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第004話

その日、ゲイリーはルンルン気分で図書館に向かっていた。


図書館は学園の敷地内に併設されており、その規模は日本の国会図書館並みだった。

流石、国中から貴族が集められる王立学園と言うべきか、国内外問わずいたるところから集められた書物が納められており、頻度は少ないが、学生だけではなく王族などのやんごとなきお方たちも極稀に使用している。


もちろん、学生らしく学術書片手に勉強する生徒たちが大半を占めているので、いつもならばそこそこにぎわっている場所である。

しかし、今の時間は司書の女性以外誰もいない。

まだ陽も高く、王都の大人たちは基本的に職務を遂行している最中だし、生徒たちは授業の真っ最中だからだ。


「もし、今は授業中ですよ?」


そんな時間にやってきたものだから、ゲイリーは司書の女性に呼び止められた。


「あ、いえ……その」


綺麗な司書さんに呼び止められたため挙動不審になってしまったゲイリーだったが、たどたどしくではあるもののここに来た経緯を説明する。


「なるほど……生徒が答えられないような難しい問題を出す数学の先生に追い出されたと。

 その追い出された理由も、そんな問題にあっさり答えたからだなんて、なんと子供じみた……──

 とりあえずここに名前を書いてください。

 事実は後で確認しますが、サボらず勉学に励むためにここへやってきたのならば

 追い返すのは間違っていますし。

 まぁ……もしも、あなたが嘘をついていたとしてもペナルティならば

 あとでも与えられますから何ら問題はないでしょう」


ウフフ、と少し怖い嗜虐的な微笑みを浮かべる、蠱惑的な司書さんに背中がゾクゾクしたゲイリーは、そそくさと名前を書いた。

一度焦って名前を書き直したりした。

司書さんが魅力的な女性なので仕方がない事だった。


続いて司書さんがどんな本を探しているのかと聞いてきたので、正直に地理の本を探していると伝えると彼女は案内を申し出てくれる。

司書さんもこの時間は暇らしい。


「地理にご興味が?」


「興味というか、苦手なので自主的に勉強を、と……」


「そうなのですね、個人的には地理は歴史と共に学ばれた方が頭に入ると思うのですが……」


この王国は歴史もそれなりに長いため、歴史好きからすると、領主の変遷を見るだけでそこそこ面白い。

特に司書さんのようなタイプには生唾モノな歴史的逸話も各地に残っていたりする。

ゲイリーは若干耽美な世界に気づくことも無くポーカーフェイスで(微笑みながら)頷いた。


「……なるほど、参考になります。

 ただ、今回は次の授業まで時間も限られていますし、

 ざっくりとでも地形のわかるものがあると嬉しいですね」


「地形……ですか?」


司書さんの瞳が眼鏡の奥でキラリと光る。

もしや敵国の間者か、と司書さんの心の中で酷い濡れ衣を着せられているにも関わらずゲイリーはのほほんと答える。


「ええ、実は石材に興味がありまして」


「せ、石材?」


思ってもみない方向の答えにポカンとする司書さん。


「はい、良いですよ石。

 色んな模様があって趣があって、なんというか詫び寂びを感じるというか……」


「わ、ワビサビ……?」


聞きなれない単語に困惑する司書さん。

ゲイリーの頭の中には前世で観た温泉の床がありありと思い出されているのだが、そもそも実はこの国の王妃である司書さんは、美術品に関する造詣は深くとも石材には全く明るくなく、さらにワビサビという聞いたことも無い単語も含め、ちんぷんかんぷんだった。


「と、とりあえず地形を含む地理がお知りになりたい場合はこの棚になります。

 退室する場合は念のため声をかけて行ってくださいね」


「わかりました、ありがとうございます」


しっかりとお辞儀をしながらお礼を言うゲイリーを尻目にそそくさと席に戻る司書さん。

礼儀正しいのに、なんとなくどこか抜けている変人のような彼にちょっと毒気を抜かれたものの、万が一も考えて、探りを入れるため魔法で手紙を鳥にして侍女長に飛ばした司書さんは、ゲイリーが来るまで読んでいた趣味の耽美小説に目を戻したのだった。

その小説が図書館で出会う敵国スパイとの禁断の愛を題材にしていたのは言うまでもないだろう。


◆□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□◆


先に司書さんへ『地理の勉強をしに』と吹聴したゲイリーだったが、本当の目的は別にあった。

それは御影石の確保である。


露天風呂建設予定地が決まった今、どんな浴場にしようか考えた末に、どうせなら立派なものを作ろうと決めた彼は未だこの世界では見た事がない御影石を見つけようと考えたのだ。


