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人はテンパると心の声がうるさくなる


 並んで歩き出した俺らは、ひとまず最初に駅ビルの中にある映画館へと向かった。映画は11時から上映が始まるのでまだ時間に余裕はあるが、早めにチケットは買っておきたい。


 目的地は確か6階にあったはずなので、とりあえずエスカレーターに乗る。彼女が先頭に立ち、俺はその後ろに立った。


 それにしても。

 会話がない。

 さっきからなんとも言えない空気が続いている。


 彼女はやっぱり現実でのコミュニケーションは苦手らしく、時々振り向いて何か言おうと口を開くが、言葉が続かないようにまた押し黙ってしまう。


 しょうがない、ここは俺がリードしよう。いいところ(?)を見せるチャンスだ。


「映画、楽しみだね」


 とりあえずここは共通の話題を振るのがベストだろう。彼女は俺が話を降ってくるのを待っていたかのようにパッと一瞬顔を明るくさせると「う、うん!」と頷いた。


「好きなシリーズの最新作だから、楽しみ」

「へー、高橋も好きなんだ! 俺も俺も。前回はキリの悪いところで切られたからなー」


 ちなみに今日俺らが見る映画は、制作会社がチョコレートみたいな名前でお馴染みのハリウッド発ヒーローアクション物である。

 世界的な大ヒットシリーズとなっており、今から見る最新作も「ものすごく面白い」とカスクラから猛烈に推された。なので期待はMAXである。


「……あそこからどうなるのかな」


 そう小さく言いながら彼女は人差し指を口元に当て、軽く首を傾げる。

 ウッ、あざとい。

 

 はなまきの理性に、効果はぜつだいだ!

 はなまきの理性はたおれた。


 ……ハッ!

 危ない危ない。理性が飛ぶところだった。

 理性に「気合いのたすき」を持たせてなかったら童貞モンスターになっていたところだ。


 高橋はやはり天性の童貞キラーらしい。

 無意識のうちに俺の中の俺を誘ってくる。


 誘ってんじゃん!! 分かる??


 ……いかんいかん。

 頭の中のサッカー選手が審判に訴えかけてしまった。

 落ち着け俺、頭の中がパプリカ状態になってるぞ。

 とりあえず深呼吸だ。


 鼻から息を吸って、吐く。

 よし、サッカー選手はどっか行ったぞ。


「さ、さぁね。まさか敵側がストーンを全部集めるなんてことはないだろうけど」


 なんとか平静を装いつつ、俺は返事する。その様子がおかしかったのだろう、高橋はキョトンとした表情を浮かべていた。

 だが次第にその表情は緩み、彼女は小さくと笑いながら「そうだね」と頷いた。


 その控えめな笑顔がまた可愛く、脳内が非常事態宣言を発令しそうになるがなんとか抑え込む。


 ……そんな感じで俺が勝手にしどろもどろしているうちに、エスカレーターは6階──映画館に着いた。


 辺りは薄暗く、いかにもオシャンディーな感じである。真っ直ぐ先にはポップコーンを売るカウンターが見え、右手にはスクリーンのエリアへと続く入り口。チケットを確認する係員が暇そうに立っている。


 まずはチケットを買うため左手の券売機に向かって隣り合うように席を選んで券を購入する。やっぱり人気らしく、先は大体埋まっていたが、なんとか隣り合わせることができた。


 それから腕時計で時間を見てみるとなかなか微妙な時間だったので、結構な行列になっているカウンターに並び適当な飲食物を買うことにした。


 列に並びつつ、俺は彼女に話しかける。


「高橋はさ、なんか趣味とかあんの?」


 両面テープ並みにベタベタな質問である。だがベタであると言って舐めてはいけない。共通の趣味があるのとないのとでは、関係の深さがまるで変わってくるのだ。

 なるべく早く把握しておきたいところ。


 彼女は少し「うーん」と考えてから、


「しゅ、趣味か〜……。笑わないで、聞いてくれる?」

「当たり前だよ。笑うわけない」

「……ゲーム」


 お!

 共通の趣味を見出せたぞ。

 まずは第一歩だ。


「全然いいじゃん! 俺もやってるし。どういうのやるの?」

「……エ○ペックス」

「あ、それ俺もやってる! 面白いよな」


 よし、共通のゲーム発見!

 ツタンカーメン並みの大発見だぞ。

 

「は、花巻くんもゲーム、やるんだ……」

「あったりまえよ。まぁ最近そのせいで成績はガタ落ちだけどな」

「……エイムじゃなくて成績がブレたんだね」


 小さくツッコミを入れる彼女。いや、誰が上手いこと言えと!! 

