第006話
ゲイリーはバクバクする心臓を落ち着かせながら、早足で王都の街並みを進んでいた。
(水圧ジェットも良く使ってたし、
氷の滑り台も冬場に作って遊んでたけど……怪我せずにうまくいって本当に良かったぁ……)
最後にちょっとこけたが概ねうまく行って良かったと、ゲイリーは心の底から安堵する。
マリンたちから見れば涼しい顔で予想外な行動をとっていた彼だが、実のところは相当に綱渡りだったのだ。
もう少し早い段階に氷の滑り台で逃げていたらきっと不良共が2階から真っ逆さまに落ちる事はなかったのかもしれないと考えると、軽い因果応報と言えなくもないかもしれない。
とにかく初めての場所に行くのだから浮ついた気持じゃだめだと気合を入れなおしたゲイリーはほどなくして学園の一番近くにある建材屋へと到着した。
店の前に綺麗に立てかけられた木材が店主の几帳面さを表しているようで、ゲイリーは好感を持った。
「こ、こんにちは~……」
店に入るとひげ面の中年の男に一瞥される。
「学園の坊ちゃんかい。
何か用か?
ここは貴族の坊ちゃんが来るところじゃねぇぜ?
建築依頼なら商業ギルドに行きな」
「い、いえ。
建材を買いに来ました」
「はぁ?
なんでまた」
「ちょっと趣味で家を建てようと思いまして」
「……は?
趣味で家を建てるだ?
どこに?」
「学園の敷地内です。
通っている間は好きにして良いそうなんで、やってみようかと」
「そんなんで大事なうちの建材を潰されたんじゃ叶わねぇんだが」
「いえ、大工仕事のイロハは領地で多少習いましたので、
そんなに無駄にはしないんじゃないかなぁって……」
「領地で習ったって、誰に?
つぅかどこのお貴族様だ?」
「あ、すみません。
スウ男爵領の三男です」
「スウ男爵領って……じゃあ習った相手っていうのは頭にいつもねじったタオル巻いたあいつか?」
「あっ、はい。
ゲンさんに習いました」
「いろいろ嘘だろ。
いや、そいつがゲンだっていうのは合ってるんだが、お前貴族の子供だろ?
しかも、そのなりから見て、今年入学か?」
「そうです、今年16になります」
「……マジかよ。
おい、さっきまでの話から分かると思うが、俺もゲンの知り合いだ。
時間はかかるが、お前を照会する事だって出来るんだぞ?」
「だ、大丈夫です。
ここを教えてくれたのも親方ですし、
一応親方からは、『お前は変人だが建築関係で困ったら俺の名前を出せ』って言われているんで」
「あ~……言いそうだ。
でもお前、学園の生徒って事は貴族……
あ~……まぁ確かにあの学園にゃ何年かに一人くらいな割合でおかしな奴が入学するんだったな。
大半は畑仕事出来る人間を探しに来たりするらしいが、
そうか今年は自分で家を建てたい奴が入ったのか……」
「そんな人もいるんですね」
畑を作る人がいる事は知っていたゲイリーだったが、自分で世話をしないのかと意外そうに首をひねった。
「……なんだか腑抜けた奴だが、とりあえず建材を渡すのは照会した後になる。
もちろん金は先に前金をもらうことになるが、それでもかまわんか?」
「はい、そこらへんも教わっているので大丈夫です」
「よし、とりあえず茶くらい出すからそこに座れ。
安物だが文句言うなよお坊ちゃん」
「あ、ありがとうございますッ」
何とか買い付けできそうで安心したゲイリーは、店主に勧められるがまま席に腰を下ろした。
お茶を持ってきた店主も席に就くと、彼はメモ紙に書いてきた材料を読みながら店主と交渉を始める。
「8や6材なんかの木材ははうちに在庫もあるし問題ないが、
石灰やら土やら骨材って……もしかして自分で土壁を調合する気か?」
「楽しそうなので、はい」
「道具はあるんだろうな?」
「はい、ゲンさんおすすめの鍛冶屋で作ってもらいました」
