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第010話

マリンに設定してもらったサラとの顔合わせの日。

ゲイリーは緊張していた。


誤解されがちだが、ゲイリーも思春期。

同世代の女性とお茶なんて前世を通してもない経験だった。


「……やっぱり同席しようか?」


マリンに言われて慌てて首を振るゲイリー。


「だ、大丈夫です。

 こここここ、こういう場に慣れてないだけですから!」


ただの軽い商談のはずが、脳内で勝手にお見合いチックに変換されつつあるゲイリー。

そんな彼の態度を見て、


(あぁ、一応ゲイリーも普通の男の子なんだ……)


と、ジト目で彼を見てしまうマリン。


「あまり鼻の下伸ばさない方が良いよ?

 女の子ってそういうの敏感だから」


「ハッ……た、確かに。

 女性は男性の視線に敏感だというし……危ない危ない」


口調が乱れるレベルで緊張するゲイリー。

100年の恋も冷めるレベルのマリンは、そんな視線なんて感じたことないんだが? と、

自分の胸と恰好を棚に上げてピキり始めた。


そんなところに遠目からサラがやってくる。

しかもいつものメイド服ではなく学園の制服。

サラは一応、仕事をしながらマリンたちの1学年先輩として学園に籍を置いている。

勿論仕事の都合上、出席日数もギリギリで密かに補修を受けたりして凌いでいたりするので、実は制服を着るのも久しぶりだった。


──というのはゲイリーには関係ない話で、彼の頭に浮かんだ言葉は1つ、


(でかぁああああああい!!)


実際とても良く揺れている彼女のたわわへの感想だけだった。

ゲイリーの視線が一度揺れ物に吸われるが、直後に彼は自分の目線を彼女の瞳へと固定した。

マリンからの助言を思い出したのだ。

瞳と瞳が合って恥ずかしいとかそういう感情を抱く暇さえなく、とにかくたわわに嫌われたくない一心での行動だった。


しかし、それでも頭の中に流れる彼女との混浴風景。

振れる肌、浮かぶ夢……妄想が溢れそうになり、ゲイリーは自分の頬を殴った。


「……大丈夫?」


ボディーブローを入れる態勢をとっていたマリンは、居を直して低い声でそういった。


「……引力に引っ張られそうになりました」


「あ~……ねぇ……」


呆れるマリンのジト目がサラをとらえる。


(はて……喧嘩でもしたんでしょうか?)


会話が聞こえていないサラ自身はさほど気にした様子もなく、2人の前に近づくと見つめてくるゲイリーに綺麗なカーテシーを送る。


「お初にお目にかかります。

 恐れながらヒノセット辺境伯家の末席に座らせていただいております、

 サラ・ヒノセットと申します」


「……スゥ男爵家三男、ゲイリー・スゥです。

 本日は貴女にお会い出来て光栄です」


いつもとまるで雰囲気が違うゲイリーの姿にマリンの背筋がゾワワとした。

いや、マリン以外からしたら、ゲイリーの所作はいつもどおりだ。

しかし、何故だがマリンには、先程の彼の所作が妙に優雅に見えてしまうのだ。

しかもその目は熱を帯び、彼女の綺麗なエメラルドの瞳を見つめている。


──要するにゲイリーが無意識に、異性へアプローチしている事を感じ取ってしまったのだ。


サラもいつも見ている彼とは雰囲気が違って見えて少し戸惑うも、そこは御庭番。

対外的にはゲイリーとは初対面。

顔に出さずに彼に手を差し出す。


「本日はよろしくお願いしますね」


「はい、こちらへどうぞ」


「……なんだかお邪魔みたいだからボクはもう行くね。

 ゲイリー、結果だけ後で聞かせてくれるかな?」


「もちろん。

 素敵な出会いをありがとうございます、マリン様」


「はいはい」


ひらひらしながら店内に消えていく二人を見送るとマリンは速攻で乗ってきた馬車に乗り、サクッと着替えて、ちょっと離れた場所で外に出る。


「……よし、これでばれないよね。

 見てろよゲイリー、その伸びた鼻の下を引きちぎってやる」


お忍び風小さなお嬢様に変身したマリンはそのまま1人で彼らの後をついていく。

全てはサラが彼の毒牙にかからないように見張るため……。


そう自分に言い聞かせながら彼女は意気揚々と彼らを見張れる絶好の位置に陣取るのだった。


◆□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□◆


サラの顔面偏差値は高めだ。

少々幼さが残る顔つきだが、意志の強そうな眉やエメラルドの瞳、銀髪は陽に輝いてまるで銀糸のようである。

極めつけはおっきなチェストプレート。

細い腰とのギャップで男ならだれもが振り返るその戦略兵器に、学園でも人気は高い。

しかし、彼女自身が、学園では授業にほとんど出ないレアキャラであるため、告白されたことも無いおぼこであった。

……御庭番たるものそれを活かせる技術等も学ぶべきかもしれないが、彼女の父親が絶対にNOを出しているので、今のところ戦闘主体の暗殺ビルドみたいな育ち方をしていたりする。


──勿論、御庭番云々を知らないゲイリーにとってサラはとてもたわわな綺麗な人で、女神に出会いを感謝するほどには舞い上がってしまう存在だった。


飲み物を頼んでしばし無言、一切、サラの瞳から目を離さないゲイリーに彼女は多少困惑していた。


「……あの」


「……あぁ、失礼しました。

 私も緊張しておりまして、話題を提供できず申し訳ありません。

 ……少し色気はありませんが、早速ヒノセット辺境伯地についてお聞きしてもよろしいですか?

