第008話
「よぅ、持ってきやしたぜ」
走って学園の校門までやってきたゲイリーを見つけて、材木屋の店主が声をかける。
「ありがとうございます!」
「ゲンにも照会出来たからな。
しっかし、マジかぁ、とは思ったよ。
本当にお貴族様なんだもんな」
「末席ですけどね。
早速、お互いに物の確認しましょう」
「あいよ。
うれしそうな顔しちゃってまぁ」
ゲイリーは代金の金貨袋を店主に渡すと、店主に指摘される程度に少し顔を紅潮させながらルンルン気分で台車に入った材木を数える。
店主も念のため袋に入った金貨を数えるが、ちゃんと契約通りの金額が入っている。
(ゲンも手紙で言っていたがこのお坊ちゃん、なんというかズルが出来ない性分なんだろうなぁ……)
店主はゲンから来た手紙を思い出しながら、孫か子供でも見るような眼でゲイリーを見る。
ゲンによれば、ゲイリーが彼に師事を受けていたのは1年ほど前までらしい。
そこからはとんと音沙汰がなく、貴族のお遊びだったか、と多少気落ちしていたようだ。
しかし、ゲイリーを見る限り、店主は彼が自分独りで作りたいものが出来たから、足が遠のいただけだと感じる。
(1人で何でもやりたい時期ってえのは、職人にはよくある事だしな……まぁ坊ちゃんは貴族だけど)
ポリポリと店主が頬を掻いていると、ゲイリーが材木の向こうから顔を出す。
「確認できました!
全部発注通りです、ありがとうございます!!」
「へへ、おうよ。
そんで、どうする?
若いの使って建設現場まで運ぶか?」
「いえ、大丈夫です。
台車はお借りしたいですが、自分でやりたいので。
……良いですか?」
こりゃ筋金入りだな、と苦笑しながら店主が答える。
「……壊したら弁償な?」
「もちろん!!」
二つ返事なゲイリーに、店主は気持ちよさを感じるものの、ついお貴族様としてはこれで良いのかと考えてしまうのだった。
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材木を受け取ったゲイリーは、朝と放課後の2回に分けて台車を露天風呂建設予定地まで運んだ。
途中、馬くらい使えば良かったと思ったがやり切ってしまったものは後の祭りだった。
(まぁ、轍消しやすいから使わなくて良かった……かな)
土魔法で轍を消しながらゲイリーは苦笑する。
轍を消すなんて細かな作業だが、ラノベとかだとこういうものは残しておくと後にバレる要因になる事を熟知しているゲイリーは、泣き言一つ言わず黙々と作業をこなしていた。
既にマリンや、その侍女のサラにはバレている事に、彼は未だ気づいていなかった。
自作のカモフラージュ用の茂みなどもしっかり配置して痕跡を消し去ったゲイリーは、台車を返却し、ついに念願の風呂作りを始める。
とはいえ、浴槽部分は最後だ。
いくらでも言い訳が立つように整地や基礎工事はしても、ここが露天風呂とわからないような順番で建てなければいけない。
(風呂文化がないんだから、見ても分かる人がいるとは思えないけど、念には念を入れないとね)
男爵領の大工のゲンに習った通りに、地味な作業を繰り返しつつ基礎工事を行う。
耐震性はさほど気にしなくても、台風程度はしのぎたい。
土魔法で少し楽が出来ると言っても、魔法で木の加工が出来ないゲイリーは、ちゃんと道具を使って一心不乱に作業を進めていく。
最近、魔法でドヤれなかったり、不良に絡まれたりと色んな事があってストレスを貯め気味だったゲイリーは、それをぶつけるようにわき目すら振らなかった。
今回ゲイリーが作る露天風呂の外観は前世の庭と茶室風をイメージしている。
これは竹が手に入ったおかげで、漆喰風に仕上げる事が出来そうだから選んだものだ。
男爵領の秘密基地で作った脱衣所は最終的に木材で出来た掘っ立て小屋チックなものだった。
これは男爵領の土壁は強度があるが厚く、ゲイリーは湿気がこもりやすいのではと考えたからだ。
その点、よくわからないけれど日本風に作れば湿気対策になるかもと、相当曖昧な知識で仕上げようとしている。
(呼吸する壁とか言っていた気がするしいけるいける)
そんな軽いノリである。
和風建築にしたいという気持ちの大半が郷愁によるものなのは、言わずもがなだった。
(竹……なんて素晴らしい建材なんだろう)
ランナーズハイならぬビルダーズハイな感じでデヘデヘした顔でもくもくと竹を加工するゲイリーの姿は傍から見ると変態チックに見えてしまう。
──作っているものがものなのでそれも仕方がないのかもしれないが。
ふと、今回建築している建物が日本風である事もあり、内装にも力を入れたほうが良いかもとゲイリーは思う。
元々、綺麗な床板を張って、土足厳禁な様式にしようとは思っていたが、そうなると俄然、生活空間は畳間にしたい。
(でも、畳はこの世界でまだ見た事ないんだよなぁ……。
ゴザがあればワンチャン行けるか?
……ん?)
