第007話
終わってみれば特に実害もなく、不良たちとの騒動を潜り抜けたゲイリーだったが、だからと言って彼の評判が改善されたということはない。
今日の魔法の授業でも赤点をもらい、ついに先生に呼び出されて補修を受けることになった。
「やぁゲイリー。
どうしたの?」
口元がニヤついているマリンがトボトボと廊下を歩くゲイリーに話しかける。
「先生に呼び出されたんです。
知ってるでしょ?」
「もちろん♪
ついてっていい?」
「なんでまた……笑いものにでもしたいんですか?」
「やだなぁ……ボクもそこまで性格悪くないよ。
ただの興味本位さ。
“魔法が使えるのに、初級魔法が使えない謎に迫る!”
ってね」
「こっちが教えて欲しいくらいですよ……全く……はぁ」
「さぁさぁ、ため息吐かない!
幸せが逃げちゃうっていうよ♪」
ゲイリーの背中を押しながら駆け足で職員室へと向かうマリンたち。
ここ数日、サラと空を飛ぶ練習をしている彼女は未だになんで水魔法で飛べるのか解明出来ないでいた。
今回の補修で彼が初級魔法が使えない謎が解けたのならば、もしかしたらうまく飛ぶコツがわかるかもしれない、と心をウキウキさせるのだった。
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2人は魔法担当教諭のハゲでお馴染み、ステイ先生に連れられて空いている修練場へとやってくる。
「あれ?
僕たち以外誰もいないんですね」
マリンが修練場内を見回しながらつぶやく。
「わざと誰もいない空いてるところを選んだんだ。
ゲイリーもあまり悪目立ちしたくないだろ?」
「は、はぃ……」
優しさが堪えたのかゲイリーの返事は小さかった。
「ま、今更と思われるかもしれんが解決の糸口を見つけたかもしれないんでな。
研究に付き合ってもらうぞゲイリー」
「は、はい……って研究……ですか?」
「ああ、俺は教師の傍ら魔法の研究者もやってる。
学園っていうのは、毎年国内のいたるところから生徒が入学してくるからな。
言い方は悪いが生きた資料が大量に手に入るこの環境は思ったよりも良いものだぞ?
それと立会人として付き添いは許可したが
マリンも今から話すことは俺が発表するまでは極秘で頼む。
うまく行ったら論文にして王宮に提出するつもりだからな」
「わかりました。
言われなくても先生の研究をとったりなんてしませんよ。
というかそれ、ゲイリーにも言ってくださいよ」
「こいつはあまり成果の横取りやらそういうものには興味がなさそうでな」
「まぁ……わかりますけど」
「なんか……俺、遠回しにバカにされてません?」
「貴族じゃ珍しい善人だと言ってるだけだ」
「そうそう」
「……そんなもんですか」
「腑に落ちてなさそうだが、あまり気にするな。
さて、まどろっこしいのは嫌いだ。
今から俺がやる事をしっかり見ていろよ」
「え?
わ、わかりました」
「【水は浮く】」
ステイが短く詠唱すると、彼の手のひらで球体上に丸く浮く水が出現した。
「良いか、この魔法で出てきた水は球体になって空中に浮かぶ。
これは、自然界にある水じゃない、魔法で作り出したものなんだからこうなって当たり前だ。
……わかるな?」
「……はぁ」
ゲイリーは首を傾げながらじっとステイが出した水を見ている。
(──そう言えば、他の人が授業中に浮いて飛ぶ水はたくさん見たけれど、こんなにじっくり見た事はなかったな)
「よし、ゲイリーもやってみろ」
「え?
わ、わかりました。
【水は浮く】」
同じように詠唱したゲイリーだが、いつも通り球体にもならず空中に浮かびもせずに彼の手から小さな噴水のように水が沸き上がる。
「……」
悔しさに顔をゆがませるゲイリーにステイが言う。
「ゲイリー、疑うな。
俺の出した魔法をよく見ろ。
何も考えるな。
風がどこでも吹くように魔法はただそこにある」
ゲイリーは目を閉じてステイの言葉を心の中で復唱するが、どうしてもしこりが声になって浮上する。
「……でも、水は落ちるものです先生」
「いや違う。
認識が間違っている。
魔法で出てきたコレは、水であって水ではない。
これは水の魔法だ。
雨の日に空から降ってくる雨とは違う」
ゲイリーは考える。
確かにそうだ。
あの魔法で出したものが本当に水ならば、空中で浮くわけがない。
「ゲイリーッ」
マリンの声にゲイリーが目を開けると、手のひらから出ていた噴水はいつの間にか止まっており、目の前にステイが出したものとは別の水球が漂っていた。
「やっ」
バシャーン!!
「「あ~~~~~~……ッ!!」」
認識した瞬間に地面に落ちてただの水となってしまったゲイリーの魔法を見て、マリンも彼も失意体前屈の姿勢をとるほどに落胆する。
ステイだけはそんな2人の姿を見て満足そうに何度も頷いた。
「そう落ち込むなゲイリー。
お前は確かに浮く水を出すことが出来たんだぞ?」
「そ、そうだっ!
