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付き合う前から好感度が限界突破な幼馴染が、疎遠になっていた中学時代を取り戻す為に高校ではイチャイチャするだけの話。  作者: 頼瑠 ユウ
二巻目

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第十五話:彼の夢


「あら、綾乃ちゃん。おかえりなさい」


 一ノ瀬綾乃がお隣の上条家のチャイムを鳴らすと、彼の母に出迎えられた。


 幼少期にはこの家でそれこそ娘の様に気に掛けてもらっていた。


 その人に『おかえり』と迎えられるのは、もう馴染んできた事だが不思議と安心感がある。


「お邪魔します。これからお出かけですか?」


 薄い化粧と落ち着いた余所行きの恰好に、母親のあるべき姿を見た気がした。


「ちょろーとね。いつものモールで夏服のセールやってるから、見に行こうかなってさ」


 上条悠斗の姉、祐奈がリビングからひょっこり顔を出す。


 彼女もお洒落をしていた。


「晩御飯の事もあるから夕方位には戻るわね」


「それじゃ、行ってくるねー」


「はい、お気をつけて」


 二人と入れ替わる様に綾乃は家に上がる。


「――あ、そーだ」


 先に母が外に出るのを待っていた様に、祐奈は忘れ物を取りに行く様な気軽さで、


「悠斗と二人っきりだけど、あんまり盛り上がっちゃ(・・・・・・・)ダメだからね?」


「そういうのは、いいので」


 ニチャァと何とも言えない表情で左手のOKサインに右手の人差し指を通そうとして、綾乃に止められた。


「おや、やっぱりまだコッチ(・・・)は早そうかにゃ?」


「……まぁ、そういうのは大事にするというか……おいおい相談するというか……」


「ほほ~。ちなみに、今はどこまで(・・・・)進んでるんだい?」


「ど、どこ……まで――?」


 興味津々に聞かれ、綾乃は自分達の二人だけの時間を振り返る。


 キスしたり、ハグしたり、匂い嗅いだり、胸に顔埋めたり、身体擦り合わせたり……キスしたり、ハグしたり。


 ――割とイチャイチャしている気がする。最近はバックハグとか主に、自分が満たされる感じで。


 綾乃が頬に熱を感じ始めたのが祐奈にも分かった。


「仲が良さそうで何よりだー」


 へへへー、と祐奈がだらしなく笑うと母がドアを開けて彼女を促した。


 祐奈はそれに返事をして、


「まぁ、悠斗の事……お願いね。あの子、『良い旦那』に成らなきゃって今からちょっと焦ってる感じだからさ。――まだまだガキな癖にさ」


 綾乃にウインクして、母と共に出かけて行った。


「……『良い旦那』、か。――よし!」


 いずれは自分の母と姉と呼ぶ二人を見送って、綾乃は気合を入れる。


 私も『良い妻』に成るぞ、と。


 まずは、小さな一歩からだ。





「――って、何で今更緊張してるんだろ」


 綾乃は上条悠斗の部屋の前まで来て、身体が妙に強張っている事を自覚した。


 先ほどの父の言葉を思い出す。


 ――相手の為に善い選択をしたからといって、それが一方的では幸せになれる訳がない。


 自分が彼に出来る事があれば何でもしてあげたいが、それが独り善がりでは意味が無いと、自身に釘を刺す。


 だが、身構える様な事でも無い、と苦笑して肩の力を抜いた。


 なにせ、今からその大好きな彼と休日の午後を過ごすのだ。難しい事は考えずただ、満喫すれば良い。


 もうじき夏休みも始まり時間はたっぷりとあるのだ。


 具体的な将来の事でも、地に足がつかないようなフワフワとした夢でも、今気になる事でも、見ているテレビの感想でも。


 そんなつまらない他愛の無い話を沢山しよう。


 それはきっと、楽しくて大切な話なのだから。


 深呼吸を一つして、ようやく彼の部屋のドアをノックする。


「ユート、ただいまー。お菓子買ってきたわよー」


 いつもなら、直ぐに優しい笑みで迎えてくれる――筈なのだが、


「……あれ?」


 反応が無い。


 聞こえなかったのか、ともう一度。


「寝てる……のかな?」


 少しだけ躊躇したが、ゆっくりとドアを開ける。


