おたくのDVDは預かった
ーーとあるレンタルDVDショップに掛かってきた一本の電話の話…なのだが…
ートゥルルルル、トゥルルルル
レンタルDVDショップ・WARAYAの固定電話が鳴った。
「お電話ありがとうございます。こちらWARAYA○○店でございます。」
近くにいた店員が受話器を取る。
「あ、も、も…もしもし? お、おいそちらWARAYA○○店で間違いないだろうな?」
「間違いないですよ。何をそんなに取り乱していらっしゃるんですか?」
店員が持つ受話器の向こうでは男の声が震えていた。
「な、なんだその態度は! お前、今の自分の立場がわかっているのか?」
「あ、お気に障りましたのなら申し訳ございません。」
「あ、そういうことじゃなくて、金を出せってことだよ。」
「突拍子無くないすか?」
店員は急に謎の男から飛び出した金銭の要求に当然、困惑する。
「は? お前、自分のものが無くなったのに気づかないなんて…なんて薄情なんだ。」
「急に金を要求してくる人に言われたくないですよ。あの、いたずら電話でしたらここで失礼したいのですが…」
「いやいやいや、待てよ。話は最後まで聞けって。」
「何ですか?」
店員は首を傾げる。
「お、お、お…おた、おたくの…」
謎の男のどもる声が聞こえてくる。
「クレームかなにかですか?」
「違うよ! もー俺こういうの初めてなんだからー」
「電話越しで初めてやることってなんすか?」
「よし、言うぞ。」謎の男の決意する声が聞こえてくる。「俺は今、おたくの店のレンタルDVDを預かってんだ。返してほしかったら、身代金を用意しろ。」
「………」
沈黙する店員。
「なんだよ、あ、もしかしてビビってんのか?」
「普通に返してほしいんですが。」
僅かに嬉々とした謎の男に至極真っ当な答えを冷静に伝えた店員。
「いいや、ダメだろ。お前、人質とられてるのわかってんのか!」
「少なくとも“人”質ではないですよね?」
「も~もうちょっとこのことに動揺してくれても良いのに~」
「まあ多少なりとも動揺はしてますけど、あなたに。」
変なのに捕まったな~と心の中で思う店員。
「とりあえず、DVD返すから金だけ払って。」
「急に軽い感じになりましたね。というか金を要求したいのはむしろこっちかもしれないですけど。」
「と、いうと?」
「延滞料金が発生してるんじゃないかと。」
「え? なんでバレたんだ?」
「自爆しましたね今。」
鬼の首を取ったようにニヤリとする店員。受話器の向こうからは延滞男の悔しがる声が聞こえてくる。
「なんだよ~! この卑怯者!」
「どの口が言ってるんですか。」
「頼むよ~マジで延滞料金払えないんだよ~。」
「延滞料金払う側に延滞料金要求してるんですか?」
「だって貸してきたのはそっちじゃん。」
「借りに来たのはそっちでしょ。」
店員と延滞男の押し問答が続く。
「よーし覚悟決めた。なにせこっちには人質がいるんだからな。」
「マジで“人”ではないですよね?」
「人質二十枚全員返してほしければ、一時間以内に身代金を用意しろ。」
「二十枚も延滞してたんすか⁉ どんだけ借りたんすか。」
「さもないと一時間過ぎるごとに人質を一枚ずつ割っていくからな。」
「やめてくださいよ! うちの商品なんだから。」ここで店員はあることに気づく。「ん? 二十枚? あれ? まさか、あなたが延滞してるのって『釣りバカ日誌』シリーズですか?」
「ああ、そうだよ。」
「やっぱりそうだ! まじで返してくださいよ。おかげでうちの店『釣りバカ日誌』シリーズ、特別編二作しか借りれなくなってるんですから!」
「釣りバカ日誌」の映画シリーズは全二十二作。その内二作は特別編だ。延滞男は特別編以外の二十作全てを今、延滞しているのだ。
「返してほしいんだろ?」
「マジで返してほしいですよ。もうそれ半年延滞してるでしょ?」
「だったらさっさと身代金払えよ。」
「おかしいでしょ。なんであなたの延滞料金、延滞されてる方が払うんですか。」
「それがさ、こっちにもいろいろと事情があるわけよ。」
「まあ一応聞きますけど。」
「この前給料日だったのね。そんでその日の内に金全部おろして、全部パチンコに突っ込んじゃったんだよ~」
「じゃぁ自業自得じゃないすか。延滞してること考慮しなさいよ。」
「だからさ頼む! 今回だけでいいから延滞見逃して!」
「二十枚半年延滞パチンカスにそう言われてもな…」
「この通りだよ、頼む!」
「どの通りですか。」
「そっちからは見えないかもしれないけど僕今、土下座しながら電話してるんだよ。」
「誠意の欠片も感じるわけないでしょ半年延滞パチンカスの土下座なんか。」
「じゃぁ僕どうすればいいんですか?」
「うーん」
店員は頭の中でトラブルがあった時の対応パターンを捻りだしている。しかし、いまだかつてないトラブルなので頭の回転の歯切れが悪い。
「どう? 思いついた?」
延滞男の声が聞こえた。
「どこまで他力本願なんすか。とりあえず警察に行って頭冷やしてもらうしか…」
「えーっ!なにそれ⁉信じらんない!」
「信じられないのはこっちですよ。当たり前でしょ金払わないなら。」
店員はもはや笑っていた。
「もうそんな…あっ、そうだ、こっちには人質がいるんだった。」
「そのシステムまだ続いてたんすか⁉」
店員はてっきりもうDVDと引き換えに延滞金を渡す話は終わったと思っていた。
「よーし。じゃぁ一枚目、割っていきまーす。」
「あんたイかれてんな! 店の商品を!」
「じゃ、あと五秒猶予あげる。五、四…」
「嘘だろ嘘だろ…」
「三、二…」
「まじで落ち着いてくださいよ!」
「一、うー…あーやっぱりやだ…はいっ!割ったー!」
「全部聞こえてましたよ? ビビッてましたよね?」
延滞男の小声もすべて店員には聞こえていた。DVDが割れたらしき音も聞こえていない。
「本当に割ったよ? ほらDVDの表面のハマちゃんの写真が真っ二つだよ?」
「まずうちのレンタルDVDの表面、全部タイトルだけの地味なデザインで統一されてるんすよね。」
「あーっ! そうだった!」
延滞男の絶叫が聞こえる。
「まず手元にDVDすら用意してなかったんだ。まあ、とりあえず、警察には通報しますから。」
「嘘でしょ…」
「当たり前ですよ。長いこと延滞してる上に延滞金も払わないし、変な身代金要求の電話までかけてくるし。」
「わかりました。じゃぁその前に一つ提案いいですか?」
「なんですか?」
「昨日練習で割ったDVDケース二十枚だけでも弁償するんで、それで許してください!」
「ケースは割ってたのかよ!」
ーー終わり