第十二話:人気者の苦労を垣間見る
「――よぉ、お二人さん、おはよーさ……」
一週間の始まりである月曜日の朝。
登校したばかりの秋元冬樹は、一年C組の教室の窓際で朝礼の予鈴が鳴るまで、雑談していた上条悠斗と一ノ瀬綾乃を見つけて、声を掛けるがその二人が醸し出す雰囲気に思わず後退った。
「おはよう、冬。……ってどうした?」
友人の様子に、悠斗は怪訝そうに眉を顰めた。
「いや……その――日曜にでも何か、あったのか? ラブみが増してるんだが……?」
「ラブみって何だよ……」
冬樹に遠慮気味に尋ねられ、悠斗と綾乃は顔を見合わせた。
「っても、別に――な?」
「ね。――ふふ」
互いが、首に何かを掛けている様に、胸元を気にして微笑んだ。
二人の事情は冬樹には分からないが、はっきりした事もある。
「朝っぱらから、ごちそーさまです!」
彼は一日の始めに、ショートケーキでも食べた気分になった。
恋人で夫婦な二人が仲睦まじいのは良い事だ、とシミジミ思う。
「ところで、水原はまだ来てないのか? いつもなら今頃、キャッキャ騒いでるだろ?」
「佳織なら、お隣よ。塩沢君の話を聞きに行ったわ。昨日は編集者の人と打ち合わせだったらしいから」
きょろきょろと教室を見渡す冬樹に綾乃は答えた。
「あー、そういえばB組は今日も朝から騒いでたわな。ったく、水原の奴、そんなに恋愛小説が好きかよ……」
不満気に冬樹は小さく鼻を鳴らした。
それに、綾乃は悠斗の顔をもう一度見る。
「……なるほど、そういう事なのね」
「やっぱり、そうだよな」
何やら納得し合う二人に冬樹はたじろいだ。
「な、何だよ、夫婦揃って……!」
それに、綾乃は意味ありげにほくそ笑む。
「そういえば、佳織は恋人募集中なんだって。『クラスのムードメーカー』みたいな人が、タイプって言ってたなー」
「それは丁度良かった。俺の知り合いにそんな男が居るんだ」
「あら、奇遇ね。どんな人?」
「んー?」
ちらりと、悠斗は冬樹を見る。
「な、何で俺を見んだよ!?」
彼は狼狽を誤魔化す様に、わざとらしく肩を竦ませた。
「だいたい? 俺の好みは、グラビアアイドルみたいにこう――『ボン!・キュッ・ボン!』なエロいスタイルのちょっとギャルっぽい子でなー」
宙にひょうたんの様なラインを手で描いた冬樹の背に、
「へー、秋元はそういうのが好みかー。やっぱ思春期男子だねぇー性欲丸出し。でも、身体の事だけ見てると彼女なんて出来ないぞー?」
水原佳織が声をかけた。
「水っ、原……いや、身体だけが女性の全てでは無いのは重々承知をですね――!?」
佳織は呆れた様に眉を潜ませる。
あわあわと、弁明する冬樹を他所に彼女は、悠斗と綾乃を見て顎に手を添えてフムと唸った。
「やっぱ、アレだね。あやのんと上条は安心感あるよね。『勇者が聖剣抜いた感じ』?」
「……それは、どういう例えなんだ?」
独特な言い回しに悠斗が眉を顰めると、佳織は「じゃあ、一枚良い?」とスマホを取り出しパシャリ。
「また、いきなりね――」
小首を傾げる綾乃はその画面を見て、顔が熱を持った。
それでようやく、自分が彼に腕を組んでいる事を自覚する。
写真の自分達は、余りに自然にそして違和感なく寄り添っていた……。
◇
高校生の昼食の取り方は、様々だ。
自分の席でそのまま弁当を広げる者も居れば、友人と集まる者。我先に購買に走る事もあれば、場所取りに屋上や中庭に急ぐ事もある。
上条悠斗と一ノ瀬綾乃はそれぞれの友人である秋元冬樹と水原佳織と共に、綾乃の席を中心に机を寄せて集まっていた。
「――どーぞ。召し上がれ」
何処か自身無さげの綾乃が開けた大き目なタッパーに悠斗は目を輝かせる。
――豚バラ肉の大葉巻き、ひじきの煮物、きんぴらごぼう、だし巻き卵。
「おぉ、頂きます!」
悠斗は真っ先に大葉巻きに箸を伸ばす。
「やっぱり、肉からなのね」
「そりゃ、好きなものから食べる派なので」
綾乃の小さな溜息の隣で悠斗は満足そうに笑みを浮かべて、頬張った。
「美味しい?」
「勿論、物凄く!」
その彼の笑みに綾乃も安心した様に微笑んだ。
「ほら、ユートも出してよ」
「あぁ、そうだった」
悠斗は自身の持ち寄ったランチバッグからおにぎりを出して彼女に渡した。
いつもは昼食を丸々、綾乃に任せてしまっているがたまには、分担しようと彼からの提案だった。
「具は?」
「鮭。ほぐして混ぜてる」
なるほどー、と綾乃は興味深そうに海苔に包まれた少し歪な三角のおにぎりにかぶりつく。
「うん、おいし! 皮も入れてるのね、香ばしいわ」
「だろ? 夏場にはウチはよくソレに鰹出汁かけて食べる。ゴマとかネギとか乗せて」
「あ、それ絶対美味しい奴。今度、私もやろ」
綾乃はまた一口食べて、顔をほころばせるが……不意に眉を顰めた。
「――コレ、おばさんにやって貰った?」
「違いますぅー俺が自分でやりましたぁー」