 窓際のベッドに悠斗の姿は無い。


 代わりにカタカタと不規則なリズムの打鍵音が耳に入る。


 彼は机でノートパソコンに向かっていた。


「おーい、アンタの好きなポテチ買って来たわよー」


 コンソメよーと、声を掛けるが彼の耳にまで届いていないらしい。


 打鍵音は寧ろ勢い付いている。


 これでも気付かないとは余程、興が乗っているのだろう。


 僅かに画面を覗き込むと、小さな文字が時折改行されながらビッシリと埋まっている。


 その内容までは読み取れないが、鍵括弧かぎかっこで括られた文章が多い。


 独特な文字列で彼が書いているのは『小説』だと直感する。


 好きな人が自分と同じ趣味。


 そう思うと、不思議と嬉しい気持ちになった。


 だが、彼の横顔を覗き込むと綾乃は息を呑む。


「……」


 悠斗は真剣な表情だったが、どこか痛みに耐える様に辛そうだった。


 とても、趣味を楽しんでいるとは思えない。


「――ユート」


 思わず彼の肩に手を置いた。


「――ん? ……ぉっ!? 綾乃!?」


 そこでようやく悠斗は彼女に気付き大きく仰け反った。


 危うく椅子から転げ落ちそうになり、綾乃に支えられる。


「あ、ごめん! 驚かせちゃった」


「あ、あぁ……いや、すまん。俺も全然気付かなかった」


「うん。確かに凄い集中してたわね」


 綾乃はチラリとノートパソコンの画面を見て、


「小説書いてたんだ。趣味ならちゃんとあるじゃない」


「ぇ? ぁ……おっふ!?」


 数秒置いて、悠斗は慌ててノートパソコンを閉じる。


「いや……まぁ……これはその――」


 なんとかして誤魔化そうとしたが、その物を見られているので諦めた。


「――一応、な。『小説を書こう!』でさ、『夜神』って名前で」


 悠斗は悪戯が見つかった子供の様にバツが悪そうに苦笑する。


 そんな彼に綾乃はどこか困った様に小さく微笑んだ。


「私に知られたくなかった?」


「いや、そんな事は無いよ。ただ……少し恥ずかしいかなって」


 自信なさげに笑う悠斗の手を引いて綾乃は彼と共にベッドに腰掛ける。


 持参した袋から最近の彼のお気に入りのペットボトルジュースを渡す。


「私は読むのが好きだから、ユートが小説書くのが趣味って嬉しいけどなー」


「書いてるものに寄るだろ?」


 小さく笑って、一口飲む悠斗に綾乃も自分の分を取りながら、


「別にジャンルはホラー以外なら何でも良いけど――え? まさか、官能……?」


 怪訝そうに眉を顰めながら蓋を開けた彼女は直ぐにハッとした。


「ううん、良いの! それがユートの書きたい物なら……私、応援するから! えっちぃ小説書いてるユートも好きよ……えっちぃのでも!」


「別にえっちぃ奴は書いてないなー。よくある『異世界転移』って奴だなー」


 割と真剣に胸の前でギュッと握られる綾乃の小さな手を悠斗は眉を顰めながら下ろさせた。


「じゃあ、ハーレム?」


「――――」


 目を晒し、くぴくぴと喉を潤す彼の沈黙を肯定と受け取り、「おやおやー?」と綾乃は悪戯めいた微笑みを浮かべた。


「男の子だねー。女の子に囲まれてチヤホヤされるのが好きなんだー? やっぱり、えっちぃの書いてるんだー?」


「全年齢対象の内容ですけどね! あくまでフィクションですから!」


「主人公がヒロインのお風呂とか着替え覗いちゃったりするんでしょ?」


「……あ、あくまでフィクション、ですので……お約束的な」


「ふーん?」


 顔を赤くする彼が可愛くて綾乃は身を寄せる。


「もしかして、秋元君みたいに『同級生で書籍化した子が居るなら俺も!』とか思ったり?」


 冗談交じりに何気なく尋ねて小さくジュースを飲んだ綾乃に悠斗は少しだけ間を置いて、


「――俺には塩沢みたいな才能は無いよ」


 自嘲する様に答えて、残りを喉に流し込む。


 息をついた、どこか寂しそうな横顔に綾乃は彼の手に触れる。


「そんなの分からないじゃない。秋元君も言ってたけど、何が切っ掛けで人気が出るか分かんないもの。――興味があるならやってみない? ほら、あのサイトなら良く大賞開いてるし今度の奴にでも……」