 その切り返しが面白く、俺はプッと吹き出した。


「ははっ、間違いないな。ブレるならエイムにしてほしかったよ」

「次のお客様、どうぞー!」


 そこで空いたレジの店員が手を上げた。

 とりあえず適当な飲み物とデカめのポップコーンを一つ買ったのち、することもないので俺らは早めにスクリーンへと向かった。



**



 2時間半後。

 映画を終えた俺たちは「うーん」と背伸びをしながらスクリーンから出た。


 結論から言おう。ものすごくよかった。間違いなくシリーズ最高傑作だろう。カスクラの言うことにはやはりハズレがない。

 彼女も同じことを思っているらしく、映画の余韻に浸るように目を輝かせている。


 ちなみに良かったは映画だけでは無い。

 隣で見入ってる彼女もまた最高に可愛かった。


 アクションあるシーンでは目を輝かせ、仲間割れが起こるシーンでは顔をしかめ、泣けるシーンではしっかり目元をうるうるさせる。

 そんな喜怒哀楽がなんだが新鮮で、映画よりもむしろそっちの方に気を取られてしまった。


 まあとにかくそう言った感じで映画を楽しんだ後、俺らは映画の感想を語り合いながら駅の中をうろついた。


 流石市内最大のショッピングモール、色々なお店があった。彼女はそこに並ぶ品物に目を輝かせつつ、気に入ったものを何個か買っていった。

 普段の様子からは想像もつかない、幸せそうな表情をしていた。


 そんな彼女を眺めつつ、俺は彼女と引き合わせてくれたカスクラに感謝の念を感じていた。

 ありがとう、カスクラ。お礼として、カスクラからボンクラに昇進してやるよ。


 ……そんなどうでもいいことは置いておき。

 時間はあっという間に過ぎていき、そろそろ帰ろうかという時間になった。

 最寄駅はどこかと訊ねると俺と同じだったので、家まで送ることにした。


 彼女は「い、いいよ全然!」と断っていたが、暗い夜道を女の子一人に帰らせるなんて男として言語同断。英国紳士(自称)として許せるはずがない。


 てなわけで俺は今、街灯が道を照らすなか、高橋と並んで歩いている。もちろん俺が車道側だ。

 相変わらず彼女は少し俯いたままだが、朝会った時と比べるとだいぶ表情は緩んでいた。笑う回数も増えてきている。


 彼女は控えめに笑う人だ。普段は表情があまり変化しないだけに、そのお淑やかな笑顔がギャップとなって俺の心臓に熾烈な残業を課す。


 近頃味わっていなかった至福な気持ちを噛み締めながら、彼女との交流を楽しんでいた。


 そしてふと俺らは信号に引っかかった。

 信号ボタンを押し、信号が変わるのを注視しながら彼女に話の続きを話そうとする。


 だが俺の少し後ろ側を歩いていた彼女は、立ち止まると同時に、


「…………」


 と返事をしなくなってしまった。

 どうしたんだろう。

 そう思い、振り返ろうとしたところで──


 少し冷めていた手が、暖かく包まれるのを感じた。


「……え?」


 思わず手元を見る。そこには──

 俺の手を包み込むように握る、微かに震える高橋の手があった。


『問題が発生しました。再起動の必要があります』


 クラッシュした脳内にデカデカと表示される、ブルースクリーン。

 電源を切り、再起動。

 CPUが再び動き出し、思考が再開してようやっと事態を飲み込めた。

 そして飲み込むのと同時に──俺の心はショットガンでズガンと撃ち抜かれてしまった。


【ラウンド敗北】


 そんな文字が脳裏をチラつく。いや、こんな時にまでエ○ペックスかよ。自分でも呆れるわ。


 ヘルスがゼロになって混乱する俺をよそに、彼女は湯気が出そうな勢いで耳まで赤くしながら、小さく叫ぶように言った。


「わ、わたし! 花巻くんと一緒に、て、手を繋ぎたい……!」


 グハァッ! し、死体撃ち……!


 最後の追い討ちが重なり、俺は完全にノックアウトされてしまった。


「お、おう! すごくいいと思うな!」


 テンパって妙な返事をしつつ、俺は自分の手に添えられていた彼女の手を、恋人繋ぎになるよう握り返した。


 彼女の手は華奢で、あったかかった。


「……手、あったかいね」

「花巻くんの手がつ、冷たいんだよ」


 俺の手を握り直しつつ、彼女が言う。それもそうだろう。俺は結構重度な冷え性なのだ。

 それまでこいつに感謝したことは一度もなかったが、俺は今初めて心から感謝している。


 手が冷たいことで、高橋の暖かさがより際立って感じられるからだ。


 俺らは初めて手を繋いだとき特有の、照れから生まれる心地よい気まずさを感じながら、しばらくその場に立ち尽くしていた。


 ──が。


「……あっ」


 高橋が小さく悲鳴を上げたことで、俺はハッと現実に引き戻された。

 なんだろう。

 そう思って俺が前方を見たのは、いつの間にか青に変わっていた信号が、ちょうど赤に変わろうとしていた時だった。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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