第003話
学園が始まって早数日──。
今日はゲイリーが待ちに待った魔法の授業の日だ。
(異世界転生で魔法の授業といえば絶好のドヤチャンス!!
ここでやらかして一目置かれて優等生の美少女に目をつけられてやったぜグフフフフ……)
と妄想全開なゲイリー。
故意にやらかす転生者なんて『ざまぁされるクズ転生者』の典型だというのに、彼は全く気付いていない様子だった。
子供のころのあの輝いた瞳の子供はどこに行ってしまったのか──。
しかし、それも仕方がないのかもしれない。
風呂作りをしている関係上、ゲイリーは基本的に隠れて努力していた。
彼も、たまには周囲から褒められたかったのだろう。
──そんな自己陶酔ギリギリな考えで授業に臨んだゲイリーだったが、始まって数分でその希望は完膚なきまでに崩れ去っていた。
「……魔法は出るんだな?」
「……ぁい」
有名なハリウッド俳優のような禿げ方をしている先生に聞かれて、手のひらから水魔法をジョボジョボ出し続けながらゲイリーは羞恥で顔を真っ赤に染まっていた。
事の発端は、今授業で行われている的当てだった。
みんなが魔法を飛ばしながら軽々と的に当てていく中、独りだけ魔法を飛ばせない生徒がいた。
もちろん、ゲイリーである。
本人すらも気づいていないが、この失敗は前世の価値観が邪魔している結果だった。
前世の知識風に言うならば、重力下で水は浮かないし飛ばない。
彼は、何故みんなが水の玉をいともたやすく飛ばせるのか心底わからなかった。
なろう主人公ならば、そんなもの魔力で飛ばしているとわかりそうなものだが、残念ながら変に頭の固いゲイリーは全く気が付かない。
ちなみに彼は水や土の魔法が使えるのだが、魔力を操作し、空気中にある元素を結合して出していると思っている。
事実、ゲイリーの魔法の一部はその原理で発現してる。
もちろん、ゲイリーが望む量の水を魔法で出すには、周囲の元素量が圧倒的に足りないので、空気中の湿度、それでも足りなければ、無意識下で魔力を水へと変換していたりする。
全ては、誰にも頼らず、力業とド根性で魔法を会得した弊害ともいえる状態だ。
とはいえ、このおかげで他人の魔法より多少魔力の消費を抑えていたりするのだが、ここでは関係のない事だった。
規格外の魔法を行使しているせいで困惑と羞恥にさいなまれているゲイリーだったが、さらに輪をかけて困っているのは魔法担当教諭の禿げた先生の方だ。
この世界の人々にとって【ウォーターボール】とは飛ぶものだ。
他の世界の理を知っているものなんていないのだから当たり前だ。
魔法が失敗するにしても、今までなら魔力の込め方や詠唱間違い、はたまた適性がないという理由で失敗するのがこの世界の常識だった。
失敗した場合は、水すら出てこないのも常識だ。
初めて目の当たりにする問題に先生は顎を掻く。
「とりあえず、もう一回やってみろ」
「はい、【ウォーターボール】ッ」
ジョボボボボボボボボ……
やはり先ほどと同じように【ウォーターボール】を放とうとした右手のひらから水がドバドバと流れていく。
「玉にすらならんのか」
「そりゃ水ですもの……」
(周囲が無重力状態なら液体でも玉っぽくなるだろうけれど)
重力下じゃあ、水風船でもないと丸くなるわけがないと思っているゲイリーは、うなだれながらつぶやいた。
ゲイリーの中で、ずっと魔法の練習をしてきたというプライドがボコスカと見えない何かで叩かれてヒビが入っていく。
だったら魔力で水風船のような器を作れば良いと思いつけないゲイリーだった。
「……こんなの初めてだな。
魔力がないとか適性がないならそう書けるんだが、水が出てるしなぁ……」
「ま、魔法は使えますッ!!」
「見ていればわかる。
さて、どうするか……何か別の魔法で的に当たれば、とりあえずはまぁ採点も出来るんだが。
これはそれ以前のような気も……」
「なるほど、じゃあ土魔法で行きます!」
「ん?
