浮ついた気持ち
その後俺は彼女を家まで送ってやり、いい一日だったな、と顔をホクホクさせながらまっすぐ帰宅した。
【今日は楽しかった! また行こうな】
【《れみ》私こそ楽しかったです! 次が楽しみ!!】
そんなやり取りをLINEで交わしつつ、俺はゴロリとベッドに横たわった。
俺はマジで楽しめたし、向こうもそう感じているようだった。色々と意外な一面も知れたし
そして日曜日はあっという間に過ぎて行き、俺は月曜日を迎えた。
もし普段通りだったら、憂鬱な気持ちで身支度を整えていたのだろうが、今日は違う。
高橋とまた会えるのだ。
そう考えただけでテンションは上がる。
俺も単純な男だ。デートの直前までは振ることすら検討していたのに、相手が半端じゃない美人と分かった途端にこれだ。ほんと嫌な奴だなと思う。
そんな呵責感とまた会える幸福感の入り混じった微妙な気持ちを抱えながら、俺は学校へと向かった。
教室に着くと、やはり高橋はすでに席に座っていた。一昨日の姿は一夜の幻想だったかの如く、彼女はいつも通りの姿に戻っていた。
牛乳瓶メガネ、ボザボサと寝癖だった髪。
良くも悪くも、いつも通りの「彼女」だ。前までの俺だったら、特に何も感じていなかっただろう。
しかし、今は違う。
あの裏に隠された、真の顔。それを知ってるのが自分だけなのかと思うと、何だかあの寝癖が愛おしく感じられた。
そんなことを眺めながら頬杖をついて高橋をボーッと眺めていると、不意に彼女が振り向いた。
眼鏡越しにパチっと目が合う。
照れてしまったのか彼女はちょっと顔を赤くし、それを隠そうとするように彼女はまた前を向いた。
うーん、可愛い。
思わず顔が緩む。
だがそこへ、そんな俺の幸福タイムを邪魔する輩が現れた。
「よぉ、龍星! 土曜日はどうだったんだ?」
そう、カスクラである。
「お、おう。まあ悪くなかったというか……」
俺は不機嫌になったのを隠さず答える。
彼女がアイドル顔負けの美女だったことは伏せておくことにした。自分以外にこの事が知られるのが何だか嫌だったのだ。
「え、まじ? 会話とか続いた?」
カスクラが目を丸くして訊ねてくる。
「そりゃもちろん。楽しかったぞ」
「えー、意外だな。てっきり一言も話せないんかと思ってた」
「んなわけねえだろ。高橋のことなんだって思ってるんだよ」
「え? そんなん──」
カスクラはヘラヘラと笑いながら答えた。
「陰キャ以外ないだろ?」
「……は?」
流石の俺も、怒気を含んだ声を漏らすことを抑えることはできなかった。
そりゃ確かに高橋は若干人との交流を苦手としているのは間違いないし、学校での風貌がルーズなのも否定できない。
だからと言って「陰キャ」とバカにするのは違うのではないか?
そんな怒りが沸々と湧き出る。
だが怒りが湧くと同時に──冷ややかな心の声も聞こえてきた。
結局その怒りは、彼女が可愛いからこそ湧いているものではないか、と。
もし彼女があれほどの美人じゃなかったら、自分はカスクラの言葉をどう捉えていただろう。
同じように笑い飛ばしていたのではないか?
そんな考えが、脳裏をチラつく。
それと同時に、怒りもどこかへ逃げていった。
「……俺も人のこと言えねえな」
「え?」
俺が嘲笑と共にそう独りごちると、カスクラは俺の言葉の意味を図りかねるように首を傾げた。
「気にすんな、ただの独り言。ま、陰キャだからって偏見を持つのは良くないなって、そう思ったわ」
「そ、そうか。まぁ、楽しかったんなら何よりだ。今後はどうするんだ?」
「もちろん振らねえよ。ちゃんと大事にする。俺はお前みたいなクズじゃないんでね」
「うっせ、黙っとけ」
わざとらしくカスクラが口を尖らせたところでガラガラと引き戸が開けられる音が響き、立派な狸腹を揺らしながら担任が入ってきた。
「ほらとっとと座れー。ショートホームルームやんぞー」
彼が若干気の抜けた掛け声をかけると共にみんな自分の席に座る。
こうして今日も退屈な時間が始まった。
**
「はぁ〜〜〜」
自分の部屋に着くと同時に、俺は大きく息を吐きながらベッドへと飛び込んだ。
テスト期間が終わると、停止されていた部活動も再開する。俺は弓道部に属しているので、勉強で失った体力やら的を打つ感覚やらを取り戻すため、いつもよりハードな鍛錬を強いられた。
訛りきった身体に筋トレは当然大きな負荷となり、結果満身創痍である。
「はぁ〜〜〜〜」
もう一度息を吐く。いやー、本当に今日は辛かった。
そう考えつつ、俺は体の向きを変えて仰向けになると、枕元に置かれていたスマホを取り上げた。
ロック画面を立ち上げると表示される、さまざまな通知。大半が友人からのどうでもいいDMだ。
無視してもいいのだが、稀に重要な通知が含まれている事があるので、とりあえず適当に流し読みする。
えーと、これはどうでもいい。これもどうでもいい。これもだな。あー、あとこれも。あと──
そんな感じで通知を選り分けていっていると、ふと俺の手の動きが止まった。
あったのだ。
重要な通知が。
【《れみ》明日一緒に帰りませんか?】
思わずスマホをポロリとこぼしてしまい、それが鼻先に鈍い攻撃を与えた。
「あたっ!!」
俺の叫びが、虚しく部屋をこだました。
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