第五話:母と姉の察し
「あら、悠斗。遅かったわね。コンビニでも寄ってたの?」
上条悠斗が家に入ると既に母はパートから戻り、キッチンに立っていた。
香ばしい香りと油が跳ねる音がする。
彼は基本、真っ直ぐ帰路につく為に帰宅時間は大抵同じ頃。
遅い時は道路を挟んだ向かいにあるコンビニで漫画雑誌の立ち読み位だった。
「あぁ、うん。ちょっと……な、うん」
息子の歯切れの悪い返事に母は眉を顰めつつ、
「あんまり遅くなるなら、連絡くらいしてよ。お姉ちゃんは、もう帰ってるわよ」
「ごめん、気をつけるよ」
「今日はやけに素直ね。学校でなんかあった?」
「やぁー? 特にぃー? 何もぉー?」
明らかに何かを隠しているが、思春期の息子に無暗に問いただすのも逆効果かも? と母は思う。
父親は単身赴任中で家に居ないが、息子としては母には言えない事でも父には言えるのだろうか。
「……何かあったら言いなさいよ。お父さんでもお姉ちゃんでも良いから」
「大丈夫。本当にゆっくり話ながら帰って来ただけだから」
幸い、幼い頃から素行も悪い訳でも無い。親として気になるは気になるが、信用する事にした。
「なら良いわ。……そうだ、今日はお弁当作れなかったから明日は用意するわね。唐揚げ多めに作ってるから」
「あー折角だけど、明日もお弁当は大丈夫」
「買ってくの? お金はまだある?」
悠斗は、「ん? んー」と、また曖昧な生返事。
怪訝そうな母を横目に、食器棚から自身の弁当箱と包みを手に、部屋に戻ろうとする。
「ちょっと、どこ持ってくの!」
これには流石に母も呼び止めた。
「――何、母さん。どうしたの? ……お弁当箱?」
タイミング良く、同じ高校の三年である姉も二階から降りて来た。
「ん゛んー。んんんーん」
母と姉に挟まれ、悠斗の眉間にシワが寄る。
別に言わなくても良いとも思っていたが、言えない訳でも無い。
あらぬ疑いを家族に持たれるのも面倒だった。
「――明日の昼は……綾乃が、作ってくれる……らしい」
……少しの間が空いた。
パン、と油に泳ぐ肉が小さく弾ける。
「綾乃、って……。お隣の綾乃ちゃん?」
母が小首を傾げる。
「ようやく仲直りしたのねー。心配事が一つ減ったわー」
姉がやれやれと肩を竦ませた。
「うん。それと……俺達――あーいや、何でも無い」
言いかけて、悠斗はそそくさと、弁当箱と鞄を抱えて部屋に戻って行った。
「――え?」
「――え?」
母と姉の間の抜けた、繰り返される「え?」と、唐揚げの揚がる音を聞きながら……。
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