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双月記  作者: 村野夜市
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夕食には、魔導保存庫にあった材料で適当に丼物を拵えた。

ものすごーく、適当な料理だったんだけど、水月はやたら有難がって完食した。

・・・ちょっと、申し訳ないくらいの有難がりっぷりだった。


食後も水月は延々と作業をしていた。

しかし、ここの物って下手に触っちゃいけないって、ひなたも言っていたし。

手伝うと言うのも、気がひける。

それに、そもそも、わたしじゃろくな手伝いにはならない。


食後の後片付けを済ませると、わたしはそろそろお暇することにした。


帰ると言うと、水月は、送って行くと言い出した。


「いいよ。まだそんなに遅い時間でもないし。近くなんだし。」


「そんなこと言って、夜道って、危ないんですよ?

 悪い人間に攫われたらどうするんです?

 それに、足元もよく見えないし、けつまづいて転ぶかもしれない。

 溝にはまるかもしれない。

 もしかしたら、隕石が降ってくるかも。」


わたしって、そんなに頼りないかな、って思いつつ聞いてたんだけど。

最後の、隕石、ってのは、ちょっと気になった。


「魔導障壁って、隕石は防げないの?」


「さて。

 一度も降ってきたことはないので、確認はしてませんけど。」


まあ、そりゃあねえ。


「でも、オレは、大丈夫っす。

 隕石が降ってきても、受け止めて投げ返してあげますよ?」


まじか。


「それはすごいね?」


「本性を顕すと、長くはもちませんけど、魔導力はけっこう、強くなるんです。」


なるほど。なんか、納得した。


「だから、送らせてください。」


「いや、隕石は、多分、降ってこないと思うよ?」


「・・・そんなこと言って・・・オレ、また一晩中、心配で、仕事が手につかないんっすよ・・・」


なんか、ひかるにも似たようなこと言われたな。


「千鶴さんの家は近いし、往復したって、そんなに時間はかかりません。

 それで一晩安心できるんだったら、そのほうが効率はいいというものです。

 オレも、たまに外に行くと、気分転換になるし。

 そのほうが、きっと、仕事も捗ります。」


水月は説得をし始めた。


「分かりました。じゃあ、よろしくお願いします。」


わたしは早々に降参して、素直に頭を下げた。

言い争う時間のほうがもったいない。


水月はおおにこにこになって、店の奥から乗騎を引っ張り出してきた。

あの、制動機の音のうるさい人力乗騎だ。久しぶりに見たなあ。


「二人乗りはしないよ?」


言われる前に言ったら、水月は、肩をすくめて笑った。


「知ってますよ。

 まあ、帰りに乗ることにします。」


ああ、でも、と付け加える。


「千鶴さん、これのこと人力乗騎だと思ってるみたいっすけど。

 これ、そう見せかけてるだけで、魔導乗騎っすよ?」


ええっ?そうだったの?


「商店街のなかで魔導乗騎乗り回してると目立ちますしね。」


確かに、ここの人たちは、人力乗騎にはよく乗るけど、魔導乗騎にはあまり乗らない。


「あなたは覚えていらっしゃらないかもしれませんけど。

 オレ、昔、あなたと桜並木で二人乗りをしたのが、忘れられなくて。

 ときどき、これに乗って、あのときのこと、思い出してたんです。」


あのときのことは、わたしもずっと、忘れられなかった。


「いつかまた、あなたを後ろに乗せて走れたらなあって・・・

 ずっと、思ってました。」


「・・・わたしも。

 わたしも、忘れられなかった。」


わたしは水月を見上げて正直に言った。


「月でうさぎに乗ったとき、ちょっと、あのときのこと思い出してたんだ。」


「ああ、あれね?

 なかなか、楽しかったっすね?」


水月も楽しそうに笑った。


「あれって、水月の魔導なんでしょう?」


「オレだけじゃないっすよ?

 あれはね、あなたのなかにある魔導に、オレがちょっと力を足しただけっす。」


魔導に力を足す?

そんなことって、できるの?


「じゃあ、今も、ちょっとだけ、これに乗ってくれませんか?」


にこにことそう誘われたら、流石にもう断れなかった。


「大丈夫。大丈夫。安全第一に操縦します。

 そんなに遠回りもしませんよ。」


そんなに?

ってことは、少しは遠回りするつもりなのね。


「歩いて帰るのと時間的には変わりません。

 じゃ、早く、乗ってください。」


「え?今、ここで乗るの?」


「はい。さあ、早く。」


水月に急かされて、わたしは店のなかで乗騎に乗った。

わたしが乗るや否や、水月もひょいと乗騎に飛び乗った。


え???!!!


乗騎はそのまま走り出す。

壁にむかってまっしぐらに。


やばい、と思った瞬間、乗騎はまるで壁がただの映像かなにかだったようにすり抜けた。


水月の笑い声が弾けた。


あははははは!!!


わたしも思わず、笑い出す。


「今の、なに?」


「びっくりしました?」


水月はどこか悪戯の成功した子どものようだった。


「心配しないで。次元を半分ずらしてあるので。

 障害物にもぶつかりませんし、オレたちの姿は、あっちの世界の人からは見えません。」


水月ってそんなことできるの?


商店街のなかはまるで時の止まった世界のようだった。

人も物も、みんな動きを止めて、彫像のようにじっとしている。

その間を、水月の乗騎は素晴らしい速さですり抜けていく。


「ぶつかっても問題ありませんけど。

 なんか、気がひけますからね?」


八百屋のご主人はお客さんに大根を渡そうとしているところ。

大きな肉切り包丁を持ったまま佇む、肉屋のご主人。

くしゃみの途中だったのか、妙な顔のまま彫像になった人。

うっかり、手を離して、飛んでいく風船を見上げている人もいた。


「おっと。これは、戻してあげよう。」


水月はそう言うと、ひょいと跳んで風船を取って来る。

水月の手に触れると、飛び去りかけて動きを止めた風船が、動きを取り戻した。

元の持ち主の手に、しっかりと風船の紐を括りつけてから、水月はまた風船の時間を止める。

よく見ると、風船には、僕の伴侶になってください、と書いてある。

風船のなかには、きらっと光る指輪が入っていた。


「なんかオレ今、すっごくいいことした気になってるんっすけど。」


水月がこっちを振り向いて笑う。


「うん。きっと。この人の運命、今、変わったよ?」


多分、これは、大事な人への贈り物だろう。

飛んでいきかけた幸せを、もう一度取り戻せてよかった。


「さて。

 じゃあ、風船の代わりに、オレたちが飛びましょうか。」


え?と思ったときには、乗騎は、目に見えない坂道を、ぐんぐんと上り始めていた。


日常の風景は、みるみる、下になっていく。

くるくると螺旋を描くように、わたしたちは、上へ上へと上って行く。


耳元を、ひゅうひゅうと風が渦巻いて過ぎる。


あはははははは。


わたしたちは、どちらからともなく、また笑い出していた。






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