第一〇話:甘々も程々が良い
「――はい、ユート。あーん♡」
「はは、恥ずかしいからよせよー」
「だーめ、約束なんだからしなきゃ、メ! よ」
「しょうがないなぁ」
「ふふ、ほら、あーん♡」
「あーん。……うん、甘くて美味しいよ♪」
「良かった~。いっぱい食べてね? ほら♡」
「おいおい、一口が大きいぞ~? それに今度は綾乃の番だ」
「えー? 恥ずかしいよー」
「はは、可愛い奴だなー。――諦めろ?」
「うふふ。クリームもう少し減らそうかー?」
「あーん♪」
「聞いちゃいねーわね。あーん♡」
「美味しいか?」
「うん、とっても美味しいわ♡ いくらでも食べられちゃう♡」
「よーし、おかわりだ♪」
「ちょっと待とうか♡ おい、待て? それクリームしかすくってないわよ♡」
「俺の愛がたっぷりだ♪」
「たっぷりなのは、乳脂肪よ♡」
「あはは♪」
「うふふ♡」
………………。
二人の笑顔が次第に引き攣っていき――ついに限界を迎えた。
「ぁ゛~~~~~~~~~~だるっ」
「ん゛~~~~~~~~~~だるっ」
ガラガラの二人の声が重なった。
本屋の後、元々の目的である自宅近くの喫茶店に入り、直ぐに件の『めっちゃラブリーパフェ』を注文したのだが、誤算があった。
そのパフェは、値段の割にデカかったのだ。――異常に。バカみたいに。
ホームページに掲載されていた写真よりも二回り位、デカい。
周囲を見ると、他のテーブルにも彼等の様な恋人達は居た。
その各テーブルにビックサイズのパフェグラスがそびえている。
ただ、グラスが空いている組はなかった。
男女共にうな垂れているテーブルもあれば、無表情無言でパフェをつつく姿もある。
悠斗と綾乃も食べ始めた当初は、その大きさに驚きつつ会話を楽しめていた。
だが、大量のホイップクリームに胃が悲鳴を上げたのだ。
かくなる上は、と頭の悪いバカップルのキャッキャウフフな甘々ムーブをしてみたのだが、リアルな糖分の前では無理があった。
だが残り僅かという所までは来ているので、幾分かの効果はあったようだ。……半ば、押し付け合っただけなのだが……それはそれ。
別に無理に全部食べる事も無いとは思ったのだが、食品ロスが叫ばれる昨今、頑張れるだけ頑張ろうと思うのだ。
「コレ、今後も続けてくのかね?」
「大方、SNSでバスらせようとしたんだろうけど……直ぐ無くなるんじゃないかしら。流石に盛り過ぎよね」
「逆に不評そうだよな。大食いチャレンジじゃあるまいし。……これなら、普通に好きなパフェ頼んで食べさせ合いっこした方がデートっぽいよな」
「やだー。素直にそうしていれば良かったー」
眉を顰める綾乃に苦笑した所で、追加注文のコーヒーが届き悠斗はそのまま啜る。
「あ、ちょっと頂戴」
「良いけど、ブラックだぞ?」
「今はその位の苦みが欲しいのよ」
綾乃も一口啜り、一息ついた。
甘味にもたれ、腹を擦る彼に綾乃も苦笑する。
「――付き合わせて、ごめんね」
「別に良いよ。元々、そういう約束だし。スイーツで満腹になるのもたまには良いんじゃないか?」
「そう言ってくれると嬉しいけど、それだけじゃなくてさ――」
綾乃はグラスの底に溜まるホイップクリームが混ざるチョコソースをスプーンでつつきながら、
「ほら、アンタにも趣味とかあるでしょ? じっくりRPGゲームしたいとか、ゆっくり漫画読みたいとか――中学の時には出来たけど、私に合わせてるから出来ない事もあるのかなってさ」
申し訳なさそうに笑みを浮かべる綾乃に、悠斗は一瞬、目を見開いて穏やかに微笑み返す。
「そんな事無いよ。俺だって、綾乃と一緒に居るだけで十分だ。毎日が充実してるし、楽しい。それに趣味は――」
彼は少しだけ自嘲する様に、
「――ゲーム位かな。でも、持ってる奴は相当やり込んでるし、漫画や小説も散散読んだ。一人で居ても暇するだけだから、綾乃と一緒の方が俺は良いんだ」