「三年間、挑戦した結果――一度も一次選考も通ってないのさー」


 なんという事もなく軽く言う悠斗に、綾乃は一瞬、目を見開いた。


「……そっか。そんなに長く続けてたんだ」


 綾乃は申し訳なさそうに眉を顰めて、


「ごめん、さっき嫌な言い方しちゃったね。もう立派なweb小説家さんだった」


「立派なもんか。三年も続けて、ブックマは二〇〇〇を行ったり来たりだぜ?」


 それに、わざとらしく肩を竦ませた悠斗はポケットからスマホを取り出して画面を見せる。


 件の小説サイト――その小説情報ページ。


 総文字数は六〇万を超えた長作だった。


 感想も一〇〇件近い。


 だが、作品の累計評価ポイントは五〇〇〇に届いていなかった。


 そのサイトはユーザー一人につき、ブックマークを付けるだけで二ポイントの加算になるシステムだ。その上で一段二ポイントの五段評価が作品の人気の指標となる。


 そして読者ユーザーは、感想を書いた時に一緒に評価をする場合が多い。


 好意的な感想な場合は自然と高評価となるが、否定的な感想なら当然、良い評価はつけない。


「……こんなんじゃ、書籍化とかしたくても(・・・・・・・・・・)――流石にな?」


 悠斗はおどけてみせるが、確かに何かを堪えていた。


 確かにそこはweb小説サイトとしては大手の為、既に大量の作品が投稿され、今も数を増やし続けている。


 その中で、ブックマークを一〇〇〇集めるのでも大変な事だ、と綾乃は理解していた。


 だが、常にランキングの上位に君臨する様な有力なユーザー――例えば『塩ラーメン』の作品は同等な文字数をして、ブックマーク数、評価ポイントの桁は二つも多い。


 仮に『塩ラーメン』が短編小説を新たに投稿したのなら、『夜神』の三年を小一時間で凌駕する。


 つまりは、『塩ラーメン』と『夜神』。


 ――塩沢拓海と上条悠斗には、とある小説投稿サイトに置いて、決定的な差があるのだ。


 きっと、読者ユーザーの自分よりも同じweb小説家の悠斗の方がその壁の大きさを理解しているだろう、と綾乃は思う。


 同級生が自分の抱く夢を叶えたと知った時、彼はどう思ったのだろう。


 その日の夜、彼にその小説について長々と話してしまった。きっと面白くなかった筈だ。


 最近、時折見せていた寂しい様な辛い様な表情の意味が分かった。


 ――彼が、夢は無いと言っていた理由がはっきりとした。


 綾乃はペットボトルに蓋をして袋に戻し、一度大きく呼吸する。


「――ユートは小説家になるのが、夢……なんだよね?」


「いや……別にそういう訳では……得に夢なんて――」


 口が滑ったと眉を顰め、苦笑しつつ空のペットボトルを持て余した彼の頬に綾乃は手を添えた。


「私の夢はね、大好きなユートと幸せな家族になる事。私達の子供と――親子でただ一緒に居るって、凄く幸せな事だって思う。その為に私は、子供と夫の夢も大事にしたいの」


 真っ直ぐに視線を合わせて、


「だから――お願い、アナタ。アナタの夢を私に教えて?」


 心から綾乃は悠斗に願う。


 彼が持っていたペットボトルが床に落ちて軽い音を響かせた。


 ――それが合図の様に、


「ん――っ」


 悠斗は綾乃と唇を合わせた。


 何度も、互いの熱と想いを交換する様な、ぎこちなくも優しいキスだった。


 たっぷりとその時間を堪能して、互いに早くなった息遣いと高揚した表情に照れ笑う。


「いや、あの……違う違う。夢はなんだって話」


「うん、ごめん。嬉し過ぎて可愛すぎて、抑えられなかった。ホントはまだキスしてたい」


「で、できれば、さきに、ゆーとのゆめ、おしえてほしい、にゃ?」


 もじもじと口元がニヤケて涙目になった綾乃が愛おしく、悠斗は彼女の手を優しく握る。


「――ホントは、俺は小説家になりたかった。アニメや漫画が好きで、憧れがあったけど元を正せば、綾乃とまた仲良くなりたかったからなんだ」


「そっか、三年前だと私達、中一だもんね。でも、それなら書いてるってだけで十分だったわよ。私も胸の事で空回りしてたけど、アンタも結構、遠回りしたわね」


 嬉しそうに話しを聞いてくれる綾乃に、悠斗は苦笑交じりに、


「はは。今思えば、子供っぽい理由だよな。何でも良いから自慢出来る何かが欲しかった。ランキング上位になって綾乃に『凄いね』って言って欲しかった。子供の頃の事を謝る切っ掛けを作りたかっただけなんだ」