何分書物でしか彼の地を知らないものでして」


「は、はい」


促されるままにサラはヒノセット辺境伯領の特色を語る。


(王都よりも年間を通して降水量が多くて、6の月は特に雨が多い。

 結果的に小麦とは別の主食を取っている……か)


ゲイリーは唾を飲み込み、いを決して質問する。


「その小麦とは違う、主食とは……米……ですか?

 あの、茹でるともちもちするような感じの……」


「え、ええ。

 良く知ってますね」


(イエス!!)


「はいッ!

 凄く食べてみたくて」


「……意外です。

 ヒノセット出身の方以外でそんな事を言う人がいるなんて」


「……え?」


「だってこちらだと家畜の飼料としか認識されてませんもの」


「ふぁっ!?」


(あったのかよ!

 あったのかよぉ!!

 馬とか牛じゃないよな!?

 もしかして鳥か!?

 鳥の畜産とかやってるのかこの異世界!?

 やってたわ!!

 男爵領でみたことあるわ!!)


「なら、畜産農家に掛け合って……だめだ!

 人が食う物でも衛生観念あるのかないのかわからん異世界で家畜用の餌とかどんな管理されてるのかわかったもんじゃない。

 炊きあがったら黒い虫がこんにちはとかトラウマってレベルじゃねぇぞ……」


そんな事を呪詛のようにブツブツ言い出したゲイリーを見てサラは心配になり、声をかける。


「あの……そんなに食べたいならお米取り寄せましょうか?」


「ホントですか!?」


「え、ええ。

 輸送費で小麦よりお高くなってしまうかも知れませんが」


「そのくらいで良いなら是非とも!!

 あ、精米せずに籾殻付きで送ってもらえるとなお良いです!」


「は、はい。

 わかりました、実家にはそうお伝えしておきます」


ガシっ!


「ふぇっ?」


いきなりサラの両手が握られ、彼女の口から聞いたこともないような可愛らしい声が漏れる。


「ありがとうございます、女神さま!!」


彼女の手を掴んだ張本人である、転生者ゲイリーテンションMAXフォームは優しくそして力強く彼女の手を包み込む。


生まれてこの方こんな事をされたことが無いサラは、なんとか表情には出すことなく彼に微笑むことが出来たのだが、たわわの下の心臓はバクバク脈打ち、その耳はもの凄く真っ赤になっていたのだった。


◆□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□◆


テンションがタイムアウトしたゲイリーは、さっきまでの自分の言動で顔を真っ赤にさせて萎縮したりもしたが、商談は何故か順調に進んでいく。

ゲイリーは気づいていないが、サラの方も耳が真っ赤で、かつ初心(うぶ)なので仕方がない。


その結果、米のついでに味噌と醤油と米酢を手に入れられて、食についてはゲイリー的にもう万々歳だった。


とりあえずい草関連に入る前に、1度お茶に口を付けて心を落ち着かせる。


サラもお茶を飲み、ゲイリーに対する情報を整理する。


(……まさか、ヒノセットに関してゲイリー様がここまで詳しいなんて。

裏取りした時もヒノセットとはまるで接点が無さそうだったのに、何故こうも詳しいのでしょう)


さっきの初めて異性に手を握られるというシチュエーションを思い出さないようにするため、必死に仕事モードで思考を巡らせる。

当人とて、まさか手を握られただけで、あそこまで心が乱れるとは思っていなかった。


「……とても有意義な時間でした。

 最後にもう1つ、探しているものがありまして。

 もしかしたらヒノセット領にあるのではと考えたのですが、お尋ねしても良いでしょうか?」


「……ええ、どうぞ?」


「実はお恥ずかしながら、その探しているものとは草でして」


「……」


サラはビクッと反応しそうな身体をどうにか抑え込む。

草──それは彼女たち御庭番が自分たちを呼ぶときに使う呼称──それを探している。

彼女は表情を隠すためにセンスを取り出して顔を隠す。


「【草】を探している……理由をお聞きしても?」


まずは探りを入れる事にした彼女は彼の思惑を探ることにした。


「はい。

 正確には草を加工した床材です」


(【草】を加工した床材……なるほど御庭番を加工した、いやいやいや!!

 違う、これ違う!!

