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第005話

その日は剣術の授業の初日だった。


学園での剣術は実のところ今年から必修科目ではなくなることになっていたのだが、それに担当教諭が反発。

長い議論が行われた結果、本日授業が執り行われることになったのだった。


健全な肉体には健全な精神が宿ると信じて疑わない、前世の元レスラー俳優に似たちょっと脳筋の担当教諭は今年初めての授業と言うことで気合に溢れた檄を飛ばしながら授業に取り組んでいた。

しかしそんな彼に向って突然、授業で使っていた模擬剣が飛んでくる。


驚きながらも冷静に2本の指でその剣を受け止めて教諭が咆える。


「誰だ、剣を投げた奴はッ!!」


「申し訳ありません、すっぽ抜けましたぁ!!」


大きな声で謝ったのはゲイリーだった。

中肉中背の彼を見ながら一目で剣術の経験がないと見破った教諭はノシノシと彼に近づく。

生徒の全員が今日がゲイリーの命日だと直感した。


「貴様、剣術の経験はッ?」


「ほとんどありません!」


「貴族の子息として信じられん、名は?」


「ゲイリー・スウです、ごめんなさい!!」


ゲイリーは青い顔で出来るだけ声を張って答える。

こういう場合、転生者ならばふてぶてしく答えるのが世の常なのかもしれないが、彼自身普通に素振りしていただけで剣がすっぽ抜けてあわや教諭に大けがを負わせそうになった事で、今は精一杯の謝罪の気持ちを込めてはっきりと返答する事だけを考えていた。


「スウ家の三男か。

 貴様の兄、グエンから話は聞いている。

 よし、俺自ら指導してやろう、剣を持てッ!!」


その言葉にゲイリー含め授業を受けていた全員が慄く。

教諭が実戦で彼をボコボコにしてやると言っていると思ったからだ。


──まぁ、実際はまるで違ったのだが。


「剣の握り方はこうだ!

 違う、力むなッ!! こわばるなッ!!

 聞いてるぞ、つるはしを振ったことがあるのだろう?

 あれと同じだ、刃はあるがただの棒と考えろッ!!

 だから余計な力を入れるな、バカ者ッ!!」


それはかくも小さな幼子に教えるかの如く、丁寧な指導であった。

スキンヘッドで上級生の一部では脳筋と揶揄されることもある熱血教諭。

だがその実は純粋で面倒見の良い、剣術が大好きな大変兄貴肌で素敵な教師だった。


そのような感じでゲイリーは1人別メニューをこなすことになり、剣術でも当然のごとく赤点をもらった。

しかし魔法の授業の時とは違い、さほど彼は落ち込まなかった。

彼自身、剣術についてはほぼやってこなかったので仕方がないと思っていたし、担当教諭も丁寧な熱血指導で赤点ではあったものの、疎外感なく授業を受けることが出来たからだ。


──しかし対外的に彼の成績を見た結果、周囲の人間達の一部はそう思ってはくれない。

その一部の人間と言うのは実家でうだつが上がらなかった問題児達だ。

魔法で赤点を連発し、さらには今日行われた剣術の授業で剣をすっぽ抜けさせる等失態を犯した事で、問題児達にスクールカーストで最下位を認定されたゲイリーは、ついにいじめの標的になってしまったのだった。


これでゲイリーの爵位が高かったらまた別だろうが、派閥の人間からも目にかけてもらえず、交流があるとすれば、伯爵家の出身とはいえ、個人では抑止力には全くならないであろう、外見的に小さくてショタっ子なマリンのみ。

そんな傍から見ればとても危険な位置に立たされたゲイリーだったが……。


(……ゲンさんの言ってた建材屋は結構近くにあるんだよな、頑張れば今日中に資材の搬入終わらせられるかも)


この後の予定に思いを馳せながら今日ものほほんとマリンと一緒に昼食をとっていた。

そんな危機感のないゲイリーを彼女は心配半分呆れ半分で話しかける。


「しまりのない顔をしてるけれど、大丈夫なの?」


「何がです?」


「君、今日の授業でガラの悪い奴らに目を付けられてたからさ」


「そんなバカな。

 先生に握り方を教えてもらってからは剣もすっぽ抜けてませんし、

 先生以外に誰にも迷惑はかけていないはずです」


「まぁ先生に剣が飛んでいった時は肝を冷やしたけれどさ……そういう事じゃなくて。

 客観的に見ると、今の君は剣も魔法もできない落ちこぼれって事になるんだよ?

