第十一話:未来予想図
「さっきは……ありがとね」
綾乃は自室に招いた悠斗と共に、ベットに腰掛けて呟くように告げた。
「おう。おじさんも、都合つけてくれるって言うから良かったよ。父さんが帰ってくる日がちゃんと分かったら、改めて言うよ」
「うん」
互いを支え合う様に身を寄せる。
そして、一旦外していた指輪を左手の薬指に、付け直した。
コレを堂々と付け続けるのはもう少し後に取っておく。
夕方前には一連のパフェデートを終え、結局、悠斗の部屋でのんびりと過ごしていた。
何をしたか、と振り返ると……得に何もない。
ただ、一緒に居て、おしゃべりしたり、ゲームしたり……それこそ本当に何もなく、ただ同じ部屋に居ただけの時間もあった。
夕食と入浴を済ませ、つい先ほど悠斗は綾乃の父に、自分の父親が単身赴任から戻ったら皆で食事をして欲しいと伝え快諾を得たばかりだった。
一応、勉強会の名目で彼女の部屋に来たのだが、そんな気にはならない。
自然と互いの手が触れ、指を絡ませた。
「……にしても、めっちゃ緊張した」
「今更するの? あの時は、はっきり言ってくれたのに」
溜息が震える悠斗に綾乃はクスリと笑う。
リビングで父に向かう彼はどこか、ぎこちなかった。
だが、初デートの帰りに公園で悠斗が父に言った言葉を思い出す。
「するよー。だって、綾乃のお父さんは俺のお義父さんだからな。あの時もさっきも、脚震えたかんな。ガクガクブルブル」
「もう、お父さんには結婚認めて貰ってるのにね」
「でも、あの時は俺もおじさんもはっきり言ってなかったし……。改めて言うにはちゃんとしないとな、って思う」
眉を顰め、どこか不安気な彼に、
「……そんなに硬くならなくて大丈夫よ。もう、私が先にはっきり言ったもの。『彼と幸せになります』って。当然、快諾されたわ」
「マジか。それっていつの話?」
「マジ。アンタにちゃんとプロポーズされた後にね。――どう? 少しはハードル下がった?」
「――オレ、アイサツ、ガンバル」
「まだ硬いなー」
綾乃は一しきり笑って、眉を顰める。
「寧ろ、私の方が心配よ。祐奈さんにはもうあの時に伝えてるけど、おばさんにはまだ『学生らしい恋人止まり』じゃない? 『結婚相手はもっと良い彼女を探せ』なんて言われたら、立ち直れない……」
彼女は空笑うが、本気で不安に思っているらしい。
「それこそ、その心配は要らないよ。母さんには事あるごとに、綾乃を大事にしろって言われてる。俺が怪我した時は、悲しませるなってガチで怒られたからな……」
遠い目の彼に、綾乃は目を丸くした。
「そうなの?」
「そーなの。怖かったの」
二人からクスクスと笑みが零れた。
「なら、おじさんは何て言うかな」
「『エイプリルフールは終わったぞ』?」
「信じてくれない……!」
「『カメラはどこかな』?」
「ドッキリじゃないです……!」
彼女の笑い声が大きくなった。
目尻に滲む涙を拭う。
「なら、おじさんに信じて貰える様に私がちゃんと――息子さんを私に下さいって、言うから任せて」
「――きゅん」
綾乃の自信に満ちたイケメン具合に悠斗は胸を手で押さえた。
「惚れ直した?」
「しゅき……」
「私も」
肩を寄り添わせ、互いの手の大きさと温もりを確かめ合う様に握る。
自然と視線が間近で合い、照れ笑った。
悠斗はキュッと握る手を強めて、
「――すまん。大事な事忘れてた」
「え、何?」
「指輪交換したのに、誓いのキスしてない」
悠斗の真剣な表情に綾乃は顔を真っ赤にさせて息を詰まらせる。
「約束してたのに……申し訳ないっ!」
「いや、そこまででは無いんだけど。――あぁ、ごめんごめん! 期待してた、超期待してた。だから背を向けて、いじけないで! こっち向いて!」
「ぶー」
「だから不貞腐れんなー」
悠斗が膨らませた頬を綾乃は指で押して空気を抜いた。
そして、姿勢を正して咳払い。
互いに手を添えて、真っ直ぐに見つめ合う。
「病める時も、健やかなる時、富める時も、貧しい時も――妻として愛する事を誓いますか?」
「――誓います」
悠斗は心から答えて、
「病める時も、健やかなる時、富める時も、貧しい時も――夫として愛する事を誓いますか?」
「――誓います」
綾乃も心から告げる。
そして、口づけを交わした。
その一瞬で互いの体温や息遣いを感じる。
見つめ合うだけで嬉しく思う。
「――ぎゅっ、てして」
堪らずに、綾乃が悠斗に抱き着いた。
二人してだらしなく笑い、手を握り指を絡め、額を合わせた。
「あ、そうだった。今日も甘えたいんだったわね。……堪能する?」
彼女のどこか意地の悪い笑みに、彼は少し考えて、
「んー。それも良いんだけど、ちょっと背中向けてくれるか?」
「え? なにゅぅ」
悠斗は向けられた彼女の後ろから腰に腕を回して抱き寄せる。
