第八話:必要なのは資格では無くて
「おはよう、綾乃」
「おはようございます、上条君」
翌日。
家の前で待ち合わせた上条悠斗と一ノ瀬綾乃は、どこか照れくさそうに挨拶をした。
お淑やかな表情と声色。
学校で見る様な彼女の様子に、どこか距離を感じてしまい悠斗は苦笑する。
それに、
「今日も盛大に盛ったなー、とか思ってますか?」
綾乃は自身の“セッティングが万全”の胸を腕で押し上げながら、天使の様な微笑みで毒づいた。
「思ってねぇーですよ!?」
「お約束ありがとうございます」
うふふ、と笑ってから、申し訳なさそうに綾乃はペコリと頭を下げた。
「ボロが出ない様に、外では“コレ”で通そうと思います。今更、皆さんに素を見せると貴方にも迷惑が掛かるので……。気を悪くさせたらごめんなさい」
「いや、そんな事は無いよ。“今の綾乃”も綾乃に違わないし、そうさせたのは俺なんだから、気にしなくて良いよ」
それより、と。
「やっぱり、学校では話しかけない方が良いかな?」
「それでは折角、お弁当を作っても意味がありません。それに昨日言ったじゃないですか、貴方との事を知られたくない訳じゃありません。……不要に広める事はありませんが、友人達にはちゃんと知って貰いましょう」
真剣な顔で、綾乃は悠斗を見た。
「だからどうか、外でも貴方の彼女として、居させてください」
その表情に悠斗は息を飲む。
「あ、あぁ……勿論。こちらこそ、よろしくお願いします」
顔が熱くなるのを誤魔化す様に、わざとらしい咳払い。
「それはそうと何で綾乃が素を出すと俺に迷惑なんだ? 俺は別に構わないと思うけど?」
彼女は、「んー」と苦笑して、
「中学で優等生のキャラだった女が急に砕けたらどう思います?」
「……『無理してたんだろうなー』って思う――?」
「そんな女が彼氏が出来た途端に態度が変わるんですよ? クラスメイトは口々にこう言うでしょう――」
遠くを見ながら、
「『見て、男の気を引く為にキャラ作りしてた痛い女よ』『そんな女にコロッと騙された男よーウケるー』『お似合いですね(笑)』――と、陰で色々と」
「そういうもんか?」
「そういうもんですよ、女って。常にマウントの取り合いなんです」
「女って怖―い」
「うふふー、そうですよ。表と裏がハッキリしてるんです。けど、この状況はお得だと思いません? 家と学校では性格の違うまるで二重人格のような女の子」
「お得?」
小首を傾げる悠斗に綾乃は揶揄う様に、
「ユートは一粒で二度おいしい彼女は好き?」
彼の耳元で囁いた。
◇
妙に頬が赤い上条悠斗が一ノ瀬綾乃と共に自分達のクラスである一年C組の教室に入るや否や、彼の友である秋元冬樹が顔を青くしてすっ飛んできた。
「ゆ、悠斗悠斗! も、もしかして、お前、昨日の放課後……屋上に、居たか?」
「ん? あぁ、居たよ。やっぱ、気づかれてたか」
「……! って、事は――!」
悠斗と共に席に移動した冬樹は、クラスメイトの女子と話す一ノ瀬綾乃を一瞥して、
「昨日の“アレ”は……“そういう事”だよな? もしかして、俺また邪魔しちまったかな……!?」
顔色をより悪くさせる。
――秋元冬樹は、責任を感じていた。
小学校を卒業する少し前の『あの日』。
幼い頃の上条悠斗と一ノ瀬綾乃を、一番最後に茶化したのは彼だった。
別にイジメていた訳では無い。
三人は悠斗を中心にずっと一緒だった。
幼いながらも冬樹は、悠斗と綾乃は“普通の友達”とは違うと分かっていた。
そんな二人を見ていると、不思議とソワソワした。仲の良い二人を見ていると嬉しかった。
『二人は結婚するんだもんな』
言った言葉に深い意味は無い。
好き同士なら、大人になったらそうなる……なんて、単純な考えだった。
だがその単純な考えが、二人が疎遠になる切っ掛けになったのだ。
「違うって。お前が悪い訳じゃないって、いつも言ってるだろ」
