第七話:今まで何もしてこなかったから
「…………」
上条悠斗は、食事と風呂を済ませ自室の勉強机でソワソワとしていた。
今日の宿題は少ない方だ。普段は自分の時間が増えるので嬉しい限りなのだが、今は手持ち無沙汰で落ち着かない。
スマホのアプリゲームのガチャが渋い結果に終わっても、どうでも良い程だった。
自室にもテレビやノートパソコンもあるが電源をつける気にもならなかった。
手元の弁当箱を意味もなく開けたり閉めたりしている。
と、
「――何してんの、アンタ」
開けていた窓から、待ち望んだ声がする。
一ノ瀬綾乃が窓のサッシに頬杖をつきながら、どこか呆れた視線を向けていた。
「い、いや、別に、変な事は何もしてないよ!」
「お弁当箱で遊んでただけだもんね」
見られてた……! と表情が引き攣る悠斗に綾乃は手を伸ばす。
「あぁ、うん。悪いけど頼むよ」
「私から言い出したんだから。悪くないわ」
互いに少し身を乗り出して手を伸ばせば十分に届いた。
風呂上りなのか、ほのかに彼女の髪から甘い香りがした。
「――……」
制服以外の彼女を久々に見る。
大き目なTシャツでボディラインは隠れていて胸の膨らみは、はっきりとは分からないが、お世辞にも“大きい”とは言えない。
今まで自分の見ていたモノは幻だったのだ、と実感する。
――まぁ、ソレが不満という訳では無いのだが、その彼の視線を綾乃は敏感に感じ取る。
「……何よ、胸ばっか見て」
「あ、いや……っ」
指摘され言葉を詰まらせる悠斗に綾乃は眉間にしわを寄せた。
胸を腕で覆う様に隠して唇を尖らせる。
「女って、男の視線には敏感なの。どーせ、『やっぱ胸小さいなー』って思ってたんでしょ」
「ぁ……その――ごめん」
ジト目で睨まれ、悠斗は怯みつつ思わず口にした。
「え、謝られた……? ホントに思ってたんだ! やっぱり、あの位の大きさじゃなきゃ嫌なんじゃない! この――巨乳好きっ! 私に告ったの後悔してるんでしょ!」
綾乃はムッとして声を荒げ、窓のカーテンに包まる様に身体を隠してしまう。
心外だ、と悠斗もつい声が大きくなった。
「ち、違うっての! 俺は『真っ平ら』でもなんでも綾乃が好きなんだ、大きさなんて関係ない! 後悔なんかする訳ないだろ……!」
少しだけ怒った様な真剣な彼の目に綾乃は狼狽えながらも、嬉しく思うが、
「あ、ありが――って誰が、『真っ平ら』か」
逆鱗にさわり、と触れた。
「そこまでペッタンコじゃありませんー。B位はありますぅー。こうやって寄せようと思えば谷間も出来るの! 跳べば揺れるの――僅かだとしても!」
綾乃はカーテンから抜け出し窓の外に乗り出す様にして、見せつける様に自分の胸を手で寄せて上下に揺らす。
「いや、今のは言葉の綾ってか――って、何してんの!」
彼女の挑発的な仕草に悠斗は顔を背けた。
「何で背けんのよ、ちゃんと見て! ほら!」
物凄い剣幕に渋々、遠慮気味に視線を戻す。
――だが、しかし。
「…………」
ゆとりのあるシャツもあってか、寄せた胸を見せつけられても――目立たないのだ。
「――あんまり強くすると、痛くなるよ……?」
「憐れむなぁ! ホントに、あるにはあるんだからぁ!」
困った様に苦笑する彼を、悔しくてキッと睨む。
そして、『真っ平ら』のイメージを払拭する打開策を思いついた。
「そうよ、服の上から見るだけだから分からないのよ。直接触ってみたら柔らかいって分かるから、今からこっち来て! 好きなだけ触らせてあげるから!」
「ぇ、ちょ、どうした!? 何言ってるの綾乃さん!?」
「何って、私の胸を触って欲しい――」
と、口にして自身の発言が、どれほど大胆かようやく理解した。
「――――!!」
咄嗟にしゃがんで、壁の陰に隠れる。
「……あ、綾乃……?」
悠斗の恐る恐るの呼びかけに、しばらくして窓の桟から顔だけ出した。
「――まぁ、その……それはまた今度、ね」
「今度……え? 今度?」
綾乃の言葉の意味を理解し切れずに悠斗は眉間にしわを寄せる。
「だって、アンタにはちゃんと私の全部を知って欲しいし。恋人なら……そういう事もする、でしょ……? 早い子達はもう――って聞くし、さ。だから――」
赤面し息を呑む悠斗を見て、綾乃も気恥ずかしさがピークに達して、
「だから――ユート、ほら! スマホ! 連絡先の登録!」
強引に話題を変えた。
「あ――あぁ、そうだな! この期に及んで電話も出来ないとか悲し過ぎるもんな!」
震える手で操作を終えて、スマホで一番大切な人の声を聞く事が出来る様になり、改めて実感が湧いてきた。
――お互いの、火照った顔を見て二人は思う。
「ずっと、こんなに近くに居たんだよな」
「その癖、まともに話も出来なかったのよね」
「何してたんだろうな、俺達」
「何もしてなかったのよ、私達」
確かに。でしょう? と苦笑する。
「――私達って、もう恋人なんだよね」
「そうだよ。実際、これからどうなるかは分からないけど、今まで何も出来なかった分、これからは色々して行こう」
「デート、とか?」
「勿論。どこでも行こう、何でもやろう。綾乃となら、どこでも何でも楽しいから」
「そうね、それなら――それな、らぁー?」
綾乃は心が躍るのを自覚する。するのだが、
「……どうしよう。候補が色々有り過ぎて決められない……」
そういった経験値の無さで、具体的なプランがまとまらなかった。
「だったら次の土曜日はショッピングモールにでも行かないか? あそこなら映画館もあるし、丁度良いじゃないかな」
「そうね、良いかも。“大好きな人とちゃんとした初めてのデート”――楽しみ」
予定が決まりご機嫌な綾乃は、スマホを操作する。
カレンダーに予定を書き込んいるらしい。
そうして、
「そうだ、明日のお弁当は何が良い?」
「何でも良いよ」
「ここで何でも良いはダメ。蓋開けてガッカリされるの嫌だもん」
「そんな事ないけどなー。ちなみに、ウチの夕飯は唐揚げだった」
「……被った。寝る前に漬け込もうと思ってたわ、危なっ」
「危なくないぞ。綾乃の唐揚げ食べたいし。ってか、結構長く漬けるのな」
「お父さんが濃い目が好きなの。ご飯のオカズになるのが好きよね男って」
「好きだねー男は」
「あと、無難なのは……厚焼き玉子とか、タコさんウィンナー?」
「……好きだねー男は」
「子供が運動会に食べたいメニューになってきたわね」
「それが好きなんだよなー」
中身の薄い話で、時間が過ぎて行く。
少しでも、三年間の溝を埋める様に。
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