「話せば話すほどお前さんが本当に貴族のお坊ちゃんなのか信じられなくなってきたな。
しかし、悪い事は言わねぇ。
土壁は既製品を買え。
坊ちゃんが提示した量だと砂が足らなすぎる。
完成してもボロボロに崩れッちまうぞ」
「そこはちゃんと考えていますよ。
実は学園の森で竹を見つけまして」
「あ~……坊ちゃんのやりたいことがわかったぞ。
東の建築に挑戦する気だろ?」
「え?」
「なんだ、違ったか?」
「い、いや、どこ発祥のものかはちょっと……。
本に載ってたので試してみたくなっただけなんですが……」
誤魔化しているが、漆喰に使う骨材、もっというと砂を減らしたやり方はゲイリーの前世の記憶から引っ張ってきたものだ。
とはいえ、相当にふわっとした記憶でゲイリーは挑戦しようとしていたりする。
最悪領地にある秘密基地と同じ土壁で作り直せば良いやの精神だった。
「じゃあ、相当いい加減な作り方だけ載ってたんだろ。
あっちの気候に適したやり方ってだけで、こっちじゃ主流じゃねぇ作り方だからな。
なんぞ、気に入ったところでも見つけたのかい?」
「書いてあった事を鵜呑みにするならば出来上がったあとも砂が落ちにくい、と」
「入っている量が違うからな。
待てよ……って事はレンガも使わずに木造で作んのか。
カーッ!!
どうせなら頑丈に作ってやれよ」
「学園にいるのが3年くらいしかないのと、卒業すると最悪壊されるようなんで。
どうせなら面白そうなことしてみようかなって」
「確かに面白そうだな、俺もやってみたいと思う程度には、よ。
……いや、貴族の坊ちゃんがそんな顔すんなよ、楽しみをとったりしねぇから。
ただ土壁の調合はこっちでやらせてくれ。
素人がやると確実に失敗するからな」
「そこまで念を押されると……」
「なに、坊ちゃんの意に沿わないのは分かっているから、その分費用は割り引くさ。
実はな、異国建築ってわけでもないが、
東にあるような木造家屋っていうのが最近少しずつ注目されだしてるんだよ」
「そ、そうなんですか?」
「あぁ、んでそろそろそう言った建材も取り扱おうとしてた矢先にこの話だ。
悪いがこっちも商売なんでね。
坊ちゃんをカモにさせてもらうぜ」
「貴族が買い付けたって宣伝するんですか?」
「クク、間違っちゃいねぇだろ?
あと良い事を教えてやる。
今度他の建材屋に行ってみろ。
坊ちゃんに建材を売ってくれる奴なんて誰もいねえぞ」
店主曰く、そもそも彼がたまたまゲンを知っていただけで男爵領の一大工の棟梁なんてそんなに有名ではない。
ゲイリーがここに来たのも結局はゲンに教えてもらっての事だ。
どちらにしろゲイリーにここ以外の選択肢はなかった。
「……わかりました、それで手を打ちましょう。
こっちとしては建材が欲しいだけなのに……」
「変わってるあんたが悪いんだよ。
普通御上の御通告以外じゃ建材屋はトーシローに建材なんか売らねぇんだから」
実際、数十年前までは普通に大工相手ではなくても誰にでも建材を売っていたらしいが、その建材が王都郊外に住む賊にも使われていたため、時の国王によってお触れが出されたのだという。
まぁ実際は『紹介のないものに売るべからず』という相当に緩いもので、抑止力としてあまり役に立ってないのが現状であるらしい。
「坊ちゃんみたいに紹介の紹介や友達の友達の友達っていう客もうようよいるからな。
出来るだけこっちも警戒はするんだが……どうも、ね」
「下に憎むべきは無法者って事ですね」
そう言いながら密やかに賊に対して逆恨みを抱くゲイリー。
この世界で変態の象徴名高い風呂を作ろうとしている彼がそんな気持ちを抱いているのを知ったら人々はどう思うのだろうか。
非常に興味深いところである。