ストーンバレットが使えるのか。
ならそっちでとりあえずやってみてくれ」
「はい。
【ストーンブレッド】ッ」
力んで呪文を噛んだせいで地面に細長いパン型の石が出来た。
また失敗をしてしまい、ゲイリーは手で顔を覆った。
もちろん、耳まで真っ赤になっている。
教諭は、力んでしまい呪文を間違えてしまったゲイリーの心情を慮り、冗談のように軽く声をかける。
「おいおい呪文を間違えてるぞ」
苦笑する先生に、ムッとしたゲイリーはそれを拾い上げ、
「せいッ!!」
と大きく振りかぶって的に向かってパン型の石を投げた。
投げた石はホップして的のど真ん中に当たった。
「あたりましゲヘッ!!」
大喜びしそうなゲイリーの脳天に先生の拳骨が落ちる。
「それは投石だ馬鹿モン」
「~~~~ッ。
せっかくど真ん中に当たったのに……」
「そこは素直に見事だったがな」
案外ノリの良い先生であったが、結局今回の授業でゲイリーは赤点をもらった。
もちろん、そのあと再度唱えたストーンバレットは飛ばなかったし、
『俺なんかしちゃいましたかね?』
何て台詞は口が裂けても言えるわけがなかった。
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「アハハっ、魔法で生み出したとはいえ、それじゃあただの投石だよ!」
教室を移動している最中、魔法の授業での出来事を聞いたマリンがそう言いながら笑う。
「当たれば一緒だと思ったんですけどね」
精一杯の虚勢を張りながらゲイリーは憮然とした顔をする。
とはいえ、心の中では納得しているし、どうにか自分だけ出来ないという羞恥心を克服した彼もマリンに笑い話にしてもらえるなら、それはそれで本望だった。
ブーは垂れるがそれはご愛嬌である。
「そんなわけないでしょ。
それにしてもゲイリーは尖ってるよね」
「ん?
別に、ツッパる事が男の勲章だー!
とか思ったことも無いんですが」
「アハハ、なにそれ。
能力面についてだよ。
経済、数学なんかは先生顔負けなのに、地理や魔法は赤点なんてさ」
「地理についてはアバウトすぎるんですよ。
あと魔法は今回赤点でしたが、次回はしっかり挽回しますよ」
チート転生者ムーブが出来なかったり、今まで頑張ってきた魔法へのプライドが粉々に砕けてしまったゲイリーだったが、意外な事に腐ってはいない。
半分は虚勢ではあるが、糸口が全くなく、全然発現することが出来なかった水魔法を使えるようになったという経験が、彼に前を向く力を与えていたのだ。
そんなどこか純粋で真っ直ぐな気持ちを感じとったマリンが優しく微笑む。
「フフ、単なる虚勢に終わらないようにね」
「ググ、ガンバリマス……」
妙な母性を感じる彼女の笑顔にたじろぐゲイリー。
残念ながら、未だマリンが男だと気づいてはいない。
「まぁ、今日の感じだと相当に道は長そうだけれどね♪」
「…………マリン様ってなかなか良い性格をしてますね」
「あれ?
