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双月記  作者: 村野夜市
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いったん家に戻って、荷造りをした。

と言っても、元々、荷物も少ないほうだ。

魔導洗浄機は借りられるから、着替えは洗濯すればいいし。

洗い替え一組あればいい。

手拭やら石鹸やらは、貸してくれるって言うし。

結局、小さな風呂敷包ひとつになった。


「千鶴さんって、本当、荷物、少ないっすね?」


水月は当然のようにわたしの荷物を取って持ってくれようとする。


「あ。いいよ?自分で持つ。」


「荷物持ちくらいさせてくださいよ。

 オレね、千鶴さんのお役に立ちたいんっす。」


「荷物持ちなんかしなくても、一緒に来てもらってるだけで、十分、迷惑かけてるのに。」


貴重な水月の時間を削ってもらってるんだから。


「いいじゃないっすか。これもオレの大事な息抜きなんです。」


水月は有無を言わさず、わたしの手から風呂敷包を取り上げた。


「こんな軽い荷物一個、結のおむすびより軽いくらいでしょ?」


あ。


「結!」


わたしたちは同時にそう言っていた。


あとはどっちも何も言わなくても分かる。

明日のお昼は結のおむすびを買いに行こう。

今夜からは、わたしも水月の家に寝泊りするわけだし。

水月の、息抜き、は結に行けばいいね。


次元間通路を使えば、離れたところへ行くのも、ほんの瞬き五つ分。

水月だけならからだひとつで通路を通り抜けるけど。

わたしと一緒のときには、わたしを乗騎に乗せてくれる。

抱っこでもいいですけど?って言われたけど。

それは、流石に恥ずかしいので、遠慮します。


乗騎を出したりしまったりするのはちょっと手間だけど。

よくよく考えてみれば、送り迎えしない程度じゃ、そんなに時間の節約にもなってないか?


そう言ったら、今さらもう、撤回、はさせませんよ、と言われてしまった。

・・・まあ、撤回はしませんけど。


帰り道、商店街のお店に寄って、食材の買い物をして帰ることにした。

最近、あんまり外に出ないし、移動も次元間通路を使ってしまうことが多いから。

こうやって街を歩くのは久しぶりだ。


商店街の中には、あちこちに、千の鶴の祭りの張り紙がしてあって。

大小さまざまな折鶴もぶら下がっている。

飾り付けはまだまだこれからだけど、少しずつ、お祭りの匂いが漂い始めていた。


水月はわたしを乗騎に乗せたまま、乗騎を押して歩いている。

そういえば、昔も、こんなことあったっけ。

学士院に入りたてのころ。

一三夜もこんなふうに乗騎にわたしを乗せて歩いていた。


「ねえ、今もそれ、自動操縦なの?」


「あ。そっすよ?

 両手離してても、大丈夫。」


水月は両手をあげて万歳してみせる。

乗騎はふらりともしない。


「千鶴さん、オレは、あなたの従者になれますか?」


水月にそう聞かれて、同じことを思い出していたんだなって思った。


「従者というより、王子様、かな?」


「それはそれは畏れ多い。

 王子様ってのは、彼月さんみたいな人のことでしょ?」


「彼月は・・・王子様っていうより、王様?」


「あ。違いないっす。」


水月は肩をすくめて、くくっ、と笑った。

この笑いかたも、水月の癖だなって思う。


地面から僅かに浮かんで飛ぶ乗騎に乗っていると、いつもより少しだけ、視界が高い。

ほんの少しだけ、世界も広くなる気がする。

水月の顔も少しだけ近い。


そういえば、水月って、わたしと話すときには、いつも少し腰を屈めている。

背中を丸めて、目線を合わせてくれるから。

ときどき、わざともっと低くなって、下から覗き込むようにもする。

それも、水月の癖。


ひょろりと背の高い水月は、だからちょっと猫背気味。

いっつも作業机で前屈みになって作業してるのもあるのかもしれない。


「水月、もっと姿勢よくしないとね?」


そう言ったら、また、くくっ、と笑った。


「それ、ひなさんやちろさんにも、さんざん言われてます。

 魔導人形なのに、なんでそんなに猫背になるかな、って。

 何回か修正もしてくれたんっすけど、また戻ってしまって。

 不思議なものでね?