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用意が出来たら運べる分は自分で運ぼうと思っていたゲイリーだったが、店長のご厚意で調合された土壁含めて建材は後日、校門前まで持ってきてくれる事になった。
お礼を言ってホクホク顔で学園に戻るゲイリーだったが、店長との話があまりに楽しかったので、自分が不良共に目を付けられている事をすっかり忘れていた。
自分の部屋に入る直前にそのことを思い出した彼は、今更ながら周囲を警戒する。
──するとあろうことか、寮の自分の部屋の扉の外側に小さな血痕を発見してしまった。
赤黒く小さく飛んだ、その染みに右手を構えながら前世の刑事ドラマのワンシーンのように壁に張り付くゲイリー。
誰かいたら空に飛べる程度の水圧ジェットを腹にお見舞いしたあと、もう片方の手で顔にゼロ距離水圧ジェットをぶちかましてやろうと少々鬼畜な事を考えていた。
想像上のその行動は、まさに彼が描いていたチートななろう主人公そのものなのだが、そんな事今の彼にはどうでも良く、胸中には追い詰められたネズミのように恐怖心が満ちていた。
そもそもガチの喧嘩等前世通してほぼしたことがないのでそれも仕方がないのかもしれない。
満を持してカギを開けて自分の部屋に突入したゲイリーだったが、部屋の中は朝に出ていったまま、何も変わらなかった。
実のところ彼がいない間色んな事があったこの部屋だが、彼はそれに気づくことなく、作った模型や貴重品の確認を続け、最終的に自分がおびえ過ぎていたと結論付ける。
その日は領地から隠して持ってきた大工道具を手入れしながらしっかりと戸締りをし、さらに窓側には土魔法で作った簡単なブービートラップを設置して眠りについた。
ゲイリーは気づいていないが、久々に天井に誰もいない静かな夜だった。
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そんな事件の翌日。
不良共の姿が見えず、ゲイリーがビクビクしながら登校していると、マリンが昨日の不良共が一足お先に兵士になるべく退学したようだと教えてくれた。
「元々素行が悪かったようでね、
兵士としてしごきに耐えられなかったら鉱山勤めになるらしいよ?」
「え、それって犯罪者の行く先では……」
「死刑一歩手前の場所だね、きっと君以外にも何かやらかしてたんだよ。
今年は最高位が伯爵家だけれど、上級生にはもっと上の家の人も在学してるし」
「えぇ…………」
「ま、結果良ければ全て良しだよ」
そう言ってにこっと笑うマリンだったが、ゲイリーは前世になかった身分制度の闇を見たようで背筋が寒くなるのを感じた。
だが実際に背筋が凍えるほど恐怖を味わっていたのは不良共である。
ちょっと前から王妃の悪乗りにより軽いスパイ疑惑の掛か蹴られていたゲイリーには、サラの母親で侍女長である王妃付き御庭番がサラと入れ替わりで夜な夜な彼の部屋の天井に張り込んでいる。
何とか回復した不良共は、そんな場所に無断で侵入。
彼らの会話を聞いた侍女長が不法侵入及び空き巣の疑いで拘束し、ついでに拷問にかけられることになったのだった。
マリンはあいつらがそこまでバカだったとは思わず、今朝サラからそんな報告を受けて涙が出るほど大爆笑していた。
その後の問題を起こした不良たちについてだが、マリンの言葉にもある通り軽犯罪の現行犯で逮捕されたはずが、余罪がわんさか出てきてしまい、退学処分で鉱山労働行きを言い渡された。
しかし生家の必死の懇願と年齢的な温情もあり、何とか兵士への転属となったのだった。
実のところこういう処分はよくある事らしく、兵士達も慣れたものである。
それも身から出た錆。
訓練を生き残った暁にはきっと不良たちも善良な兵士の一員になっている事だろう。