今頃気づいた?」
「そんなんじゃ友達なくしますよ?」
「君ほどじゃあないし、伯爵家と懇意にしたいと考えてる人たちは以外といっぱいいるんだよ?」
まるでじゃれる猫のように舌をペロリと出すマリンに不覚にも心揺さぶられてしまうゲイリー。
初日に意気投合したマリンとは、この数日でこうして軽くじゃれ合う程度に仲良くなった彼だが、やはり彼を取り巻くボッチ環境に変化はなかった。
それは彼自身が社交的ではなく、変態のレッテルを貼られそうな秘密があるために自然と他人と距離をとっている事もあるのだが、それ以上にスゥ男爵家と付き合うこと自体に貴族たちが旨味を感じていないという側面もある。
これで知り合いの貴族の子息でもいればよかったのだが、寄親関連の方でもゲイリー自身が三男で、しかも変人として伝わっているため、眼中にない。
全ては社交を積み重ねず邁進していたゲイリーの落ち度でもあった。
ゲイリーは無意識に口を尖らせる。
「なら、俺の事は放っておかれたらいかがですか?」
「そんな寂しい事言わないでよ。
君と話していると、とても楽しいんだから」
事実、マリンはゲイリーと話している時の表情が1番生き生きとしている。
他の貴族の子息と話をする際は、どうしても微笑みの仮面をつけての隙のない対応を求められる。
少しでも失言しようものなら、そこからどんな尾ひれ背びれが付くか分かったものではない。
その点、真面目で頭が良いのにアホなゲイリー相手なら、とても安心して軽口や冗談だって言える。
表情が生き生きとしてしまうのも仕方がないことだった。
「──面白いおもちゃで遊んでいる子供みたいな顔をしてますよ?
あ、こっちから行きましょう」
「え?
そっちだと遠回りにならない?」
唐突な申し出に怪訝な顔をするマリンにそう言われてゲイリーは頬を掻いた。
2つの道を改めて見る。
片方は目的地まで近いけれど窓が少なくこの時間だと途中薄暗い道を通らないといけないルート。
もう1つは少し遠回りだけれど窓が多くてこの時間でも明るい道を通れるルート。
「……何となく嫌な予感がしたので」
直観的に暗い道は不良が居そうだとは言えずにゲイリーは適当に答えた。
本人は気づいていないが、前世と今世を合わせて、明るい場所で堂々と後ろ暗いをする人間がいなかったために働いた経験則である。
「まぁ、もうちょっと君と話したかったから良いけれど。
それよりそろそろ敬語取って話してくれないかな?」
「それは無理な相談です」
「けちー」
後日。
気になったマリンがお付きの侍女を使って調べたところ、その先で上級生がカツアゲをしていたことがわかり、マリンは彼らに一足早く学園を卒業してもらうことにしたのだった。
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そんなことがあって数日経った放課後。
いつも通り、露天風呂建設予定地を探して学園内を彷徨い歩くゲイリー。
実のところマリンの侍女が後をつけているのだが、彼は全く気付いていない。
変な直観が当たったせいで、面白半分に唯一の友人が侍女に自分を追跡させてるなんて分かるわけもなかった。
寮や校舎近くに広がる林ではダメそうなので、学園の奥にある森へと歩を進めたゲイリーは、そこでやっと良きスポットと巡り合うことが出来た。
森の中なのでてっきり樹木ばかりが生えていると思ったら、その一帯には竹が群生していたのだ。
周囲は木々で囲まれているが、その一帯は竹が支配しているようで、竹林のようになっているため、森と比べれば多少は風通しも良い。
さらには日本風露天風呂を作ろうと思っていたゲイリーにとって竹材は、風情的にも渡りに船である。
さらに間伐がてら伐採していけば、空も開けてさらに明るくなりそうだ。
周囲が森のおかげで人がいるような場所への目隠しもばっちり。
人のいない方へと探索していたため、寮や校舎から多少距離はあるものの、どうせなら泊まれるレベルの建物も立ててしまえば良いと考えればなんら問題はない。
「よぅし、ここをキャンプ地とぉ、するっ!!」
どこで誰が聞いているかわからないので、露天風呂建設現場をキャンプ地と表現したゲイリー。
単なるノリで言っている彼だったが、実際のところマリンの侍女が隠れて様子をうかがっていたため、知らない所で首の皮一枚つながったのは言うまでもない。
慣れた手つきでロープを使って陣地確保を行うゲイリーを見ながら、マリンの侍女はこんなにつらい監視なら特別手当もらおうと、虫と格闘しながら心に決めるのだった。