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言葉は、一番はじめの魔法です。
その台詞と共に、ゆっくりと顔を上げたのは、一三夜だった。
白の衣に身を包み、金色の光に包まれて、一三夜は語りかけてくる。
優しく穏やかな、胸に沁み入るような一三夜の声。
その言葉は、乾いた大地を潤す雨のように、聞く人の心に沁みわたる。
心のなかにある願いを言葉にする。
それは、太古の昔からある、一番身近な魔法。
一三夜は、何かを捧げるように、掌を上にして両手を合わせている。
その掌に乗っているのは、真珠の色をした一羽の折鶴。
鶴の羽には何か書いてあって、それが、ゆっくりと見えてくる。
文字は、言葉をもう少し強くする魔法です。
その台詞と同時に、羽に書いた文字が読める。
また、会いたい。
たったそれだけ。
羽に書いた文字は、ほんの一瞬、読めた後、眩しい金色の光を放つ。
光はやがて鶴全体を包み込み、そっと差し出された掌から、すっと飛び立っていく。
大地に立って鶴を見送る一三夜。
視点は飛び立つ鶴に移り、一三夜の姿を、高いところからぐるっと一周、見下ろして去る。
場面は一転。
どこか、光の溢れる花園。
しゃがんで花を摘む、わたしの後ろ姿。
身につけた銀色の衣には、色とりどりの花の刺繍。
結わずに流した長い髪には、花の冠をつけている。
この世界には、なかなか気づきにくいけれど、確かに、天使がいて。
誰かの願いに気づいたら、そっと、耳元で囁いてくれる。
あなたの願いを叶える方法を。
わたしの手の中には、野の花の小さな花束がある。
わたしはその花に顔を寄せて、匂いをかぐと、嬉しそうに笑う。
天使の声はとても小さいから。
そっと、耳をすませなければ、聞こえないかもしれないけれど。
誰かに呼ばれたように、わたしは振り向く。
それから、ゆっくりと立ち上がる。
そのわたしの許に、矢のように一直線に駆け寄る一三夜。
一三夜はいきなりわたしを強く抱きしめる。
わたしはただ驚いて、花を取り落としてしまう。
すると、風が巻き起こり、花を巻き込んで辺り一面に降らせていく。
一羽の折鶴が、風に乗って舞い降りてくる。
鶴の羽の文字が、もう一度、大きく見える。
だけど、それは、わたしの書いた文字。
また、会えますように。
花と金色の光の渦巻く世界で。
一三夜はわたしの髪にそっと顔を埋める。
この上なく幸せそうな表情で、一三夜は呟く。
それは声には出さなかったけれど。
口の動きで、なんて言っているのか分かる。
ただいま。
至福の表情をして、一三夜は、いつまでもわたしを抱きしめていた・・・




