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水月のこと、病院に連れて行ったもんだか、ちょっと悩んだけど。
わたしひとりじゃ、到底、運べそうにもないし。
慌てて、とりあえず、彼月に連絡しようとしたら。
後ろから追いかけてきた水月に、通信機を取り上げられた。
「やめてください。
オレ、彼月さんに殺されます。」
いや、彼月も、そんなことはしないと思うよ?
「あれ?おや?千鶴?千鶴~~~!!」
通信機のむこうから、彼月の声がする。
水月はわたしの代わりに急いで答えた。
「あ。彼月さん?
いや、なんでもないっす。
間違ってかけてしまっただけっす。」
「間違い?
って、これ、千鶴の通信機だろう?
いつも文字通信なのに、音声通信だなんて。
よっぽどの緊急事態じゃないのか?
千鶴は?そこにいるのか?
無事なんだろうな?」
矢継ぎ早に彼月の尋ねるのが聞こえる。
「もちろん、無事っす。
ここにいますよ?
いや、オレがちょっと死んだフリなんかしたもんで。
びっくりさせたみたいっす。」
水月が答えると、彼月はちょっと呆れたみたいなため息を吐いた。
「はあ?死んだフリ?
・・・お前も、つまんないこと、するなよ。」
「どうもすみません。」
「そんなことして遊んでる暇、ないだろ?
いいから、さくさく、働け。」
「はい、っす。」
そのまま切ろうとした水月を、彼月は引き留めた。
「あ、ちょっと、待って。
千鶴、そこにいるなら、代わって?」
「あ、はい。」
水月に手渡された通信機を覗き込むと、小さな画面で、彼月がにこにこと手を振っていた。
「千鶴。どう?うまくいってる?」
「・・・うん。まあまあ、かな。」
「なにか困ったことあったら、いつでも言ってね?」
「うん。有難う。」
たいして話さないうちに、水月はそそくさと通信機を取り上げた。
「んじゃ、彼月さん、オレ、そろそろ仕事、始めますんで。」
「あ!ちょ!
お前は仕事してても、千鶴はまだいいだろ?」
通信機のむこうから、彼月の怒った声がする。
「いえいえ。
千鶴さんにも、オレの助手っていう、だいじ~な仕事がありますんで。
んじゃ。」
プッ。
水月は容赦なく切ってしまった。
まあ、水月はなんともないようだし、わたしも、取り立てて彼月に用があるわけじゃなかったけど。
やれやれ、と水月は肩をすくめて、通信機を放り出した。
それから、わたしをじっと見て、そっか、彼月さんか、と呟いた。
「何が?」
「今、あなたが緊急事態に陥ったときに、助けを求める相手、っす。」
・・・そんなこと、考えもしなかった。
けど、とっさに彼月を思い出したのは確かだった。
水月に指摘されて初めて気づいた。
夏生や晶なら、隣だし、駆け付けるのもすぐだ。
後の月の月の人たちは、魔導人形の制作者で、普通、真っ先に思い付くはずだ。
なのに。
とっさに思い付いて連絡したのは、彼月だった。
「千鶴さんは、彼月さんのこと、頼りにしてるんっすね。」
本当だ。
「彼月に言えば、なんでも、完璧にこなしてくれる気がして・・・」
必要な連絡も手配も、なにもかも。
彼月に任せれば、大丈夫。
わたしも、いつの間にか、彼月のこと、すっごく頼りにしちゃってた。
だけど、これって、天界人が望や寒月にしてたのと同じことだ。
そうして、望や寒月は、そのことを本当は辛いって、思ってたんだ。
なんだか、彼月に悪いことした気になった。
こういうのって、いけないよね。
だったら、わたし、どうしたらよかったんだろう。
考え事に、ずぶずぶと沈み込んでいく。
そしたら、水月の声がした。
「オレ、やきもち、焼いてもいいっすか?
あ。砂糖醤油つけて香ばしいやつじゃないっすよ?」
は、い?
なに?焼餅?
三月はこっちをちらっと横目で見て、むぅと口を尖らせている。
「オレのことも、もっと頼ってくださいね?」
あはは・・・とわたしは笑ってごまかした。
もちろん、水月のことは、一番頼りにしてる。
水月は働き過ぎだって思うけど。
水月も彼月も、頼れ、頼れ、って言ってくれる。
わたしは、そんなのダメだって思うのに、気がつくと、いつの間にか頼ってしまっている。
わたし、もっと、どんなことも、自分の力で、できるようにならなくちゃ。
何回も何回も、そう思ったけど。
また、性懲りもなく、改めてそう思う。
わたしの周りには、とてつもなくすごい人たちが集まっている。
みんなと同じことは、とてもできる気はしないけど。
きっと、わたしにも、何かできることはあるはず。
ここにいてくれるだけでいい、って甘やかしてくれる人たちに。
もう一歩踏み込んで、なにかしたい。
だってわたし、彼月にも水月にも、本当に、感謝してるから。
いてくれて有難う、って。わたしもそう思ってるから。
何をしたらいい?なんて、聞いたって、ダメなんだ。
きっと、誰も、これをしろなんて言わないから。
自分で考えて、答えを見つけなきゃ。
作業に集中して没頭する水月を見ながら、わたしはぼんやりとそんなことを考えていた。