「――バックハグとか、こんな技いつ覚えたのよ」
「昨日のドラマ」
綾乃は彼に体重を預けつつ、その気恥ずかしそうな顔を見上げると自分も恥ずかしくなる。
だが、それ以上に安らいだ。
「アレかー。早速、実戦投入してきたかー」
「上手く出来てる?」
「んー。もうちょっと足開いて間に入れさせて……右手もっと腰に回して、左手繋いで、顔ももっと寄せて――そう、ぴったりくっついて」
「こう?」
「んで、ちょっと強めにギュッ!」
細かい要望に悠斗は苦笑しつつ、お応えするべく彼女を包むように抱きしめる。
「――好きだよ、愛してる」
そして耳元で囁いて、ついでに頬にキスをした。
「はい、完璧……一二〇点」
リンゴみたいに頬を赤くして、緩々にとろけた笑みを見せた。
腕の中で小さく身をよじらせる綾乃に、
「……なぁ、将来の事って考えたりするか?」
そんな質問をする。
「ぇ?」
「高校卒業して、ちゃんと籍入れて結婚するだろ」
「うん」
「そしたら、どこかに引っ越すのも良いかもなって」
言われて、綾乃は体温が上がっていくのを感じた。
「最初は狭いアパートで二人だけで過ごしながら金貯めて――子供が出来て、家とか買ったりな」
「庭付きで犬でも飼うの?」
「そういうテンプレってどう思う?」
「うん。最高かも」
クスクスと笑い合い、
「でも、実際はしばらくは此処か、引っ越すにしても本当に近くが良いかなって。二人だけなら良いけど、赤ちゃん出来たら色々大変だろ? 俺も出来る事はするつもりだけど、どうせ大したことは無理だ。夫としては情けないけど、母さんが居てくれれば心強いし、綾乃も安心出来ると思う。何より、病院が近いから便利じゃん」
「……今から、そこまで考えてるの?」
「仮とは言え、婚約指輪を渡して結婚指輪も交換した。それに、プロポーズしたもの……さっきの誓いも、本気だから。本気で俺達の未来の事を考えたらそれが良いかなって」
まぁ、今の段階だけどな? と気恥ずかしそうに悠斗は苦笑する。
「綾乃はそういうのとかって、流石にまだ考えてないか」
「――ある……」
悠斗と握る手に僅かに力を込めて、
「三十前には、一人目は欲しいなって思う。あんまり遅くなると、元気に産んであげれない事もあるっていうし、子育ても体力使うじゃない? それに、二人目とかも――なんか、色々考えるとその位かなって」
「綾乃は二人欲しい?」
「今の所ね。私にはユートが居てくれたから良いけど、一人っ子ってちょっと寂しいかなって。祐奈さんが居るのが少し羨ましいって思った時もあるもの」
だけど、と。
「それまでは――二人だけで、愛し合いたい。今、してあげれてない事、いっぱいしてあげたいし……して欲しい」
僅かに声を震わせながら、綾乃は彼にはっきりと自分の想いを告げた。
それに応える様に彼女を抱きしめる力を強くする。
「そっか。なら、俺も頑張るよ」
「だ、だからって毎晩とかは、流石にダメだからね!? 体力とか限度あるからね!」
「えー、俺は育児の事を頑張るつもりだったんだけどなー。何が毎晩なのかなぁー?」
「な゛っ、にがって――それは……その……」
ニヤニヤと意地悪く笑う彼に、綾乃は言葉を選ぶように眉を顰めて、
「よ、夜泣き? のあやし、とか……?」
笑いを堪える悠斗に綾乃は向かい合う様に態勢を変えた。
「でも、ホントじゃない!? ミルクとか寝返り打たせたりオムツ変えたり、お世話って大変なのよ!」
「うん。分かってる。ミルクは少しづつ量を増やしながら三時間おきに。それから飲ませる時には哺乳瓶は空気が入らない様に立てる事。空気も一緒に飲んじゃうと吐き戻しをするからこうな」
悠斗は優しく言いながら、彼女の背中をトントンと弱く叩いた。
「生まれたばかりは首が据わってないからちゃんと支えて抱っこしてあげないとだ。それに赤ちゃんもちゃんと感情がある、なるべく一緒に居てあげないと寂しがるし、スキンシップは発育にも良いらしいんだ」
「……なんでそんなに詳しいのよ」
自然と悠斗の口から出て来て、綾乃は目を丸くする。
「ネットって便利だよな。それにウチには子育てを二回してるプロが居るから、少しづつ教えて貰ってる」
「私も……教わりたい」
「うん。一緒に色々教わろう。ちゃんと夫婦に、親に、家族に成れる様に」
身を預けてくる綾乃を抱きしめる。
「俺、頑張るからな」
「私も、頑張る」
悠斗の胸に顔を埋める綾乃は何度も頷いた。
――だから、いつまでも子供じみた夢は追ってはいられないと、彼は二人の左手の指輪に思うのだ。
お読み頂き、ありがとうございます。
此処までの話の展開に不安や違和感があるようでしたら申し訳ありません。
無理の無い範囲でお付き合いして頂けると幸いです。
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