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初めて上がる水月の部屋は、意外と片付いていた。
作業机の惨状を見慣れていたし、ひなたたちの部屋の惨状も見てきたから。
さぞかし、凄いものを想像してたんだけど。
「案外、綺麗にしてるんだね?」
「そっすか?」
相槌を打ちながら、水月はせっせと窓を開けて回っている。
窓から入ってきた光に、きらきらと舞い上がるのは・・・埃?
「うっ。けほけほけほ。」
肘のあたりで口元を抑えながら、水月が咳き込んだ。
それを見ていたわたしも、なんだか鼻がむずむずしたかと思ったら、立て続けにくしゃみが出た。
「う。あ、千鶴さん、ちょっと掃除するんで、下で待っててもらっても、いいっすか?」
慌てたように水月が言うけど。
「いや。おかまいなく。」
わたしはそそくさとその辺にあった手拭で、口元を覆って・・・お?・・・おお?!
「うわあああああああああっ!!!!!」
けたたましい悲鳴を上げて、水月がわたしの手から手拭?を奪い去る。
思わずしげしげと眺めちゃったけど、あれ、手拭じゃなかった。
「えっ、ちょっ、千鶴さんっ?
オレは、なんってものを・・・
千鶴さんが穢れる・・・
あ、手、消毒、しますか?」
走って奥の部屋へ行くと、なにやら箱を持って戻ってくる。
けど、あんまり急いで足元を見てなかったのか、座布団にけつまづき、中身を盛大にぶちまけた。
「え?大丈夫?水月?」
あいたたた、とぶつけた膝の辺りをさすっている。
「魔導人形でも痛いの?」
「あ。痛いっす。
痛みってのは、損傷と修復を知らせる合図ですから。
まあ、このくらいなら、自動修復してくれますけど。」
水月は涙目になりながら、答えてくれた。
へえ。本当に、人間のからだみたいなんだねえ。
「・・・ところで、さっきの、って・・・水月の・・・」
「あ。
すいません。
あ、けど、一応、洗ってあったやつなんで。」
箱の中身を集めながら、水月は言い訳みたいに言った。
怪我したときに塗る消毒薬を差し出す水月に、わたしは手を振って断った。
「うん。大丈夫だよ。気にしない。
晶も、よく、ついでに洗ってくれって、持ってくるから。
晶の家には魔導洗浄機、ないからさ。」
水月は目を丸くした。
「晶さん、そんなもの、千鶴さんに洗わせてるんっすか?」
「夏生が洗うこともあるよ?
っても、魔導洗浄機って、洗い物入れて、起動したら、あとはほったらかしだし。」
「・・・あ、まあ、そうっすけど・・・」
「あ。干すのはやるけどね?」
「干す?!」
「男物干しとくと防犯にいいって。
だからわざわざ貸してやってるんだ、って、晶は言うよ?」
「・・・晶さん・・・なんて、うらやま・・・いや、横暴な・・・」
「水月のも、ついでに洗うよ?
わたしも、ここの魔導洗浄機借りるんだし。」
「ええっ?千鶴さんが?オレの?
あ。いやいやいや。
そんなことは、自分でやります・・・」
水月は慌てたように両手を振り回した。
「だって、一人分だけするのも、水も石鹸も魔導力ももったいないし。
手間は同じなんだから、一緒にやってしまうよ。」
「それなら、オレが、千鶴さんのもやります!
って、い、いやいやいや、それは、まずい。まずいっすよ?
千鶴さんの着替えだなんて・・・ううううう。まずい、まずい。」
水月はまずいまずいを繰り返して、ぶるぶると首を振り続けている。
まあ、いいや。先に掃除始めよう。
わたしは今度こそ手拭を見付けて、髪と口元を覆うと、部屋の隅にあったはたきをかけはじめた。
「う、うへっ、ぐへっ。」
すぐに水月は埃にむせはじめた。
いや、これ、凄いよね?
いつから掃除してないんだ?
