第十九話:愛しの勇者
「――」
一ノ瀬綾乃は『夜神』の短編小説を読み終えて、震える吐息を漏らした。
純粋な作品の感想としては、『予想通りの結末』。
人が泣く理由は様々で悲しい時や苦しい時以外にも涙は流すものだ、というのがこの物語のテーマだった。
まとめると、勇者と姫は世界中の涙を止める為に魔王を倒す旅に出たが、人の泣く理由を見て『涙そのもの』は決して悪いものでは無いと知り、涙の魔王と共存していく道を選び、二人は末永く幸せになった――という話。
子供の考えたストーリーにしては頑張ったレベル。それを多少、web小説の経験のある高校生が無理にまとめたのならこの位だと誰もが思うだろう。
一般的な評価としては別に面白くも無く、感動も無い。だからなんだ、という駄作。
だが、この世界で一人だけ、綾乃の心は幸せで溢れていた。
――思い出が蘇る。
◇
いつかの幼かった日。
「もう大丈夫。俺はずっと綾乃の傍に居るよ」
もう彼の前で泣きたくなかった。
だが自分の意思とは関係なく、涙が頬を伝っていた。
そんな自分を悠斗は受け入れ、そう優しく抱きしめてくれた。
それだけで涙は止まった。安心した。幸せだった。
「――ごめんね。私、泣いてばかりで……こんなの変だよね」
だからこそ、悠斗に嫌われるのが怖かった。
止まった涙がまた滲み出すと、彼はよりギュッとした。
「そんな事無いよ。泣きたい時は誰だってある。それに俺は綾乃とこうするの好きだから」
ほんの少しだけ苦しくなった代わりに安心感が増した。
彼の温もりに今ならその正体が恋だと分かる不思議な気持ちになっていると、どこか言い難そうに尋ねられた。
「やっぱり、まだ寂しいか?」
正直、この頃は悠斗のおかげで母親との思い出に縋る事も、私が良い子では無かったから母が居なくなったのだ、と自分を責める事も無くなっていた。
だが、幼い時分には母親の存在が良くも悪くも大きかったのだろう。
ふとした時に涙が溢れ、止められなかった。
「ううん。ユートが居てくれるから寂しくないよ。けど……なんか――」
口籠ると、悠斗は困った様な表情でしばらく考えて、やがてハッと思い立った。
「きっと魔王が悪さをしているからなんだ」
何事かと思っていると彼は玩具箱からプラスチック製の剣を取り出して、
「俺が魔王をやっつけてやる!」
俺は綾乃の勇者だから、と微笑んだ。
――今思えば、ただただ可愛いのだが、当時の自分にとってはカッコイイ本物の勇者様だったのだ。
◇
書き上げたばかりの短編小説をサイトに投稿し、それを彼女に知らせた悠斗は深く椅子に腰かけ呆けていた。
短く、深みの無い話だ。今頃、読み終えている頃だろう。
今の自分は小説書きとして素人ではあるがプロアマ問わず様々な物語に触れ、一つの作品を書き続けていた。
書き始めた当初に比べたら多少、文章もまともになって来たと思う。
自分達をモデルとした勇者と姫の物語も、もう少し気の利いた話として書けたとは思うが、アレはあくまで幼い頃の自分が彼女に向けた物語だ。
作品として酷い物を見せるのはソワソワと不安はあるが、ありのままの結末を見せる事に意味がある……と思う事にした。
「ん?」
不意にスマホが鳴った。
綾乃からの電話だった。
「――読んだ?」
『うん。読んだ』
簡潔な確認の後、少しだけ間が空いて、
「その……なんだ……。内容的には昔のままだから、酷いものだと思うけど――」
『ううん。その頃の事、色々思い出して――なんか、凄く嬉しかった』
言い訳染みた呟きに、綾乃は熱っぽい声で答えてくれた。
「満足してくれたか?」
『――うん』
その一言で、十分だった。
「――――」
また少しだけ沈黙が続く。
不思議と気まずさは感じない。
それぞれの部屋に居るのだが、互いに背を預けている様な安心感があった。
僅かに聞こえる彼女の息遣いが少しだけ大きくなった。
「どーしたー? また魔王が悪さしたか?」
『えへへ、ちょっと暴れ出したかも』
「そうか、それは大変だ」
電話越しだが涙を拭ったのが分かる。
「なら、お菓子持って遊びに行かなきゃな。魔王もそろそろ寂しがってるだろうし」
『ふふ、そーだね。お菓子何が良いかな』
「良いじゃん、十円チョコで」
『安いなー』
「それも一個だけな」
『余計に魔王泣くから止めてあげて』
「しょうがない。レジ横にある十連袋にしてやろう!」
『百円になった……!』
綾乃は泣きながら笑い出す。
そういえばと、昔もこうして、しょうもない話で彼女を笑わせていたのを思い出した。
どうやら綾乃も同じだったらしい。
『――ありがとうね』
「何が?」
『色々。あの頃の事とか、今までの事――。私がこんなに幸せなのは全部、ユートのおかげだから……。ありがとう、大好き』
「……俺も幸せだよ。愛してる」
照れた笑いが電話越しに重なった。
気恥ずかしさが心地良い、不思議な気持ち。
『ねぇ、ユート。これからもずっと一緒に居てくれるよね?』
確信がありつつも不安気な問いだった。
「当たり前だろ――」
悠斗は彼女のその僅かな不安を拭う様に、
「だって、俺は綾乃の勇者だからな」
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