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わたしはまた水月の助手として働くことになった。
大した役には立てないって分かってるんだけど。
そう言ったら、水月は、ここにいてくれるだけで十分なんだ、って必ず言う。
それから、できることなら、ここにいてほしいんだ、って、遠慮がちに付け加える。
「あの。
目をあげたら、姿が見える。魔導を使わずに声が聞こえる。
贅沢を言わせてもらえるなら、手を伸ばせばすぐに届く。
そのあたりにいてもらえると、ものすごっく、有難いっす。
そうしたら、オレ、作業にも、割と集中できますし。
そうじゃないと、頭の中の容量、かなり使って、あなたの気配、探ってしまうんで。」
「そんなことしてたの?」
「・・・すいません。
割と、もうずっと前から、というか、そもそもの初めから、そんな感じっす。
それがオレというか。
あ、その、不気味だと思われると、困るんっすけど・・・」
ごめんなさい、と小さく付け足した。
謝られても、困る、けどね?
「けど、今ちょっと、こっちも頑張らないといけない、って状況っすから。
できれば、その、ここにいてもらえると、非常に助かるんっすけど・・・」
「そんなことでいいなら、もちろん、構わないんだけど。」
そう返したら、突然、力説を始めた。
「そんなこと、じゃないっす。
全次元、全時空に於いて、一番、貴重で大事なことでしょう?」
「そんな大袈裟な?」
「大袈裟じゃありません。
そもそも、あなたの存在自体、奇跡なんだから。」
「水月のほうが、よっぽど奇跡でしょう?
この世界だって、水月の力がなかったら、こんなにいい世界になってない。」
「そんなの、オレの力じゃなくって、この世界のみんなの力でしょう?
この世界に住む人みんなが、それぞれの居場所でそれぞれの役目を果たしているからっすよ。」
それは初等院で習ったよ?
だけど、水月に関しては、ひとつも習わなかったんだ。
人間のために、ずっとずっと、力を貸し続けてくれてる竜のことは。
「どうして水月は、人間のためにここまでしてくれるの?」
「はい?
オレはべつに、人間のためになにかしたことはないっすけど。」
水月は首を傾げた。
「え?だって、魔導文明の発展は、ほとんど水月のおかげだよね?」
「オレはあなたにとって一番いいと思うことをしているだけです。
そもそも、魔導文明だって、天界人の発明ですしね。
オレはそれをなぞって、多少、組み合わせだの仕組みだの工夫しているだけっすよ。
むしろ、世のため人のために働いているのって、彼月さんとか後の月の月の人たちでしょう。
オレはあの人たちに頼まれて手伝うことはありますけど。
頼まれなけりゃ、取り立てて、何もしませんからね。」
そんなことより、と水月はこっちを見た。
「オレにとって気になるのは、あなたの状態だけです。
今、あなたは無事なのか。悲しんでないか。笑っているか・・・」
水月はわたしの目を伺うようにじっと見た。
「あなたの望むのは、みんな無事で、悲しいこともなく、笑っていられるような世界でしょう?
だったら、オレは、それを叶えるために行動します。
それをすれば、あなたが幸せになることなら。
オレは、なんでもするんです。」
なんだか申し訳ないくらい、わたしって、幸せなんだ、って思った。
「有難う、水月。
わたしがこんなふうに幸せに生きてられるのって、本当、水月のお蔭だ。」
水月はちょっと凍り付いたみたいにじっとわたしを見てから、こっちに寄ってきた。
それから、いきなり覆いかぶさるようにひしっとしがみついた。
「今、幸せですか?千鶴さん?」
「もちろん。」
「よかった。
オレも。
あなたが幸せだと、すごく幸せです。」
水月の作業は、なかなか順調に進んでいるようだった。
次から次へと新しい装置を作っては、積み上げていく。
たくさんたまると、彼月が来て、その試作品を研究院に運んでくれる。
何をどう使う装置なのか、わたしにはほとんど分からないんだけど。
装置を見て、彼月は、ひどく感心したように唸り声をあげていた。
「ここのところの水月は、前にも増して、凄まじいね。
この分じゃ、そのうち魔導文明に革命を起こすんじゃないかな。」
「革命?」
「世界を変えてしまうほどの革新をもたらすかもしれない。」
「・・・水月はあんまり、そういうこと、考えてないみたいだけど・・・」
「全部、君のためにやってることだ、って言うんだろ?
知ってる。
君のために、君が望むような平穏な世界を作る、って。
君のために、世界そのものを作ってしまおうって考えるんだから。
発想そのものの大きさがそもそも人間離れしてるんだけど。
けど、水月自身は、それをそう大したことだとは思ってないんだよね。」
水月はなんでも作る。
いろんな装置も。世界でさえも。
本当にすごいんだなって、思う。
それを自覚してないのも含めて、すごいと思う。
そんなすごい人は、今日も、わたしの失敗した料理を、美味しそうに食べている。
あれを美味しいと言えるのも、けっこう、すごいよね・・・