 それに派閥の子息たちとも仲良くして無いようだしさ」


「……あぁいう初めから仲良く固まっているところって

 なんか行きづらいじゃないですか」


「気持ちは分かるけど、それで交流断っちゃうってどうなのよ。

 そもそも普通はゲイリーも学園に入学する前に仲良くなっているものだよ。

 剣術もそうだけれど君は領地にいる間中ずっと自分の部屋に引き籠ってたの?」


「むしろよ、よく外に出て色々してましたよ。

 前に話したようにガーデニングしたり、

 つるはしやとんかち片手に建物壊して回ったり……」


「んんんッ?

 ち、ちょっと何言ってるのかわからないんだけどッ?」


「別に大したことじゃないですよ、

 師事している大工の人達と行動を共にして古くなった家屋の解体や

 建築のお手伝いなんかをさせてもらってたんです」


「……はぁ、なるほど。

 フフっ、その時点で貴族の子息としてはだいぶずれて……何か用かな?」


さっきまで呆れ笑いを浮かべていたのに、いきなり真顔になったマリンに驚きながら視線の先を辿ると、ゲイリーの後ろに件のガラの悪いクラスメイト達が立っていた。


「いえ、マリン様には用はありませんよ。

 あるのはこっちの男爵家の三男です」


「え?

 俺……ですか?」


それまでのほほんとしていたのに途端、ゲイリーの危機感知センサーがバリ3を立て始める。

役に立たないセンサーだった。


「そうだよ。

 ちょっと秘密のお話があるんだ、来てくれるよな?」


そのまま強引に肩に腕を回され、半強制的に連れて行かれようとするゲイリーを見てマリンは止めに入ろうとしたが、他の男達が彼女に立ちはだかる。


「すぐ済みますよ。

 ……きっとね」


そのねっとりとした顔の男たちにマリンは血の気が引いた。

心と体がが冷たくなるのを感じ、彼女は素早く侍女と連携して彼らを闇討ちすると決め、この場はすんなり引く事を決断する。


「……わかった。

 もうこんなことがないようにしてくれよ。

 こちらは楽しく会話をしていたのに甚だ不愉快だ」


「彼次第ですね。

 それと、伯爵家の御子息として付き合う方は選んだほうが良いですよ?」


揉めそうになった事を察した男がゲイリーに回していない腕をポケットに入れる。


「……」


ナイフか何かだろうか。

マリンは脳内の闇討ちルートマップに魔物が多く生息する森に埋める事項を追加した。


(初めてだよ、虫けら共にこんなにバカにされたのは……)


なんだかんだ損得勘定なしに付き合えて、礼儀正しいけど変人なゲイリーを気に入っていたマリンは、怒りで顔を白くしながら真顔で彼らを見送った。

彼らが見えなくなると素早く食事を下げた彼女は、足早に侍女の元へ戻るのだった。


◆□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□◆


クラスメイトの不良たちは辺りに木々があり、窓などの死角にある校舎裏にゲイリーを連れてくると、彼を突き飛ばした。

ファンタジー世界なのに、まるでヤンキーマンガみたいな展開で現実感のなかったゲイリーは背中を少しさすると、とりあえず対話を試みる。

暴力はいけない、同じ人同士なのだからきっと話が通じるはず。

しかし彼がそれを口にする前に目の前の不良たちがお願いしてくる(命令)してくる。


「俺達の要求はシンプルだ、スウ男爵家の三男君。

 金を寄越せ」


「もちろん、返却義務なんかない君からの謝礼金だ

 君の家、今とても羽振りが良いって噂じゃないか」


「今後ガラの悪い、例えば質の悪い先輩に目を付けられたくはないだろう?」


余りの言い分に目を見開く。

それまで平和ボケな行動に出ようとしていたゲイリーは、宇宙人との対話を諦めた。

思えば前世を含め、彼はここまで理不尽な要求をされた事がなかった。


「わかるだろ?

