんだから。
って、なんでわたし、こんな言い訳みたいなこと言ってるんだ?
水月は、分かってますよ、ってちょっと笑ったけど。
あの声はいつもよりかなり低かった。
まったく、誰が作ったのよ、あの話し。
それから結に着くまで、水月はずっと無言で。
わたしは逆に、自分でもびっくりするくらい、しゃべり続けていた。
でも、なに、しゃべったか、まったく覚えていない。
一三夜の持っていたあの鶴を真似する人も現れて。
願い事を書いた鶴を飾るということが、一気に流行りだした。
そのうちに、あの真珠色に光る紙は、研究院の売店で売ってるらしい、という噂が出回り。
人々は研究院へと押しかけた。
貴重な紙だからと言って、研究院は、ひとり一枚、と限定して売っていた。
値段はそれほど高いものではない。
大人にとっては、おやつ代、くらい。
どうして配るんじゃなくて売ることにしたのかなって思ったけど。
人は、ただ与えられた物より、自分からほしいと願って手に入れた物のほうを大事にする。
後からひかるにそんなことを教えてもらった。
だから、配るんじゃなくて、売ることにしたそうだ。
ちなみに、買いにこなかった人には、後日、こっそり届けられたらしい。
なかには、ずるしてたくさん買い占めようとした人もいた。
けど、どうしてか、ずるした分は、家に帰ると消え失せていたそうで。
結局、ずるもすぐになくなった。
学校に通う子どもたちには、ひとり一枚ずつ、研究院から紙が贈られた。
そっちもずるをして他の子のを取り上げたりしても、すぐに消えてしまう。
そうして、取り上げられた子の許に、紙はいつの間にか戻っている。
魔法の込められた不思議な紙らしい。
その噂も風のように広まっていった。
こんなに不思議な紙なんだから、きっと効果も絶大だ。
みんな真珠色の折鶴には、特別な願い事を書いた。
だけど、心が疲れて、何も願うことのできない人もいた。
何も書かなくても、鶴は優しい光を放ち、作った人の心を少し軽くしてくれた。
なかには、憎しみや恨みの言葉を書き連ねてしまった人もいた。
その鶴は悲しいことに、すぐに黒く、ぼろぼろになってしまった。
だけど、鶴が崩れて消え去ったとき、その人の心から、重荷も少し減っていたらしい。
あちこちに、折鶴の木や、折鶴の帳が、次々と作られていく。
街に折鶴が溢れ出した。
折鶴と一緒に、世界には、こんな気持ちが溢れ始めていた。
一三夜が戻ってきたから、世界はもう、大丈夫。
やっぱり、彼月って、寒月の生まれ変わりだなあ、って思った。




