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双月記  作者: 村野夜市
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水月の店からうちって、そう遠くはないんだけど。

水月はいつも夕方にはわたしを送ってくれる。

そして、朝には、何故か、きっちり、迎えにくる。


水月は、気分転換になる、とか言うんだけど。

毎日毎日、やってもやっても水月の仕事に終わりは見えないし。

なんだか最近、水月もちょっと痩せてきたように感じる。

そう言ったら、魔導人形っすから、痩せませんよ?って返されたけど。


わたしが店にいるときには、食事も用意するようにしてるんだけど。

自分ひとりだと、ちゃんと食べてないんだ、ってのにも気付いた。

それどころか、夜も眠っていないみたいだ。

なにやら、こっそり丸薬らしきものを飲んでいるのにも気付いた。

それは、なに?って尋ねたら。

思い切り、しまった、って顔をしながら、説明してくれた。


「これは、栄養丹。

 こっちのは、睡眠丹。

 これは、いろいろいい感じの増幅丹、っす。」


いろいろいい感じ、はよく分からないけど。

栄養とか睡眠とか、薬で摂るもんじゃないと思う。


水月は安心させるように付け加えた。


「すずさんの特別製っす。

 人間じゃないので、一応、これ飲んどいたら、筐体壊すことはないんっすよ。」


「きょうたい?」


「あ。からだ、のことっす。」


なんだか、自分のこと、なにかの装置みたいに言うんだなって思った。


「ダメだよ。

 もっとからだは大事にしないと。

 普段は、ご飯も睡眠も、ちゃんと摂ってるんでしょう?

 わたしのこと送り迎えとかするくらいなら、その分の時間、休息に使って?

 どうしてもって言うなら、わたしは、晶か夏生に・・・」


「嫌です。」


水月はわたしの台詞を遮って、きっぱりと首を振った。


「ダメ、じゃなくて、嫌、なら・・・」


「じゃあ、ダメです。」


水月は聞き分けのない子どものように繰り返した。


「オレねえ、実はものすっごく疑り深い性格だし、結構、根に持つ性質なんっすよ。

 だから、大事なあなたの安全は、もう二度と、他の人には委ねられません。

 晶さんや夏生さんにでも、です。

 もう二度と、あんな怖い目には合いたくないんで。」


「怖い目?」


「あなたを攫われそうになったことですよ。」


水月はわたしから視線を逸らせて、ため息を吐いた。


「あの場は、あなたがああ言ったから、あいつら、逃がしてやりましたけど。

 もし、あなたをごく僅かでも傷つけたりしてたら、絶対に、絶対に、許しませんでした。」


ふふ、と宙を見てかすかに嗤う。


「警吏?そんな生易しい手段は取りません。

 跡形もなく、瞬殺。あの人たちの人生を、なかったことにしてさしあげましょう。」


・・・・・・水月、怖い。


水月はわたしを振り返ると、ふふ、と笑った。


「オレのこと、怖い、っすか?

 オレの本性は、魔物なんです。

 人間の持つべき倫理や価値観については、知識としては持ってますけど。

 オレ自身がそれに従うことはありません。

 ただ、あなたの望まないことはしたくない。

 だから、今は、誰も傷つけないし、何も壊しません。

 だけど、オレをこちら側に引き留めておけるのは、あなただけなんです。」


水月はわたしの頭を腕に抱きこんで、耳元で、お願いだから、と囁いた。


「オレをあちら側に堕とさないで。

 あなたの傍に引き留めておいて。

 あなたが無事で、笑っていてくれる。

 それ以外、何も望みませんから。

 どうかどうか、このまま、ここに、無事に、いてください。」


とつ、とつ、と呟く声は、どこかかすれて、絞り出すように聞こえた。


水月が恐ろしい魔物になるとしたら、それは、わたしのせいなんだ。

それだけは、避けないと。

わたしはひとつ頷いた。


「分かった。わたしも気を付けるよ。」


わたしがそう言うと、水月はほっとしたように微笑った。


しかし。

そうなると、行ったり来たりも、もったいないよね。

ここにいたら、水月も安心できるんだし。


「ねえ、水月。

 わたし、ここで寝泊りしたら、ダメかな?」


へ?

わたしを見つめて凍り付いた水月は、ちょっと滅多に見られない顔をしていた。


口は半開きで、ほっぺたはちょっと赤くなって。

目はきらきらしてるのに、眉は思い切りひそめている。

笑ってる?泣いてる?怒ってる?

そのどれでもなくて、そのどれにも見える顔。

そんな顔して、水月は、なんとか言葉を押し出すみたいに言った。


「ぃ、ぃゃ、その、それは、その・・・ですね?」


一体なにをそんなに困っているんだ?


「あ。もしかして、部屋、片付いてない?

 いいよ。気にしないから。」


ひなたたちの部屋の惨状を思い出す。

うんうん。忙しいとああなるよね?