 御庭番の事を言ってるんじゃない!!)


「……床材とは、具体的にどういったものなのです?」


サラの顔は真っ赤だった。

うんざりしていた王妃様と同じような行動を自分がとってしまったのだ、仕方がない。

しかし、彼女がそんな心の百面相をしている事にも気づかず、ゲイリーは少し顎に手を当てる。


「草自体はイ草……細い茎が束になったような植物で、それを編んだものです」


「……茣蓙の事ですか?」


「い、いえ。

 似てるのですが、床材の代わりになるほど厚みがあって……」


「……藁床のことかしら。

 そういえばおじい様が茣蓙の代わりに藁床を改良したものを作ったと手紙にあったような……床板とは違ってとても寝やすいと」


「そ、それを頂けないでしょうか!!」


「え?

 でも違っていたら……」


「いえ、それなら藁床に茣蓙を巻きつけて加工しますので!!」


「……なんだかよくわかりませんが、貴方がそれでよろしいなら……」


「よろしくお願いします!!」


ゲイリーのテンションが上がってきた事を察知したサラは彼と距離を保つ。


「あッ、す……すみません、興奮して怖がらせてしまい……。

 いつもならこういったことはないのですが、探していたものがこうもあっさり手に入りそうでちょっと心がざわついていまして……」


「そ、それなら仕方がないことですわ……」


少しお高めな態度で彼をたしなめるサラ。

心のどこかで少し残念に思って等いないと、自分に言い聞かせながら金額と受け渡し時期のすり合わせをして、商談は成立した。

床材に関しては、個人に卸すのが無理そうならばゲンに紹介してもらったあの建材屋を経由させる事とした。

貴族特有のわがままかもしれないが、彼も今後東の建築をするならば畳について知っておいたほうが良いだろう。

ゲイリーは全ての商談が終わり、最後にサラの手に自然とキスを落として、意気揚々と建材屋へ向かっていった。

その顔は晴れやかでボインが絡む下心なんて一切残っていない、少年のようなきらきらとした顔だった。

勿論夜、夢にたわわを見るまでの短い間の顔ではあるのだが……。


色々理由を付けて喫茶店に残っていたサラの前に、小さな淑女が座る。

勿論、今までのやり取りを見ていたマリンである。


「──そのお胸をゲイリーに見せつけて楽しかったかい?」


ハイライトがバイバイした目で皿を見るマリン。

そんな彼女にサラはため息をついた。


「別に見せつけてたわけではないですよ。

 それにゲイリー様は紳士でしたよ?

 私の目を見つめたままで、視線がほとんど下がりませんでしたから……。

 そういう意味では、他の殿方とは違いましたね」


「違うから。

 それ、ボクが釘刺しただけだから」


「あらま」


「……それに手も握られて、キスもされて……どこまで見せつけてくれるのかな、かな?」


「そりゃ、私も初めてのことでどぎまぎはしましたけど、そこまでゲイリー様に惹かれてはないですよ?」


「そこまでぇ?」


「……こほん、失言でした。

 大丈夫です、マリン様が彼に興味を持っている限り、不用意に近づいたりはしませんから」


私のためにも、とやっとおちついた鼓動を確認しながらサラは息を吐く。


「それに、どうして魔法の事とか、あの建築中の小屋の事とか聞かなかったのさ?

 少しでも聞き出そうって話してたじゃない」


「……他に色々気になるところが出てきたんですよ。

 しっかり話してみて、マリン様と王妃様の気持ちが少しわかりました。

 ゲイリー様は変です」


「そりゃ変だよ。

 魔法も変。

 趣味も変。

 人付き合いも変。

 変じゃないところを探すほうが難しいくらいさ」


「……違うんです、マリン様。

 今の気持ちを言語化するのは確かに難しいんです。

 でもゲイリー様に対してお二人が抱いた気持ちを私も彼に抱きました」


「ちょっ!

 そ、それってこ」


「ゲイリー様は何か隠しています。

 それも何か大きな隠し事があると思います」


サラはしっかりとマリンを見つめながらそう宣言した。


知らないはずのヒノセット領に詳しすぎた事、それへの執着。

日々のまるで御庭番のような行動。

それから導き出される彼の思惑は彼女にはわからない。


御庭番に憧れてるだけなら問題ない、むしろ嬉しい。

二人でマリン様に仕えるのも良いのではないか。

二人で……二人で……。


初心だったために妄想に取りつかれたサラは、ゲイリーが隠し事をしていると確信を持ったがニアピン状態だった。

むしろ風呂を作ろうとしてると、この国基準で変態行動をとっているなんて常人な貴族のお嬢様方にわかるわけもなかった。


「……そ、そっちか。

 そうだよね、お母様はお父様ラブだし」


方やこちらのお嬢様も自分の気持ちにニアピンで気づきそうで気づかず、今度は自分が手にキスしてもらうんだと意気込み新たに奮起するのだった。

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