そう肩を竦ませた。
それに綾乃は嬉しく思うが、彼にはもう一つ明確な趣味があった筈だ。
「なら、絵は最近描いてるの? 昔は良く見せてくれてたでしょ?」
その問いに悠斗は小さく咽る。
「絵って言っても、小学生の頃のアレは落書きだけどな。今、思うとよくあんなのを自信満々に描いてたと思うよ」
「そんな事無かったわよ。何を描いてるのか、ちゃんと分かったもの。そういえば私が言ったものを沢山描いてくれてたわよね、犬とか猫とか」
気恥ずかしそうな悠斗に、綾乃は懐かしむ様に微笑んだ。
「画力が足りずに『わん』とか『にゃー』で補足してな」
「ふふ、してたね。それが凄く楽しくて一日中、一緒に描いてたよね」
「その度に何冊もノートを無駄にしたけどな。今思うと、何で怒られなかったんだろ」
「お父さんが私達の為に、っていっぱい買ってくれた奴だから良いのよ。それにそのおかげで、私は元気になったんだから、無駄なんかじゃないわ」
幼い頃の辛い記憶とそれを塗り潰す程の思い出が蘇り、綾乃は心が温かくなったのを感じる。
そして、左手の薬指に光る安物の指輪に頬が熱を帯びだ。
「ねぇ、また一緒に描いてみない? 昔みたいに」
誘われた悠斗は、頷こうとしたが……出来なかった。
「――それは、やめとこうぜ。俺、全然上達してないからさ」
「そう? まぁ、無理には言わないけどさ」
どこか寂しそうな表情をさせてしまった綾乃に僅かに罪悪感を感じつつ、
「いや、一時期は本気で練習したんだ。色々、参考書とか買って濃さの違う鉛筆用意してな。……それで、致命的に才能が無いって思い知っちゃってさ。もう、幼稚園児の方が絵心あるかもだ」
あはは、と、おどけて見せた。
「そんなになの? それはそれで見てみたいわねぇー?」
「ヤダ、恥ずかしい!」
ふざけた悠斗に綾乃は口元を押さえて笑った。
その笑顔を見て、彼は思う。
「――やっぱり、俺がしたい事って言ったら、綾乃と一緒に居る事なんだなー」
「……また、シミジミと言うのね」
「シミジミと思うからな」
少しだけ間が空いて、
「――ありがと」
「――おう」
気恥ずかしそうに綾乃は呟き、悠斗はそれに答えた。
照れ隠しにと綾乃はチョコソースの混ざった残りの溶けたクリームを口に運び、悠斗はコーヒーを啜る。
少し無言だったが、互いを近くに感じる事が出来た。
「綾乃――」
彼の落ち着いた声に、視線が合う。
「夏休みの終わり頃、父さんが帰ってくるんだ。その時に、家族皆で食事をしたいんだけど……どうかな?」
「うん。それ良いかも。昔はバーベキューとかしてたわね」
楽しそうな綾乃に、悠斗は頷いたが――真剣な顔をする。
「その時に――皆にちゃんと報告させてくれないか?」
「うん、わかった」
綾乃は、反射的に頷いてしまった。
――頷いてしまった後に、彼の覚悟とその重大さを察して、プルプルと震えだす。
「……本当に分かってくれてるか?」
苦笑する悠斗に、
「ふ、ふちゅ……不束者ですが、宜しくお願い致します……」
綾乃はテーブルに手をついて、ペコリと頭を下げた。
お読み頂き、ありがとうございます。
次話から投稿間隔がゆっくりになると思います。申し訳ございません。
全体のプロットは出来ていますのでこの二巻目を最優先に執筆を行います。
一巻目よりもボリュームは少ないと思いますが、必ず書き切ります。
また現状では読者の皆様に今後の展開に不安や違和感があると思いますが、最終的には良い終わり方が出来ると思っています。
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先の展開に関わる事もあるので、直ぐに返信は出来ませんが、感想もお待ちしています。