え、え、なんでなんですか?」
「まぁ細かく説明すると長くなるから端的に言うとな、お前が変人だからだ」
「えぇ~……」
「先生、そんなおバカな理由でゲイリーは初級魔法が使えなかったんですか?」
「おバカな理由ってだけで片付けるのは早計だな。
ゲイリーは天才じゃないが、十分奇才と言っていい人間だぞ?」
「それ、褒めてます?」
「なんだ、不服そうだなゲイリー。
俺はお前が常識に囚われていないと言っているんだぞ?
そういう奴は往々にして何かやらかす傾向にある。
今回、それがはっきりしたって事だ」
ステイの論は、常識が違う場所で生まれた魔法は同じ詠唱を行っても違う結果が出るというものだった。
「昔から疑問に思ってたんだよ。
国内だけ見ても魔法が得意な地域と苦手な地域がある。
確かに魔力量や適性と言うものも関係はしてるんだろうけれど、明らかに偏りすぎてると感じてたんだよな。
それで今回ゲイリーを受け持って、実感した。
スウ男爵領は魔法が苦手な地域だ。
それは洗浄魔法や日常生活で使う魔法以外あまり使われていないからだ。
男爵領は魔物だっておとなしい奴らが多いだろ?」
いきなり話を振られたゲイリーは戸惑いながら、何とか地元の森やファンタジー的に魔物が居そうなところを思い浮かべる。
「い、いや……比較したことないんでわからないですが。
……いたのは、でかいカラスや角の生えたウサギくらいですかね……」
「それは……確かに強い魔物たちじゃないね」
「そうなんですか?」
マリンがこくりと頷く。
ゲイリーが気になって聞いてみたら、危ない地域にはそれこそ竜種とかもいるらしい。
(熊や猪すら見かけたことないのにそんなものもいたのか、この世界……!!)
ショックを受けて顔を青くするゲイリー。
ステイはそんなゲイリーの百面相を見て笑う。
「そういう危険な地域じゃ、剣だけじゃなくて魔法なんかを駆使して害獣駆除するのが普通だからな。
特に率先して戦う俺達貴族はよく魔法で獲物をしとめる。
話を戻すが、魔法はきっとイメージが全てだと思うんだよ。
詠唱はそのイメージを瞬時に思い浮かべるためのきっかけだ。
──ここら辺は前から主流に言われている事だがな」
「昔読んだ教本には魔法は奇跡とか書いてたんですが……」
「そりゃ、子供向けの教本だな。
そう書いておけば子供は呪文と魔力が揃わないと魔法が使えないものだと思い込むから」
そう言われてゲイリーは頭を抱える。
「あ~……おかしいと思ってたんだよ。
水を出すのに結局詠唱なんて使わなかったから。
その時は無詠唱で魔法が出たって思ったのにな~~~~~~~~…………」
「おぅおぅ、口調が崩れるほどショックを受けちまったか。
だが勘違いするな、無詠唱で使えるっていうのはそれはそれですごい事だぞ。
まぁ水を出すだけだと日常生活にしか役に立たないかもだがな!」
「うがあああああああああああああ」
ステイが追い打ちをかけた事でゲイリーは天を仰いで叫び声をあげた。
その目元にはきらりと光るモノが見える。
話を聞いて唸っていたマリンが目を見開く。
「もしかしてこれまでの授業で何度も【ウォーターボール】を見てたのに全く使える様子が見えなかったゲイリーって……」
「相当に頑固者って事だな。
普通の生徒は初日魔法がうまく使えなくてもすぐに使えるようになる。
周りを見ればお手本そのままがそこらに転がっているわけだからな。
だから俺も気づくのが遅れたし、ゲイリーが変人と言われる所以でもあるな」
「こんな適当な世界大っ嫌いだあああああああああああああ」
頭を掻きむしりながら叫ぶゲイリーはいっそすがすがしいほど滑稽だった。
ステイは今回の実験を受けて、例えばこの国とは違う環境で育ち、別の集団的無意識下にいた人間は同じ属性であっても別の性質を持つ魔法を作り出すことが出来ると結論付けた。
その例として、水であっても大岩を穿つことが可能な魔法などもあるのではないか、と提唱する。
そりゃ水圧あげればそれくらい出来るだろうと思ったゲイリーだったが、その話を聞いてマリンも驚いていたのでこの世界……いや、この国の常識ではそうなのだと改めて自分が異質である事を実感したゲイリーだった。
──この数日後。
魔法の授業が行われたがゲイリーは特訓の成果もあり、やっとのことで魔法の赤点を免れる事が出来た。
ただ、やはり【ウォーターボール】などの魔法の成功率は今でもとても低い状態のままだった。
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赤点を回避できた日の放課後、校舎の隅で黄昏れるゲイリーは魔法の可能性について思いを巡らす。
【ウォーターボール】は出来るようになったものの、その発動には前世風で言えば【無我の境地】や【明鏡止水】のような凪いだ精神状態にならねばならないほどに大変なものだった。
少しでも前世の物理法則が頭をよぎっただけで失敗。
こっちの世界の法則を少しでも疑ったら失敗。
ゲイリー的に初級魔法なのに難易度ルナティックだった。
(うん、そういうのって超必殺技的なものを使うために必要なものなんじゃないの?)