「・・・すいません。
いなけりゃ、埃もたまらないと思ってました。」
「もしかして、結構長い間、下で暮らしてたの?」
「風呂も厨房も下にありますし・・・」
「横になって寝られる場所はないでしょ?」
仕事場は土足だし、床には横になれないだろう。
作業机の上も、物がいっぱいだから、そこで寝るわけにもいかない。
あとは、丸椅子しかない。
確か、丸薬、飲んでたよね。睡眠丹、だっけ。
「いつから寝てない?」
「ああっと・・・」
水月は視線を泳がせた。
いいよ?言うまで、待ってるから。
根気よく、返事を待って黙っていたら、しぶしぶ、答えた。
「・・・月から、戻って、から?」
「そんなに?」
「ぁぁ・・・まあ・・・いろいろと、その・・・」
「寝て!今すぐ寝て!寝床は?布団?押し入れは?」
とりあえず見当たらなかったから隣の部屋へ行こうとしたら、あああ、と押し戻された。
「っと、とりあえず、まずは、ここ、掃除しましょう。
夏生さんたちも、もう来るころっすし。」
あああ、そうだった・・・
わたしは、パタパタパタと、手当たり次第にはたきをかけて、埃を掃き出した。
基本的に物は少ないから、あっという間に片付いた。
「じゃ、隣。」
「あ。いや、こっちは、その・・・」
水月は後ろ手に襖を閉めて、その前に立ちはだかる。
「乙女の秘密、ってやつっす。」
「乙女?水月は乙女じゃないじゃない。
大丈夫大丈夫。何見ても、びっくりしない。」
そう言って脇をすり抜け、襖を開いたら・・・
すいません。嘘つきました。
思い切りびっくりして、そこに立ち尽くしていた。
あっちゃー、と後ろの水月がしゃがみこむ。
わたしは呆然としながらも、部屋のなかに踏み込んだ。
こっちの部屋にも、基本的に物は少ない。
片方の壁には押し入れ。
あとは、箪笥と小さな棚だけ。
だけど、まずは、真正面に、等身大の・・・
「あれ、隠し撮りしたやつ?」
それはまるで鏡に写ったわたし、そのものだった。
右をむいても。左をむいても。前にも。後ろにも。天井にまで、びっしりと・・・
わたしの写真が貼ってある。
あれ、雪のなかで遭難しかかったときのやつだ。
それから、こっちのは、月でウサギに乗ってるときのやつ?
大口あけて、おむすびほおばってるところとか。
どこだろう、これ?水月のこと見上げて、なにか言おうとしてる?
とにかく、今まで水月と一緒に過ごしたあらゆる場面のわたしが、いろんな表情でそこにいた。
「こんな写真、いつの間に・・・?」
水月は申し訳なさそうにしょんぼりと説明した。
「・・・すいません。
記憶画像を出力する装置を作ってて、試作品を稼働したら、こんなことに・・・」
これって、水月の記憶にあるわたし?
「もちろん、捨てるなんてできませんし、折角だから、って、その・・・」
あ、でも、と水月はわたしの前に回り込んだ。
「ここ、開かずの間でしたし。
オレ、もうずっと、下だけで暮らしてましたから。
これ毎晩眺めて悦に入っていたとか、そういうことはしてませんから。
それに、ここの画像は全部、オレの記憶にあるわけですから。
見たけりゃ、思い出しゃあいいわけで・・・
思い出しては、悦に入・・・
って、あ、いや、オレ、なに言ってるんだ。
とにかく、ここは、なんというか、お宝部屋?みたいなもので・・・」
「・・・確かに、これは、ちょっと、すごいね。
なんだか、お芝居で見た、殺人犯の部屋みたい。」
「っさ、殺人犯って・・・オレがそんなこと、するわけないでしょ?」
「うん。分かってる。」
それにしても、すごい。
わたしって、こんなふうに水月に見えてるんだ。
だけどどれも、いい顔してるなって、自分でも思った。
「これって、もしかして、かなり水月の修正が入ってるとか?」
「はい?修正?い、いえいえいえ。なんもいれてません。
そんなことするわけないでしょ?
あなたはありのままが一番素敵なのに。
余計な手なんて、一切加えてませんよ?」
本当かな?
だけどなんだか、ここに並んでいるのは、自分の知らない自分のようだった。
「わたし、水月といるとき、こんな顔して笑うんだ。」
水月はでへっと笑み崩れた顔になって、うんうんと頷いた。
「もう、ほんっと、可愛いでしょう?
でも、これ、誰かに見られたら、きっと、ごっそり持って行かれるに違いありませんから。
だから、誰にも見せません。オレの秘密の宝物です。」
水月はわたしを部屋から押し出すと、もう一度襖を閉めた。
「この襖、魔導幻影をかけて、壁にしますから。
食事だけなら、こっちの部屋でできるでしょう?」
「・・・でも、布団とか、あの押し入れのなかだよね?
わたし、寝るときには、あっちから、布団、取ってくるのかな?」
「それは後でなんとかします。
とりあえず、こっち、設営しましょう。」
そのとき、魔導扉の呼び鈴の音がした。
「あ。夏生と晶かも。」
急いで降りて行くと、大荷物を抱えた夏生と晶が、ちょうど入ってくるところだった。