 剣術の授業で、君は誤って剣を飛ばしてしまったけど、その剣が今度は自分に飛んでこなければいいな」


前世の高校でも確かに不良はいた。

だが、刃物で脅したり、あまつさえ、人でも殺せそうな人間たちはいなかった。

当たり前だ、普通に前世は平和な日本だったし、不良マンガな世界でもないんだから。


改めて宇宙人たちを見ると貴族と言うより、どっちかと言うと漫画やラノベに出てくるヤのつく職業の人たちのようだった。


さて、ここにきてようやくゲイリーの頭には彼らを撃退するという選択肢が思い浮かんだ。

前世で読んだなろう主人公のように華麗に鮮やかに理不尽な暴力で降りかかる火の粉を振り払う。

それは紛れもなく、4歳のあの日に彼が望んだ展開だった。


──しかし、学園で過ごして既に数週間……彼も薄々だが気づいていた。

剣も使えず、攻撃魔法も使えず、さらには脅しと共に、ナイフのような小さな刃物をちらつかせている複数人を相手に、平和ボケしたゲイリーに何ができるだろうか。


さらに万が一こいつらを倒せたところで、暴力の連鎖が止まるとも思えない。

きっとコロコロ(SATSUGAI)しないかぎり徒党を組んで報復にやってくるだろう。

それにこれだけ強気にストレートに強盗しようとしてくる相手だ、きっと今度はさらに多い手勢でやってくるに違いない。

もしかしたら彼らの寄り親の上級生と組んでやってくるかも……。

嗚呼、恐ろしきは負の連鎖。


妄想逞しくそんな事が瞬時に頭の中を駆け巡ったゲイリーは思った。


──三十六計逃げるに如かず──


彼が天を仰ぐと2階の窓が開いているのを見つけた。

ゲイリーは顔は知らないが、


(サンキューカッミ(神様)ッ!!)


と歓喜の祈りを天に届ける。


「いつまで黙ってんだよッ!!

 オラァンッ!!」


宇宙人の一人が拳を振り上げたが、天を見上げた結果、太陽も見てよろめいたゲイリーは運よくその攻撃をかわした。


「……ジェットパック展、開……イグニッションっ」

うつむきながらゲイリーは阿呆で中二病臭い魔法を発動させる。


「何言ってんだかわかんねえよッ!」


もう一人も殴りかかってくるが、その拳がゲイリーに届くことはなかった。

その前に不良共へ泥と土と水が襲い掛かったのだ。


「うわあああああああああ!!」


「なんじゃこりゃあああああああッ!!」


不良共は顔をかばいながら何が起こったのかわからず狼狽えた。

そんな摩訶不思議アドベンチャーな光景を遠くの茂みから窺っていたマリンと侍女はポカンとしながら、開いていた2階の窓を見る。

そこには濡れた手を払うゲイリーが窓枠に腰を掛けて座っていた。


「え?」


「うそ、飛んだの?

 サラ、今飛んだよね? ね?!」


サラと呼ばれた侍女の方を揺すりながらマリンは興奮しながら今見た光景を確認する。

侍女も驚愕はしているものの、何とか首を縦に何度も振る。


ゲイリーが空を飛んだ。


水魔法が得意な彼は前世にあるフライボードの要領で、空を飛ぶ時の鉄の男のようなポーズをとって両手から水圧ジェットを出し、2階の窓まで飛び上がったのだ。

というか魔法で水圧を変えられるなら【ウォーターボール】くらい成功させろよと思わなくもないが、それは言わないお約束。


もちろん今の魔法は即席で出来たものではない。

ゲイリーは領地にいるときも、変わった行動をする彼の後を面白半分で追ってくる子供たちを撒くために、同じことをして木の上に避難したりしていたのだ。

ただその時は木の幹に隠れて魔法を使ってあっさり逃げれたのだが、今回は勝手が違ったようだ。


「くそ、目くらましかよッ!」


「おい、いつの間にそんなところに登ったッ?!