それが、悠斗の本心だった。
確かに、切っ掛けにはなったが、綾乃を突き放し傷つけた言葉を吐いたのは彼自身。
責任を問うのなら、上条悠斗だろう。
「――それに、もうお前が心配する事も無いぞ。肝心な事は済んだ後だったからな」
「それってーと? え?」
冬樹が呆けていると、
「あれ? あやのん、今日お弁当二つ持ってるじゃん。もしかして、もしかするー? 付き合って早速とかヤルじゃーん! 女子力高いよ!」
綾乃の席で水原佳織が、揶揄う様に笑うのが耳に入る。
と、
「……上条君」
その綾乃が、どこか緊張気味に冬樹が縋る悠斗の席に近づいて、青い包みに入れられたお弁当を差し出した。
「はい、これ。その――大したものじゃありませんが」
「ありがとう。昼休みが楽しみだ」
悠斗が素直に受け取ると、冬樹も含めてクラスメイト達が沸き立った。
その中でも、一ノ瀬綾乃が明確に友と呼べる数少ない女子、水原佳織が血相を変えて駆け寄った。
「ちょ、ちょいちょいちょい、あやのん!?」
彼女は信じられない、という様に、
「あやのんに告ったのって、A組の御門だよね!? 何で上条なの!?」
「彼に呼び出されたその時にお断りしました。それに、私が上条君にお弁当を作るのは……そんなに、おかしいですか?」
綾乃が穏やかに、それでいて何処か棘のある声で逆に問う。
「いや、だって……! 御門の方が評判良いじゃん。成績も運動神経も良いし、何よりイケメンなんだよ! ダメだよ、彼氏を適当に選んじゃ!」
「そうだよ」「勿体ないよ」
そんな声が周囲から聞こえる。
――もっともだ、上条悠斗は思う。
一般ピープルな自分と眉目秀麗の彼のどちらを恋人にしたいのか。才色兼備の一ノ瀬綾乃の隣に立ち、違和感が無いのはどちらか。
一目瞭然だ。その自覚は彼自身が持っている。
――けど、誰かを想い、傍に寄り添う事に資格など要らない、とも今の上条悠斗は言えるのだ。
「水原さんは、私の友達……ですよね?」
「そだよ! あやのんには幸せになって欲しいから――!」
「だったら――!」
本来の一ノ瀬綾乃が一瞬、顔を見せた。
彼女から発せられた明確な拒絶に、クラス中が息を飲む。
再び繕って、
「だったら……私が選んだ、私の大好きな人を――そんな風に言わないで、下さい……!」
静かに、力強く断言した。
「ぇ? あ、ぅ……ぁえ?」
綾乃の思わぬ叫びに水原佳織は、口をパクパクとさせた。
他のクラスメイト達の注目が綾乃から悠斗に移る。
彼は席を立ち、綾乃の手を取り、呆ける水原佳織に向かい合う。
「俺は、成績も見た目もそんなに良くない。綾乃に相応しくないと思われるかもしれない。けど綾乃は俺を選んでくれたんだ」
だから、と。
「中々認めて貰えないかもしれないけど綾乃の友達には、俺が恋人だと認めて貰いたい。彼女が胸を張っていられる様に」
彼は恋人の手を強く握る。
「俺の――綾乃を想う気持ちだけは、誰にも負けないから」
おぉおぉぅ……! と、声がクラスメイト達から漏れる。
――一ノ瀬さんすごい幸せそう。可愛い! 女の私から見ても一ノ瀬さん可愛い!
――上条って、意外と頼もしい? ちょっと良いかも……?
――くそぅ! 上条の奴、俺たちと同じ人種だと思っていたのに裏切られたっ!
――良いなぁ、私も幼馴染に告られたいなぁー。
周りが好き勝手に言っていると、
「おーい、お前らいつまで、くっちゃべってる。席着け、席! チャイムはとっくに鳴ってんぞー」
担任が教室に入り、教卓をベシベシと叩いた。
蜘蛛の子を散らす様に自分の席に戻る生徒の中、
「か、かみ、上条! あ、あのその――」
水原佳織はテンパりながら、
「あやのんの事、よろしくね……!」
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