「いや!だから、それは!」


「やっぱり、嫌かな?」


片付いてない部屋、見られるのは。


水月はぶるぶると首を振った。


「いいいいい、嫌、じゃないっす!

 いや、でも、ダメっす!」


「嫌じゃないけど、ダメ?」


「ダメっすよ、そりゃあ。

 そりゃあ、ダメでしょう?ダメに決まってます。」


ふんっ、とひとつ、荒い鼻息を吐いて、きっぱりと首を振った。


「・・・確かにわたし、みすずや彼月みたいに上手じゃないけど・・・」


「・・・なんでここにすずさんと彼月さんが登場するんっすか・・・?」


怪訝な顔して聞き返す。


「みすずも彼月も、あっという間に部屋、片付けてしまったから。

 そりゃあもう、すごいことになってたんだけど。」


「・・・ああ、ひなさんたちの部屋ね?」


水月はちょっと脱力したみたいにぐったりと椅子に座った。

と、その途端、丸椅子ごと、すて~ん、と後ろにひっくり返った。


ありゃ。

水月はそんなヘマ、しないと思ってたよ?


慌てて起こそうと傍に行って手を伸ばしたら、水月は尻もちをついたまま、こっちを見上げた。


「あなたが心の奥底から、これっぽっちもオレを警戒していない、ってのはよく分かってます。

 ええ、ええ、よく分かっておりますとも。

 確かにオレは、人間ではありませんし、魔導人形ですけど。

 昨今の魔導人形ってのは、非常によくできていて、ですね?

 生体反応は、ほとんど人間と変わらないって・・・

 それもこれも、人形だって見破られないために、って・・・

 まったく、余計な機能、つけたもんだと・・・」


なにをぶつぶつ言ってるの?

あ。


「生体反応が、ほとんど人間と変わらないってことは・・・

 本当は、栄養とか睡眠とか、ちゃんと摂らないといけない、ってことだよね?」


「あ・・・、まあ、・・・はい。」


「だったら、薬でごまかしてないで、やっぱりちゃんとご飯食べて、寝ないとだよ。」


「・・・はい。」


「わたし、料理、下手だけど、頑張って作るから。」


「ああ!いや、千鶴さんの料理は下手じゃないっす。至高のご馳走です。」


「だったら、作るよ。

 ここにいたら、ご飯も三食作れるし。

 作るから、食べて?」


「ぃゃ、そんなご面倒をおかけするわけには・・・」


「やっぱり、美味しくないから、嫌?」


「いいい、嫌だなんて、そんな滅相もない。」


「じゃあ、食べてくれる?」


「は、はい!もちろんっっっす。」


きっぱり頷いた水月は、あ、と言ってから、脱力した。


「・・・ぃゃ、けど・・・やっぱり・・・その・・・」


まだ何か、ぶつぶつと言う。


「ねえ?どうしても、ダメ、かな?」


なんだか、しょんぼり。

やっぱり、わたしって、役に立たない。


「夜だってさ。

 ちゃんと寝台に横になって、少しは眠ったほうがいいよ。」


わたしは水月の隣にしゃがみこむと、水月の真似をして顔を覗き込んだ。


「・・・水月のからだのことが、心配なんだ・・・

 ね?お願い。」


そうしたら、水月は突然、叫び出した。


「だあああっ!

 ああ!もう!分かりました!

 いいっすよ。

 どうぞどうぞ。

 上、使ってください。

 あ。オレは上には行かないんで。ご心配なく。」


上、というのは水月の住居のことだ。

入ったことはないけど、ここの二階に、前から水月はひとりで暮らしていたはずだ。


「寝床は上にあるんだよね?

 だったら、水月も上に行ってちゃんと寝ないと。

 あ。わたしは床でいいよ?」


「あなた床に寝かせて、オレが寝床、使うわけがないでしょ?

 ていうか、あなたと同じ部屋にいて、オレが眠れるとでも?

 一晩中、頭も目も、ギンギンギラギラキンキラキン、っすよ。」


目が、覚める、ってこと?

わたし、取り立てて、寝相が悪いとか、いびきをかくとか、ないと思うんだけど・・・


首を傾げるわたしの前で、水月は、あらぬほうを見つめて、ふふふふふ、と笑い出した。


「あ。それいいかも・・・

 ふふ、あなたが上で眠っていてくれたら・・・

 オレ、そりゃあもう、馬車馬以上に、一晩中、ここで働きます・・・

 働きますとも・・・ええ・・・

 こりゃ、いい、増幅薬だ。

 あなたが、あなたが、上で、すやすやと、安らかに、ねむ・・・ぐふっ・・・」


何かぶつぶつ言いかけて、突然、胸のあたりを抑えて、そのまま前のめりに倒れ込んだ。


「ええっ?

 ちょっ!水月?

 水月!いったい、どうしたの?」


慌ててゆすって起こしたら。


水月は白目をむいて、ふへへへへ、と不気味な笑い声を立て続けていた。














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