 行くぞ、お前らッ!!」


「「「「「おう!!」」」」」


不意をつかれたものの、すぐにゲイリーを補足した不良たちがゲイリーを追いかけるため校舎の中へと戻っていく。

いや、お前たちも飛べよと思うかもしれないが、そもそも安定して風魔法が使えない限り普通は空を飛ぼうなんて思わない。

乱暴者で問題児で落ちこぼれだった不良共がそんなことが出来るわけもなかった。


そんな彼らを目で追いながら、ゲイリーは材木運搬用に用意していた皮のグローブを手に付ける。

傍から見ていたマリンたちは彼がなんでそんな余裕綽々で構えているのかわからなかった。


しかしそれは傍目から見た話であって、今ゲイリーは自分の恐怖心と戦っていたのだ。

空を飛ぶことだって慣れていようと怖いものは怖いのだ。


そんな心持ちで次の一手を必死で考えているゲイリーの気持ちがわかるわけもなく、


「何やってんのゲイリーッ?!

 さっさと逃げないとッ!!」


興奮とこれから何が起こるのかというワクワク感で、小さく叫びながら熱い視線を送るマリン。

声も弾み、もう心配しているというよりは、これから彼がどんな事を起こしてくれるのか楽しみで仕方がないという感じだった。


「魔法とは言え、ただ水を出しているようにしか見えなかった。

 いったい何が……」


一方、魔法を使った当人であるゲイリーそっちのけで、初めて見た魔法の推測をするために芝生がめくれ上がった地面を凝視している侍女のサラ。

初めて目の当たりにした光景だったらしく、どうやら自分もやってみたいようでその瞳は好奇心で爛々と輝いていた。


遠くからまた不良たちの声が聞こえ、マリンはサラの肩を揺する。


「サラッ、あいつらがまたやってきた!!

 ゲイリーは……ちょっと、窓のへりに立って何やってんのッ?」


「え?

 何故窓のヘリに?」


言われてサラも目を向けてみるのと同時に、窓のヘリから氷の滑り台が出来上がっていった。


「「氷魔法っ!?」」


2人が驚いていると、ゲイリーは不良共に一度視線を向けて意を決して途中までしかない氷の滑り台に向かって、飛び降りる。


「「飛んだぁ!!?」」


そのまま綺麗に氷の上に着地し、サーフィンをするように横滑りの体勢で、氷に乗って空中を滑るゲイリー。


不良共もまさかのアンビリバボーな現象にだらしなく口をあんぐり開けている間にゲイリーはそこそこ距離があったはずの校門まで逃げ切っていた。


「お、おいっ!!」


不良の一人が正気に戻る。


「そ、そうだ追いかけるぞ!!」


「でも今からじゃ追い付けねぇよ!」


「これを使えば良いだろ?!」


混乱した頭でメンバー全員で窓のヘリから延びる氷の滑り台に乗った。

それだけの体重を支える強度などあるわけもない上に、ゲイリー自身が渡り切ったため氷の滑り台の魔法が解けてバリンと割れる音が響きわたる。

それと同時に不良共が地面に向けて真っ逆さまに落ちていった。

6人いたメンバーは全員、短い悲鳴を上げながら次々と折り重なって呻く。


その間抜けな姿の不良共を『ざまぁみろッ!』という気持ちで笑い転げながら見ていたマリンと、ざまぁとゴミクズ共を一瞥すると氷魔法の考察に戻ったサラは、ひとしきり事態を楽しんだあと、さっくりと撤退した。

森に埋めて完全犯罪でもしてやろうと考えていた彼女だが、予想外にスカッとする1大スペクタクルを観れたおかげで、気分も晴れやかに自室でお茶でも楽しむことにしたのだった。

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