第七話:マウントを取って良いのは取られる覚悟のある奴だけだ
上条悠斗と一ノ瀬綾乃の自宅の最寄りのバス停から一つ次の停留所であるショッピングモールは、既に二人のデートの定番スポットになっていた。
その中のゲームセンター。
和太鼓型の筐体に立つ綾乃はドヤッとかわいらしい顔で、おとなしめな胸を張る。
「……え、今の最高難易度だよな? それをノーミス、だと……?」
シリーズが続く人気のリズムゲームだった。
操作は太鼓型のデバイスの面とふちを画面に流れる音楽と譜面通りに叩くだけなのだが、その最高難易度ともなると、隙間なく猛スピードで譜面が流れてくる。
叩く順番を完全に記憶し、かつリズムに合わせジャストのタイミングでバチを振るうのは、一朝一夕には出来ない筈だが……彼女は、さらりとやってのけた。
彼女の鮮やかなプレイに遠巻きで通りすがりの何人かが足を止める程だ。
「結構、やり込んでいらっしゃる……?」
「まーね。コレだけじゃなくて、大抵のリズムゲーは完全に習得したわ!」
自信満々に答える綾乃を悠斗は、思わず抱きしめたくなった。
「綾乃……ゲーセンにも一人で通い詰めていたんだな……ごめんな、ごめんな――」
「……ねぇ、だからガチで謝るの止めて? その時の事、思い返すと悲しくなってくるから」
彼女は唇を噛みしめる悠斗の手を引いて、野次馬の視線から逃れる様に場所を移動する。
人混みに紛れても、二人は手を繋いだままだった。
「これからはゲーセンデートも良いかもな。やっぱ、一人で遊ぶより二人の方が楽しいだろ」
「まぁ、遊園地とか水族館より手軽だし。一緒なのがアンタなら、猶のことね」
互いに緩い笑みを浮かべる。
「それで、次はどうする? もう少し遊んでくか?」
悠斗はスマホで時間を確認して、まだ入店して間もない事を自覚する。
人気web小説家『塩ラーメン』の書籍化を祝った翌日の日曜日。
その時に交わした約束通りに今日は、件の賭けの綾乃の要望通り、パフェデートをする事になった。
ただパフェを食べて終わりでは味気ないと、どうせならちゃんとデートをする事にした訳だ。
「そーね。レースはやったし、ガンシューティングもした……後は、エアホッケーとか? さっきは空いて無かったけど、そろそろ良いでしょ」
「だな。けど、その前にアレはどうよ」
悠斗が指さす先には格闘ゲーム機が並んでいた。
「アレなら割と俺も自信あるけどな」
「んー。私はあんまりなのよね。最終ステージまで中々行けないのよ」
「へー、以外だな。何でも器用に出来るかと思ってた」
「私だって、苦手なものもあるわよ。それに、対人だとたまに異様に強い奴とか居るじゃない? 流石にソコまではね」
「まぁ、確かに大会とか出るガチ勢に野良であたる事はある。フレームとかディレイとか計算して、相手の行動を先読みするのな」
肩を竦ませる綾乃に悠斗は苦笑する。
アーケードで長く遊んでいると不意に対人戦になる事がある。
相手が強くとも全く勝ち目が無い、という事は稀なのだが、たまにそういう手合いが居るのだ。
悠斗にもストレートに敗北し萎えた思い出がある。
それに最近はブランクもある。下手に息巻いて早々に負けてはダサすぎる。
「じゃぁ止めとくか。俺だけでやってもしょうがないしな」
「えー? アンタは得意なんでしょ?」
綾乃は彼の腕に抱き着く様にして顔を覗く。
「ユートのカッコイイとこ見てみたいなー?」
悪戯染みた笑顔だった。
◇
「――なんだかんだで、もう最終ステージなのね。言うだけあるわ」
「だろ? CPUなんかに負けねぇーから!」
「でも、三連続でギリギリだけど?」
「戦いは勝てば良いのさ! コンテしてないもーん!」
ゲーム画面でポーズを決める騎士風のキャラの頭上のHPバーは極僅かにまで削れている。
二点先取のルールで、悠斗は一度勝って、負けて、最終的に紙一重で白星を上げ続けている。
綾乃としても一進一退で不思議と見応えがあり、何よりゲームとは言え彼の真剣な表情は好きだった。
「そうね。その調子でエンディング見せて」
「任せろい――って、あら?」
ラスボスとの戦いが始まった瞬間、画面が暗転し『挑戦者が現れました』と表示された。
「見ててみ。俺、格ゲーはつえーから」