何となく理不尽に思いながらも、前世の物理法則を思い出すたびにゲイリーは地球に魂が引っ張られているように感じていた。
思えば、なろう主人公の多くはその性質からすでに特別だったのかもしれない。
(火魔法で一瞬にして敵をローストしたり、鎧や崖を破壊したり、敵に穴をあけたり……。
風魔法だってそうだ、ウィンドカッターなんて石ころ混ざってたって大木なんて切れるもんか)
ちなみにどちらもこの世界の魔法で再現可能だ。
ゲイリーは暴君のようなこの世界観に泣きたくなってきた。
(そのくせ水魔法は出来ないとかそんなの絶対おかしいよ、
自然界的に一番の脅威は水か土の二択だろう)
ステイ曰く、水も土もどちらも自然の恵みを連想させるものなので、攻撃魔法としてあまり見なされないそうだ。
逆に火の魔法は、太古からある炎への原初の怖れが攻撃魔法として想像しやすいのではないかと推測しているのだとか。
何てへんてこな世界なんだとゲイリーは嘆息した。
今までにない新しい魔法についてもステイはゲイリーならば生み出せるのではないかと期待を寄せている。
だが、そう上手く行くものではない。
例えばの話であるが、ゲイリーが所謂転移魔法というものを発現させようとする。
距離は魔力量によって変わるだろうがきっと短距離ならば実現は可能なのだろう。
だがそれも彼の精神面を考慮しなければの話だ。
ゲイリーは短距離転移をするためには自分を原子分解してその距離まで光速で移動しなくてはいけないと考えている。
そうなると身体を再構築する際に何がロスしてしまうのかわかったものではない。
寧ろ恐怖が勝ってしまったら半分が切断された状態で転移してしまったり、はたまた人間の形が保ててなかったりするかもしれない。
(こんなことなら、前世でウルトラバイオレットなTRPGをプレイしなければ良かったなぁ。
結局の所、前世にあった常識や知識の幅が俺の行使できる魔法の範囲内と言うことになるんだろうな)
しかも今世の世界にある魔法を使いたいなら相当なステップを踏んで誰かの補助があって初めて成功するレベル。
改めて魔法チートでドヤれないんだなと、ゲイリーは落ち込んだ。
──とはいえ、不良に絡まれた時にそれらを逸脱して水魔法で空を飛んだりしてるのだから、十分チートしてるんじゃないかとはた目には思えてしまうのだが、本人はそれに気づいていなかった。
(……頭を切り替えよう、まずはそうだな)
落ち込んでても仕方ないから何か別の事を考えようとしたゲイリーの脳裏に、先日の不良共の顔が思い浮かぶ。
(いや、真面目に考えて暴漢を撃退する何かは必要だろ)
あんな宇宙人に絡まれたことが初めてだったゲイリーは、何かないかと記憶を辿る。
すると頭の中に閃くものを感じ、木の枝でそれを地面に落書きしてみた。
NH3
一狩り行こうぜ!
の方ではなく中学校で習ったアレである。
取り扱い方を間違えると確実に命を狩れそうな、狩れなくても無力化できそうなモノを思いついてしまい、さすがに吹き出してしまったゲイリー。
(確かに元素は空気中にあるし、生成できそうだけれど……スカンクかよッ!?)
とひとしきり笑って、ある程度の元気を取り戻したゲイリーは寮の自分の部屋へと戻っていく。
あれ以来、不良に絡まれることも無く、今のところ平和に過ごせているし、そこまで慌てることも無いかと、やはり平和ボケな彼は、能天気に撃退法については後回しにすることにした。
結局、ケガをしたなども実害がなく、ただ少し怖い目に遭っただけなので、危機管理能力はさほど育っていないようだった。
ゲイリーが去っていったのを確認し、周囲を警戒しながら茂みからサッと侍女姿の女性が顔を出した。
サラである。
「今日もあの空飛ぶ魔法を使ってはくれませんでしたか……おや?」
ゲイリーの残した落書きを見たサラは首を傾げる。
「いたずら書きでしょうか?
それにしては抽象的な……記号? 文字?
ん~~~~~……?」
サラはひとしきり悩んだ後、ただのいたずら書きだと結論付けた。
「凹んでいたようですし、きっと手持無沙汰に落書きしていただけですね。
……おっと、これ以上は見失ってしまいますね。
早く追いましょう」
少し慌ててその場を去る事にしたサラ。
そんなこの世界には未だ存在しない元素記号の落書きは、風と雨で数日と経たずに綺麗に消えてしまったのだった。