 けど、と。


「書いてる内に、コレが仕事に出来たら良いなって本気で思ったんだ。自分の想い描いたキャラクターを、物語を、世界を、形にして残したいと思った。それで、読んだ誰かが『面白いな』って思ってくれたら、良いなって」


「うん。凄く素敵な夢だと思う」


 キュッと綾乃は悠斗の手を握り返す。


 彼は、自分の好きな人がそう言ってくれる事が嬉しい反面、申し訳なくも思う。


「――けど、実際はそう上手くは行かなくて、結果は御覧の通りだった」


「ポイントが全てじゃないわよ。大賞取った人の中にはブックマ一〇〇位も居るもの、ユートが納得行くまで、諦めて欲しくないわ」


「いや、もう潮時かなーと」


 力強く言うに綾乃にスマホを手渡して、


「『感想』見てみ」


 綾乃は慣れた手つきで画面を操作し彼の小説に寄せられた感想に目を通す。


 ……彼女は思わず、眉を顰めた。



『主人公とヒロインはキャラクター性が出てると思う。けど、それだけで肝心のストーリーはありきたりでつまらない』


『文章が読み難くて内容が分かり難い』


『他の人も言ってるけど、一番大事な内容がダメ。誤魔化して書こうとしてると思うけど、ランキング上位のパクリ』


『つまらないので、評価は一』

 

 そんな感想が続いている。一番新しい感想は今朝の『今回の主人公の行動は納得できない』だった。


 まぁ、素人が一般公開している小説への感想だ。


 それがどんな内容でも感想を受け付けている以上、サイトの規定に抵触しない限りはユーザーの自由だ。


 自由なのだが、批判的な感想をわざわざ書く必要があるのか、と読者ユーザーの綾乃は前々から思っている。


 余り目立たないお気に入りの作者達もそういった感想で筆を置いてしまう事も多かった。


 彼もそうだとしたなら――悔しかった。


「……こういう事なんだよな。そもそも俺には才能なんて無かったんだ。誰も俺の書いた話なんて求めてないんだって、身に沁みたよ。ホント、三年も何してたんだろーな」


 悠斗は肩を竦ませたが、どこかスッキリとした表情で、


「けど、自分の書きたい話は全部書けた。あと少しで完結出来る所まで来た。この三年、夢には少しも近づけなかったけど、俺の思い描いた俺の物語は――ちゃんと終わらせられる」


 だから後悔は無いよ、と微笑んだ。


「それに、書籍化を目指すならもっと人気の出る内容を書くべきだった、もっと色々なジャンルに挑戦するべきだった。けど、今書いてるの以外に何にも浮かばなくてさ」


 ホントは少し続けるのが辛かった、のだと。


「小説書くのって結構、時間取っちゃうから、これからは別な事に時間を使おうかなって思うんだ」


「――うん。そっか」


 綾乃は受け入れ、頷いた。


 自分が作った物を人に認めて貰えないのは作者としては辛いだろう。夢が叶わないのは悔しいだろう。


 だが、自分でやり切ったと言えるのなら、それを無理に応援するのは違うと思う。


『それでも頑張ればいつかは夢は叶う』と言うのは簡単だが、その夢は彼のものなのだ。


 父に言われた通り、綾乃は彼の選択を尊重したい。


 スマホを悠斗に返そうと思った時、画面を無意識に触っていたのだろう、いつのまにか感想一覧が次のページになっていた。


 何となくスクロールさせ、一つの感想が目に留まる。


「――ぁ」


 比較的、新しく書かれたソレを見て、綾乃は彼のスマホを抱きしめた。


「綾乃? どうした?」


「……うん。私だけじゃないんだな(・・・・・・・・・・)って思って」


 心配そうに小首を傾げる悠斗に綾乃はスマホを返して彼の手を引いた。


「――来て」


 たとえ彼の夢がここで終わるとしても、一つだけ綾乃は伝えたい大事な事がある。



お読み頂き、ありがとうございます。


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