……そんなちょっとした秘密を抱えているがために、人の機微に敏感な司書さん(王妃様)に目をつけられてしまったのだが、ゲイリーがそれに気づくわけもなかった。


石材の扱い方は昔大工の親方から習ったものの、男爵領の秘密基地では良き石材と出会えなかったため、使うことが出来なかった。

それが男爵領には丘はあっても鉱山はなく、採掘場と言うのがないためだと彼は考えている。

その考えは正しく、石材は建材としてそれだけで高価なものだ。

何と言っても採掘、輸送に多大なお金がかかり、ゲイリーの考える通り、この世界においても大理石などは価値が高い。

なのでまず見つけるのは鉱山がある領地だ。


棚にあった地理の本を広げてみると、思った通りイラスト付きで各領地の特徴が書かれている。

前世の社会科の授業を知っているゲイリーからすれば、地図帳くらい生徒に持たせろよと思うところであるものの、実のところこの世界において地図はお高いものなのだ。

それも高いくせにあまり精度は良くなく、前世風で言うならばよくお屋敷から出てくるような宝の地図よりちょっとばかりマシな程度である。


彼の地理が苦手な理由もここにあった。

地理の教科書にはまとまっているものの、文字の羅列程度しか記されてなく、どこにどの領地があるのか読み解くのが相当に困難なのである。


それと比べて現在彼が読んでいる本は領地を代表する風景のイラストと一緒に簡単な地図や特徴が記されているため、行った事のない場所でも何となく想像できる。

流石図書館に寄贈されるレベルのお高めな本である。


ゲイリーは本の著書に心の中で感謝を述べながら次々とページをめくり、鉱山がある領地を探した。

するといくつか候補地が見つかり、その中にはなんとノートル伯爵領も含まれていたのだ。

興味を惹かれて読み進めると、どうやらノートル伯爵領はかなり古い家らしく、鉱山も銀山だけではなく金山まで網羅しているという。


実はこれがゲイリー以外のクラスメイト達に彼女が仮面を被る理由でもあった。

伯爵家、いや貴族の中でも最上位の裕福さである伯爵家とお近づきになりたい者などそれこそ掃いて捨てるほどいる。

そのほとんどが借金の申し込みや資金援助等、要するに金、金、金。

おべっか、よいしょに色仕掛け……そもそも女性なマリンに色仕掛けが利くわけもなく、彼女は普段からそんな奴らに言質を取られないため、ペルソナを召喚しているのだった。

しかし、うんざりするような金持ち具合ではあるが、伯爵家のその地位こそが実は王女である彼女を庇護できる理由でもあるので世の中ままならないものである。


──ただ転生者であるゲイリーはやはり一味違った。


(これだけの規模となると、きっと副産物で結構な量の色んな石が採掘されているはず。

 あぁ~……御影石が火成岩かどうかだけでも前世で調べておけばなぁ……

 堆積岩ではないと思うんだけれど、ちゃんと勉強しておけば良かったなぁ)


超がつくお金持ちっぽいマリンの事はそっちのけで、前世でちゃんと勉強しなかった事を悔やむゲイリー。

金よりも風呂。

ここまで行くと鈍感主人公スキルでも獲得したのかというレベルである。

つくづくお金の話への嗅覚がない残念な男であった。


そんなことよりも新たに発見した問題にゲイリーは眉間にしわを寄せる。


(他にもいくつかピックアップしたけど、ノートル領含めてどこも王都から遠いな。

 どの領へ行くにも片道3日って……男爵領と1日分くらいしか距離が変わらないじゃないか。

 サボっていくにも往復6日とかちょと洒落ならんでしょコレ)


風呂作りが第一なゲイリーとはいえ、親の金で通わせてもらっている学園。

彼の頭にはあまりサボるという選択肢はない、ちなみに教師に追い出されたので今回は例外である。


「というか石材が確保できたからってどう運ぶんだよ……小石運ぶんじゃないんだから……」


高級旅館並みの露天風呂を作ろうとしていたものの、考えるだけでも様々な問題が思い浮かび、弱音を吐きながら机に突っ伏してしまうゲイリーだった。


◆□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□◆


夜。

今年は地方出身者があまりいないおかげで、1人部屋を謳歌しているゲイリーは夕方に集めておいた石ころの入った籠を床に置き、おもむろに1つを取り出す。

色々と現実の壁にぶつかったものの、とりあえずゲイリーは前向きに模型から作る事にした。

まずは一歩を踏み出して少しでも理想を形作れば見える明日もあるだろうという精神である。


前世の模型を思い浮かべながら、とりあえず1/24くらいで軽く作ってみる。

一時期大工の親方に師事も受けていたのでここら辺もお手の物だ。

軽く間取りを決め、魔法で石ころを加工しながらトントンと板の上に建築していく。


「やっぱりキャンプ地の上に屋根は欠かせないよなぁ。

 周りは竹柵作って……あ、でも周囲の枝落としして空見上げる形にしたいなぁ。

 テントは最悪桶かな、これは石材次第かなぁ……」


ゲイリーは独り言でも抜かりなく、隠語を使いながら計画を進めていく。

実は屋根裏にマリンの侍女が潜んで様子をうかがっていたので、やはりここでも首の皮1枚つながったゲイリーだった。


侍女も侍女で、机の上でなにやら見事に建物を作る彼に内心、感嘆の声を漏らしていた。


(なんと手先の器用な……それにしても私は今何をやっているのでしょうね)


ふと我に返りながら、ただの好奇心でこんなことを命じる王女様(マリン)に王家御用達の菓子店の人気商品をせびる事に決めた彼女が、自分の母親と男子寮の屋根裏で再会してしまうのはこれから数分後の話であった。


──それから数日。


何度か試作をした結果、ほぼ男爵領で作ったものとあまり変わらないものの、納得のいく外観になったことから放課後に建材の買い出しに行く事にしていたゲイリーに予期せぬ災難が訪れる事になる──。

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