妻の疑いの眼差しに夫は頬を膨らませる。
「何を言うかねこの奥さんは。ちゃんと、愛情込めて袋から取り出して、ペパーで余分な水分取って、酒ふって、皮からよーく焼きましたとも」
「意外、ちゃんと下拵えしてた」
「それに何気に海苔も炙ってるからね? ……愛情込めて!」
「道理で美味しいわけね。うん、愛情込めたのを主張したいのは分かったわ。だから、ドヤ顔すんな。そして、ひじきも食えー?」
綾乃は嬉しそうに微笑みながら、肉と卵ばかりに箸を伸ばす彼に弱く触れる程度に体当たりをした。
「あと、おにぎりが妙に大きいんだけど。小さくて良いって言ったのに」
「まだ大きいか? けど、足りないより良いんでない?」
「悪くは無いけど、これだけでお腹いっぱいになるっての。コンビニおにぎり位で良いわよ」
「最近、コンビニでおにぎり買わないからピンとこねぇ……」
「じゃあ、この位で」
むむっと唸る悠斗に綾乃は自分の拳を見せた。
「んー、あぁ……うん。なるほど――大体わかった」
彼はその手を、おにぎりを握る様に優しく包んだ。
何度かニギニギとして、
「綾乃の手って、小っちゃくて可愛いよな」
「アンタの手が大きいのよ」
少しの間を置いて、気恥ずかしそうで嬉しそうに小さく笑い合う。
――そんな互いを想う二人を前にして、冬樹と佳織は居た堪れなかった。
「……あの――俺達が居る事、忘れてません? 邪魔? 邪魔なら外そうか……?」
「お昼ご飯食べるだけで、ナチュラルにイチャつけるんだもんなー。ラブラブだもんなー」
冬樹は購買で買った焼きそばパンをかじり、佳織は母が作った弁当をつつく。
「ぇ? ぁっ、別にイチャついてる訳じゃないわよ……!」
咄嗟に綾乃は手を引いて、照れを隠す様に否定するが、
「それでイチャついてないんだったら、家ではもっとイチャイチャしてるんだ……」
佳織に頬を赤くされた。
「家、では――?」
昨夜の事を思い出し、綾乃は悠斗の顔を見てより顔を赤くする。
「やっぱり……してるんだ……っ!」
それを見て佳織は何かを察して、更に赤面。
悠斗も頬に熱を感じつつ、ひじきの煮物を大人しく摘まんだ。
「良いなー、お前ら相思相愛で……」
冬樹が心底羨ましそうにガチなトーンで呟いた時、
「――塩沢君、図書室だって!」
教室前の廊下を女子達が騒がしく過ぎていく。
「女子は昼飯よりも、『塩様』か……。ファンにモテモテだな」
「アレはファン、って言うよりただ面白がってるだけじゃないかしら」
どこか憎らしげな冬樹に、綾乃は苦笑する。
そして直ぐ、ドタドタと別の女子グループがまた走って行った。
「――ゆっくりお昼ごはんも食べられなさそうね」
「書籍化して有名になるのも大変だな。なんか気の毒になって来た……」
肩を竦ませる悠斗と綾乃に、冬樹は唇を尖らせる。
「けど、それでこうもモテんなら良いじゃねーの? ……俺も書いてみっかな」
「秋元が書ける訳ないでしょ。大賞で受賞するのがどれだけ凄いか分かる? 夢のまた夢よ」
何気ない呟きに佳織の冷たい視線を受けて、冬樹は怯みつつ焼きそばパンを口に放り込み珈琲牛乳で流し込んだ。
「けど、本気でやれば割かし行けるんじゃねーの? Web小説家っても、皆素人なんだろ……。何がウケるか分かんねーじゃん」
「バッカ。素人が書いてるから才能の差がデカいのよ。何百万って作品がある中から注目浴びるだけでも大変なんだって。大賞に出すなら尚の事!」
「そういや、悠斗も言ってたっけな。一次選考通るのも一割無いとかなんとか。……そう考えると無理ゲーっぽいな」
「そういう事。もしも、秋元が受賞したら付き合ってあげても良いレベルだから」
佳織が軽く笑って食事を再開する隣で、冬樹は妙に真剣な顔をしながら新たな菓子パンの袋を開ける。
友人達の会話の中で、不意に恋人の名前が出て来て綾乃は水筒のお茶を注いで彼に渡した。
「へー、通過率なんて知ってるんだ。何、アンタも実は興味あったりするの?」
「ん? あぁ、サイトを覗いた時にな。結果見て驚いたよ、ホント狭き門って奴だわな」
悠斗は小さく肩を竦ませてお茶を啜る。
「俺には――」
彼の自嘲する僅かな呟きを掻き消す様に、
「あ! そういえば、発売日が決まったって朝、言ってたよ。夏休み前だって」
佳織が思い出した、と声を上げた。
悠斗は、それにハッとした様に笑みを作る。
「お、それじゃ案外直ぐなんだな」
「そう! もうめちゃくちゃ楽しみなんだよね! 予約開始されたら、直ぐにポチろうね!」
「え? うん。そうね」
佳織が、綾乃に言うと彼女は思わずという風に頷いた。
「それで、昨日の打ち合わせだとね。もうコミカライズの話も――」
続けて佳織は、話題は尽きぬと昼休みの間、終始上機嫌だった。
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