どこかからゴソゴソという草がすれる音が聞こえたような気がして、ゲイリーは辺りを見回す。
建物はまだ基礎建築の段階。
言い訳なんていくらでも立つ。
まだ焦るような時間じゃないと言い聞かせながら、入念に警戒するゲイリーだったが、結局何も見つけられず、きっと鳥か小動物だろうと結論付けて作業に戻った。
──もちろん鳥なわけが無いのに。
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「姫様、ホントマジでやめてください……ッ」
冷や汗を拭きながら侍女のサラがマリンを睨む。
侍女風情がこんな態度をとれば首になってしまう事もあるのだが、そこは義姉妹のような二人の関係上、マリンはすねるものの、そんなご無体を働くことも無い。
「だって、あんな本格的なのなんて。
ゲイリーもいつの間に木材なんか学園に持ち込んだのさ」
マリンはまさか貴族の子供が自分の手で、基礎工事からやって小屋を建てるとは思わず、つい身体を乗り出してしまったのだ。
その失態が草が擦れた音を出し、あわやゲイリーに気づかれるところだったが、そこは御庭番のサラ。
しっかりと彼女を抱えて後退しつつ、他のゲイリーの監視できるポイントまで移動した。
この間、物音を立てなかった彼女は流石侍女長の娘と言ったところだ。
「……4日ほど前でしょうか。
巧妙に轍を消したり、人目のつかない所に荷車を隠したりしてましたからね。
彼は何なのでしょうね? 『草』でも目指しているのでしょうか?」
サラはそう言いながら好奇心の宿る瞳で彼を観察する。
『草』とは御庭番の通称……要するに暗部の事だ。
王族直属な彼らだが、暗部なんてストレートな言い方では、
“私たちはほの暗い事をする部署ですよ”
と言っているようなものなので、この国では御庭番とよりマイルドな呼び名を採用している。
とはいえ、その名も少々奇抜なので、殊更サラ達御庭番は自分たちの事を“草”と呼称し、王族以外の周囲から自分たちの存在を隠し通していた。
「スゥ男爵領に御庭番なんていないでしょ?
あそこは堅実な経営をする国王派だし、さほど裕福な土地でもないし」
御庭番には選りすぐりの者達が所属しているが、残念ながらスゥ男爵領は長閑で何もない田舎領。
現在、かの地の出身者は御庭番に所属していない。
さらに領地経営も堅実なせいで、警戒すらされていない地域である。
「……なのに、ゲイリー様は母に目を付けられましたけれどね」
サラはゲイリーの部屋の屋根裏での母との鉢合わせを思い出す。
心臓が飛び出るほど、びっくりしたのは言うまでもない。
ハンドサインでひとしきりコミュニケーションをとった後は、連携してゲイリーを見張っていたが、現在はサラ1人で監視を継続している。
元が、ただの難癖に近いものだったので早々に他国の間者疑惑は晴れたらしい。
「それは私のお母様が悪い」
公務の憂さ晴らしなのか偶にエキセントリックな行動をする王妃を思い出し、マリンは頭を抱えてため息をつく。
「『読んでた小説みたいな行動をとる少年がいたからつい尾行させちゃったテヘ☆』とか王妃じゃなかったから捕まってるよ……」
「まぁ実害ゼロどころか、そのおかげで不届き者が捕まったから良かったじゃないですか」
「あれは本当に大爆笑だったよ。
それにしても凄いなぁ……ゲイリーってホント面白いなぁ。
完成したらボクをあの家に招待してくれないかなぁ……。
いっそ手伝っちゃうとか……でも、大工仕事なんてやったことないしぃ……」
楽しそうに変態の代名詞を作る彼にマリンはとても好奇心だけではない眼差しを向けていた。
それは普通の人から見ればわからない程度であったが、生まれてからずっと一緒に居たサラにはそれが手に取るようにわかってしまう。
「姫様、そろそろ問いただしたいんですが良いですか?」
室内でもなく、ゲイリーにバレるため逃げられる状況でもない現状を、丁度良い機会と捉えてサラは尋ねる。
「え?
な、なに改まって……」
「姫様は一応婿探ししに学園に入学したんですよね?」
「う、うん」
「入学してからずっと私はゲイリー様以外の身辺調査してないんですが、アレが婚約者候補って考えて良いんですか?」
心の中でニヨニヨしながらサラは尋ねてみたが、彼女の期待とは裏腹にマリンは顎に手を当てながら難しい顔をした。
「いや、真面目で面白い男の子だと思ってるよ?
気も話も合うし、友達だとも思ってる。
でも……う~~ん……そこまでじゃない……かな?」
「え?
あれだけ私に監視させといてですか?
私だって嫁入り前の娘なのに一歳しか歳の変わらない男の子の屋根裏に潜んだりしてるんですよ?」
「え~……だってゲイリーってば何か隠してそうだったしさぁ」
人差し指をツンツンしながら口を尖らせるマリン。
王族の直観でゲイリーが何かを隠していると見抜いた彼女はそれ以来、彼の事が気になって仕方がなかった。
サラは彼女が照れ隠しをしているわけでは無い事に気づき、ため息をついた。
「……総括すると、ゲイリー様は『おもしれえ男』って事ですか?」
「あっ、そうそう!
しっくりきた!!」
喜色満面に同意するマリンを見て、サラは呆れながら内心慄いていた。
(女性向け小説によくある【おもしれー女現象】がまさか男女逆転で起こるとか嘘だろマジか)
もちろん、面白くなりそうなのでそのことを口にしなかったサラだが、とりあえず付きまといは辞めませんかと提案してみる事にした。
対策は取ったものの、彼女は虫刺されに悩まされる生活を一刻も早く辞めたかったのだった。