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双月記  作者: 村野夜市
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相談したいことがある。

夏生と晶に呼び出されて、わたしたちは事務所にむかった。


お隣さんなんだけど、なんだかすっごく久しぶりな気がする。

この間来たのって・・・いつだっけ?

ここのところ、毎日が濃すぎて、一日一日がとても長い。


隣へ行くくらい、大丈夫だと思うんだけど、それでも、水月はついてきた。

忙しそうな水月の仕事の邪魔をしてるみたいで心苦しいけど。

それでも、また攫われたりしたら、もっと迷惑をかけることになるから。

わたしは素直についてきてもらうことにした。


戸を開けた途端、びっくりして立ち止まった。

後ろからついてきていた水月が、止まり切れずにそのまま後ろから覆いかぶさる。


そこに広がったのは、一面の、鶴、鶴、鶴。

色とりどり、大小さまざまな折り鶴が、事務所の中のいたるところにぶら下げられていた。


「どうだ?

 うわっ、すごい、って思ったか?」


鶴の陰から姿を現した晶が、得意気に言った。


「うん。思った。」


わたしは晶を見上げて大きく頷いた。


「まあ、蕎麦屋の二番煎じなんだけどさ。」


晶はちょっと赤くなって、わたしから目を逸らせながら、ぼそりと言った。


ああ、あの鶴をたくさん折ったときか。

わたしは水月を振り返った。

あのときは水月が手伝ってくれて、ずいぶん助かったっけ。


水月は手近な鶴を手に取って、しげしげと眺めていた。


「これ、願い事、書いてあるんっすね?」


あ。本当だ。

わたしも近くの鶴をしげしげと見てみた。

羽のところに、大きく、たこ焼き食べたい!と書いてある。

これ書いたの、絶対、晶だな。


「なんか、七夕みたい?」


あれは短冊だけど。


「晶が面白がってやり始めてさあ。」


お茶をのせたお盆を持って、夏生がむこうから出てきた。

ぶら下げた鶴が帳みたいになっていて、それをかきわけながら歩いてくる。

なんだかちょっと、事務所全体、鶴の密林、みたいなことになっていた。


「いいだろ。折角作るんだからさ。願い事くらい書いたって。」


晶はちょっと拗ねたみたいに言い返す。

わたしはその辺にある鶴の羽を確かめた。


千鶴が、風邪を引きませんように。

オレが、腹を壊しませんように。

夏生が、怒りませんように。


・・・なんか、初等院のころに作った七夕飾りみたい。


晶が紫蘇を食べられるようになりますように。

晶が納豆を食べられるようになりますように。

晶が山葵を食べられるようになりますように。


これ書いたの、絶対、夏生だな。

それにしても、晶、相変わらず、苦手なもの、多いんだねえ。


「晶、まだ山葵、食べられないの?」


「うるさい。」


けど、これ、なかなか楽しい。


世界平和!


おお。定番だ。


晶が幸せになりますように!!


!!がふたつついている。


夏生が幸せになりますように!!!


お。!がみっつになった。


千鶴が幸せになりますように!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!・・・


いやいや。

羽の裏や本体にまでびっしり!がついていて笑っちゃった。

そんなにわたし、心配ですかね?


「いいっすねえ、これ。」


水月は鶴を眺めながらにこにこと言った。


「これ、みんなにたくさん作ってもらって、街中に飾る、とかできないかな。」


街中に飾る?


「七夕みたいに?」


「うん。

 一軒一軒さあ、軒下に一羽、鶴、みたいな?」


へえ。なんかそれ、楽しそうだけど。

水月もにこにこと頷いた。


「流石、晶さん。

 わくわくは、魔法の一番の基本ですから。

 これななかなかにいい考えだと思いますよ。」


わくわくは魔法の基本だ、って、なんか、大昔に聞いたような気もする。


「魔導力ってさ、何かを強く願ったりするときに、高まるだろう?」


へえ。そうなんだ。

流石、晶も、一応、学士院で魔導を専門にやっただけのことはある。


「ほどほどに手軽で、かつ、ほどほどに、参加してるって感じのすること、って。

 晶と知恵を絞ったの。

 そうしたら、もう、これしかない、って晶が言い出して。」


「街中にこれをいっぱいにすれば、場の魔導力を高められるんじゃねえ?」


なるほど。

楽しい、ってだけじゃなくて、結構、真面目に考えてたんだ。


どう思う?というふうに、晶は水月を見上げた。

水月は、そっすねえと考え込んだ。


「じゃあ、その効果値を上げるために、この紙に一工夫するかな?」


「紙に?」


「魔導力を仕込んだ紙を使うんっすよ。

 そうすれば、それが呼び水のような役割をして、より場の魔導力を引き立てます。」


「そんな紙、あるの?」


「そっちの調達は、オレ、引き受けます。」


水月はあっさり言ったけど。

あんなにいっぱい仕事引き受けてるのに、その上にそんなことまで、大丈夫なのかな?


見上げたわたしの気持ちを見抜いたように、水月は、大丈夫っすよ、って言った。


「一人一枚ずつ行き渡るように用意しましょう。

 その紙で鶴を折って、願い事を書いて、軒先にぶら下げてもらう。

 うん。いいっすね。」


「それってさ、せっかくやるんだったら・・・

 七夕?っていうか、行事、じゃないけど、何か、お祭り?

 そんな感じにならないかな?

 彼月に呼びかけてもらう、とか?」


わたしも思い付きを言ってみる。

ちゃんとまとまってなくても、こうして言葉を使えるのって、つくづく便利だと思う。


「それならいっそ、一三夜の復活、とか言ったらどうだ?

 天才一三夜の名前は、かなり知れ渡ってるだろ?

 この際、使えるものは、なんでも使ってもらわなきゃ。」


晶はちょっと図々しいことを平気で言う。


「ふむ。

 彼月さんには交渉してみますかね。

 もっとも、千鶴さんが言えば、ふたつ返事かもしれませんけどね。」


「え?わたし?

 あ。まあ、うん。

 言ってみる・・・」


「じゃあ、後はお祭りの名前ね?

 なにか、名前、あったほうが、いいわよね。

 張り紙とか、のぼり、とか、いろいろ作って・・・」


夏生も楽しそうだ。

なんだか、盛り上がってきたみたい。

やっぱり、お祭りって、いくつになっても、わくわくするもんだね。


「一三夜の復活を祝う、とか?」


「千鶴祭。それで決まりだろ?」


こういうとき、晶って、ぐんぐんひとり、先へ行く。


「えぇ・・・自分の名前が入ってるのは、ちょっと・・・」


なんか気まずい。


「じゃあ、千の鶴の祭り、にしたらどう?」


夏生の提案に、それだ!と晶が飛びついた。


「の、を入れるだけで、なんかちょっと格調高くなった感じしねえ?」


格調、はともかく、千鶴祭、よりはいいかな。


「いいっすね。祭事ってのは、元々、魔導力を高めるには持ってこいの行事ですし。」


水月まであっさり賛成してしまった。


かくして。

時ならぬお祭り開催にむけて、夏千晶も動き出すことになった。





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