 人形なんですけど、少しずつ少しずつ、性格に沿う、っていうか。

 オレらしく、なっていくんっすよね?」


「魂の器。ちひろは、魔導人形のこと、そう言ってた。

 だから、それは、水月の魂の形に合わせて変わっていくのかも。」


「魂?」


水月はそう聞き返して、ちょっと淋しそうに微笑んだ。


「・・・オレには、それは、ないんじゃないっすかね・・・」


「そんなことはないと思うよ?」


水月は、そっすかねえ、と言ったきり、いきなり話しを変えた。


「そうそう、今夜のご飯ですけど。

 千鶴さんの歓迎会ということで、オレ、なんか作ります。」


わたしはびっくりして両手を振った。


「い、いやいやいや。

 それじゃあ、わたし、なんのために水月のところへ行くのか、分からないよ?」


仕事の忙しい水月の時間を、少しでも節約するためなのに。


「まあまあ、いいじゃないっすか。

 息抜きっすよ。

 あ。夏生さんと晶さんにもお声をおかけしたんで。

 料理は晶さんも一緒にやってくれるそうです。」


「夏生と晶も?」


みんな、忙しいっての、分かってるのかな?


「手配してた紙が揃ったんで。

 その確認もしないとですし。

 あとね、祭りの準備とか、相談したいこともある、って言われまして。

 じゃ、そのついでに、ご飯どうっすか、ってことになって。」


う。

用事もあるなら、仕方ない、か。


「それって、前、言ってた、魔導力のこもった紙、だっけ?」


そっすよ。と水月は頷いた。


夏生たちの準備している千の鶴の祭り。

折鶴に願い事を書いて軒先に吊るす、ってのも、そのお祭りの内容のひとつだ。

お祭りをしたり願い事を書いたりすることで、街の人たちの魔導力を高めるのが狙いなんだけど。

ただ、単純に、鶴折って、願い事書くだけでも、なんだか楽しい気もする。


書いたら願い事が叶うってわけでもないんだけどね。

それでも、何故か、書きたくなるから、不思議だよね。


「千鶴さんは?

 どんな願いを書きます?」


「世界が無事に存続しますように、かな?」


「流石。真面目っすね。」


「水月は?何を書くの?」


「秘密、です。」


「ずるい!わたしには言わせたくせに!」


むぅ、と怒ったフリをしたら、水月は、ははっ、と明るく笑った。


こんなこと、してる場合じゃない。

こんなこと、してる場合じゃない・・・


頭の片隅では、ずっと、その言葉が渦を巻いているけど。


今はその渦を、ちっちゃくちっちゃく、ちょっと見えないくらい、小さくしてしまって。

わたしは、水月の笑顔を見つめた。


水月がずっと、こんなふうに、笑っていてくれますように。


ふっと、そう思った。

そして、わたしの願い事って、本当はそれかも、って思った。


だけど、そうしたら、彼月は?夏生は?晶は?って思ってしまうし。

ちひろだって、ひなただって、みすずも、ひかるも。

商店街の人たちも。

見も知らない人たちも。

みんな、みんな、大事なことに変わりはないから。


だから。

結局。

わたしは、世界の無事を祈ってしまう。


だけど、本当の心の奥底にある願いは。

水月に笑っていてほしい。

かも。


「ねえ、その紙って、ひとり一枚なんだっけ?」


「あ。はい。

 そこそこ、貴重なものなんで。

 すいませんけど、ひとり一枚で。」


「・・・そっか。」


わたしだけズルして、ってわけにはいかないよね。


だったら、こっそり、見えない筆で。わたしの心の中だけで。

書き足しておこう。

誰にも、知られないように。

水月にも、知られないように。


水月が、ずっとずっと、笑って暮らしていけますように・・・


みんな、ごめん。


だけど、いつか、堂々とそう願える自分になれたらなって、思ってしまった。
















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