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水月に作ってもらった鶴のお返しを何かしたい、って思った。
だけど、水月はなんでも自分で作ってしまうから。
なにをあげたらいいのか分からない。
装飾品の類も身に着けないし。
着る物や持ち物なんかも、割と質素だ。
水月って、研究院からもたくさん報酬をもらってるけど。
そのほとんどは、装置の材料や道具に回ってしまうらしい。
水月の作業場にある道具や装置は、研究院にあるものより数段、すごいって。
ひなたも言ってたっけ。
何かを作るための道具自体、水月の手作りのものも多いようだ。
ねじ回しひとつでも、お宝ものなんだ、って、ひなたは涎を垂らしそうな顔で言ってた。
食べるものも、そんなに贅沢な感じはしない。
わたしが料理をすると、何でも、美味しい、って食べてくれる。
失敗したやつでも、すごく美味しいって、わたしの分まで食べてくれる。
うーん・・・
これじゃ、お礼にはならないよね。
結のおむすび買ってこようか、とも思ったけど。
今はひとりで出歩くなって言われてるし。
うーん・・・・・・
困り果てて、とうとう、直接本人に聞くことにした。
作業台の前に座ってせっせと水月はなにか装置を作っている。
水月に頼まれたネジを、棚から取って手渡すときに、思い切って尋ねてみた。
「ねえ、水月、なにかほしいものって、ない?」
「はい?あ、今はこのネジがあれば・・・」
「いや、そうじゃなくて。
この鶴のお返しに、なにかしたいんだけど。」
「ああ、それなら、あります。」
そう即答した水月に、わたしは急いで聞いた。
「え?本当?
何がほしいの?」
「千鶴さんの心。」
それはもう、持ってるでしょう?
「いや、そういうんじゃなくて、なにか、物、とか・・・」
「物っすか?
道具や素材は自分で買いますし・・・
研究院に言えば、結構、ただでくれたりもしますしねえ・・・
うーん・・・」
「水月って、本当、欲がないよねえ?」
「欲?いや、ありますよ?」
「ないじゃない。
美味しいもの食べたい、とか。
綺麗なもの着たい、とか。」
「ああ。そういうのはね、特に。
けど、オレって、実はものすっごく、欲深いんっすよ?
なにせ、魔物っすからね。」
「どこが?」
「聞きたいっすか?」
にたり、と笑うからちょっとびくっとしたけど、とりあえず、頷いた。
そうしたら、こっちに手を伸ばして、ひょいとわたしを引き寄せると、自分の膝に乗せてしまった。
椅子に座った水月の膝の上。
丸椅子って転びやすいけど、水月はわたしみたいに転んだりはしないから。
膝に乗せられても、怖いとか思わない。
こうしてると、目線の高さが近い。
そのうえ、水月は、わざわざ少し背中を丸めて、わたしの顔を下から覗き込むようにする。
これって、水月の癖だなって、思う。
「オレのほしいものは、千鶴さんの魂です。
もうずっと、永遠にこの手に握って、離さない。
それが叶うなら、って、ずっと思ってます。」
わざとなのかどうなのか、水月は魔物じみたことを言った。
「魂?
・・・もしかして、食べるとか?」
「食べませんよ?
そんなことをしたら、なくなってしまうじゃないですか。
この手に閉じ込めて、永遠に眺めています。」
膝に乗せたわたしを見上げて、水月はうっとりとわたしの目を見つめる。
その瞳が、怪しい光を帯びる。
ちょっと、ぞくっと、した。
「ふふ。そんなに怯えないで?
大丈夫。そんな罪深いことは、しませんから。
だけどね、オレはもうずっと、それだけが、ほしいんです。
自分のほしいって思う気持ち全部で、あなたがほしいから。
だから、他のものには、ほしいという気持ちが余ってないんです。」
水月は手を伸ばして、わたしの頬に掌をそっと沿わせた。
「なんて、いとおしい。
あなたはこの世界に現れた奇跡。
この世界に隠された宝。
そのあなたをほしがるなんて。
オレは、なんて罪深いことか。
この世界から、あなたを奪い去ろうだなんて。
世界ひとつ滅ぼすよりも、重い罪だと知っています。
だけど、それでも、オレの望むのは、ただひとつ、それだけなんですよ。」
水月の掌は大きくて、けど、細かい仕事の得意な器用な手は、指が細くて綺麗だった。
わたしは自分の頬からその手を取って、両手で包み込もうとした。
わたしの小さな手じゃ、両手を使っても包み込めないくらい、水月の手は大きかった。
「水月の手って、大きい。」
「あなたの魂をしっかりと握るためにね。
こんなに大きな手をしているんですよ。」
「そんなものでいいなら、どうぞ、って言いたいけど。」
わたしはちょっと考えてから続きを言った。
「わたしの魂って、魔導障壁を作るための魔導力を封じてあるんだよね?」
「そうです。」
わたしはひとつ深呼吸をしてから答えた。
「じゃあ、今の水月のやろうとしていることがうまくいけば。
もう、魔導障壁を作り替えなくてもよくなれば。
わたしの魂、水月にあげるよ。」
水月は一瞬息を呑んで、すぐには何も答えなかった。
けれど、すっとわたしから視線を逸らせると、たしなめるように言った。
「・・・そんなこと、軽々しく、言うもんじゃありません。
ことに、オレのような魔物に対しては。」
水月は肩をすくめると、ゆっくりとわたしから手を取り返した。
「さてと。
作業の続きをしますかね。
このままずっと、あなたを膝に乗せていたいですけど。
オレの仕事が遅れたら、あなたを魔導障壁にしてしまわないといけなくなりますから。」
明るく言ったのは、いつもの大きな犬みたいな水月だった。
「分かった。
わたしも邪魔しない。」
なんだかちょっと残念なような。
けど、どこか、ほっとしたような。
そんな複雑な気持ちで、わたしは水月の膝から降りた。