「りっ君、頑張って!」
向かいの筐体から自分達と似たような事を言う少年と少女の声がした。
「……うわっ、邪魔された」
「まぁ、ゲーセンってそういうもんだから」
ムッと綾乃は眉間にシワを寄せるが、悠斗はまぁまぁと窘める。
突然の対人戦もアーケードゲームの醍醐味でもあるのだ。
ちらりと見た相手は、同世代らしい。
「さて……お手並み拝見と行きますか――」
そして、試合が始まった。
相手は悠斗と同じ騎士風のキャラを選択。
性能としては、バランス型で極端な癖も無く初心者でも遊び易い部類。
プレイヤー次第で強くもなるし弱くもなるキャラクターだ。
つまり、歯が立たないのは、そういう事なのだ。
――一点先取をされ、落とせない二戦目も終盤。
悠斗の連続攻撃を丁度のタイミングでガードされ、絶妙な間合いとコンボの正確さで悠斗のHPバーを喰っていく。
そして、
「すごーい、りっ君圧勝じゃーん!」
あっという間に、相手の二点目の白星。
悠斗の画面がコンテニューを促してくる。
「まぁな、俺はこのゲームのイベント大会で準優勝してるから、野良じゃ負けねぇーよ」
対戦相手の少年が得意げに、そしてわざとらしく言った。
「サッカー部のエースで、勉強もゲームも得意とかやっぱり、りっ君ってサイコー♪」
「俺って、何にでも才能ってかセンス? があるみたいなんだよね。別に本気でやり込んでる訳じゃねーんだけどな」
「私、りっ君の彼女で良かったぁ~」
盛り上がる二人に苦笑しつつ、悠斗は適当にボタンを連打してコンテニューのカウントを進ませる。
やけに向かえの二人の声が大きい。
明らかに自分達に聞かせようとしているのが分かった。
分かり易い自慢での煽り。
「――」
一瞬、少女と視線が合い綾乃は眉間にシワを寄せた。
確かに、運動部のエースで成績も優秀。加えて、ゲームも得意のなら高校生の時分では自慢の彼氏だろう。
同世代のカップルを見かけたら、彼氏を比べて悦に浸りたい感覚――は、綾乃には分からないが、さっきからキャピキャピしている少女はその部類らしい。
傍から見れば、上条悠斗は自慢出来る少年では無いと綾乃も思う。
――傍から見ればだ。
「すまん、全然勝てなかった」
困った様な、情けない様な優しい笑みが母性を擽った。
思わず、抱きしめてキスしたい衝動をグッと堪える。
彼女は咳払い、
「まぁ、しょーがないわよ。結構、遊んだし、そろそろ次行きましょ」
「おう。次はどこ行くか」
ゲームオーバーになったのを確認して、悠斗は席を立つ。
別に大した事は無い。
今は大好きな彼とのデート中。
どこの馬の骨とも分からない女に、謎のマウントを取られても痛くも痒くも無い。
――が、それはそれとして……。
「あ、あれ? 婚約指輪、落としちゃったかな?」
綾乃がわざとらしく、左手を視線の高さに掲げた。
「ん? 最初からしてなかったんじゃ……?」
「あぁ、そうだった。高価な物なんだから、大事に仕舞ってるんだったわ」
「高価って程でも無いけどな。セール品の安物だし」
「でも、一万もしたでしょ?」
「いや、最愛の人へのプロポーズには安いだろ。――だから結婚指輪は、ちゃんとしたの選ぼうな?」
「――――ぅん」
「顔、真っ赤になってきたけど熱いのか?」
綾乃のか細い声に、悠斗は妙に落ち着いた表情を見せた。
「誰のせいで、体温上がってると思ってるのよ……」
「どれどれー?」
視線を逸らされた悠斗は、ちょっと悪戯心が芽生えて彼女の額に手を触れる。
「……ホントだ。少し熱っぽいな」
「――――あぶな、エグいキスする所だった」
綾乃は真顔で呟いて、ハッと我に返った。
「さ、さーて、次行くわよー!」
「なぁ、エグいキスってどんなん? どんなんなん?」
ニヤニヤと笑う悠斗は声の裏返る彼女に手を引かれる。
その背後で、
「ねぇりっ君! 私にも指輪買って!」
「え、……俺、そんなに金無い……」
「何よ! 私の事、好きなんじゃないの!?」
「いや、そうだけど……」
などと、少女が少年に詰め寄っているのに、綾乃が何をしたかったのか察し、悠斗は苦笑した。
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