第五話:勝っても負けても
「――今更ね? さっきの条件を変えようとか言わないわ。薄着でハグとかアンタとなら嫌な訳ないし、そもそも恋人で婚約者な訳だし、その位普通でしょ? それにさ? アンタがこの勝負にやる気出してくれるのは嬉しいのよ? だって、私を女として見てくれているって事だもんね。私も応えたいし、ユートがしたいなら全然するわ」
だけどね、とチラリと彼の真剣な横顔を見て、
「なんで最高難易度のコースを爆走してるのよ!?」
思わず綾乃は叫ぶ。
二人が今、プレイしているレースゲームはシリーズ最新タイトルだけあり、コースも豊富だ。
アイテム有り、ステージギミック有りのアクション要素の高いレースの為に普通のカーレースではありえないジャングルの中に作ったジェットコースターの様なコースがデフォルトだ。
その最高難易度ともなれば、このゲームに馴れていても複雑なコースを覚え、ランダム性のあるトラップのタイミングを予測しつつ、CPUのアイテムや接触妨害を搔い潜らねばならない為にノーミスで完走するのは至難の業。
現に、最高レベルに設定したCPUもクラッシュやコースアウトが頻発し、腕に自信のある綾乃でさえ、時折減速したり運任せな部分もある位なのだ。
――なのだが。
豪華景品を前に、彼は一位を独走中。
後続からミサイルやらバズーカやらバナナの皮やらがひっきりなしに飛んでくるが、その悉くを躱し、反撃するのだ。
今しがたも、一位を狙うホーミングミサイルの追尾をほぼUターンの様な急過ぎるカーブを車体の鼻先をコース内側の壁の擦れ擦れのドリフトで抜けて凌いでみせる。
コレには妻も愛しの旦那様はチートでもしているのかな? と思い始めた。
「ねぇアンタ、この手のゲーム苦手じゃなかったっけ? なんで急に引く程上手くなってるのよ」
「才能に目覚めた」
「だから何でよ」
ジト目の綾乃に悠斗は至って真面目な顔で、
「綾乃が甘えさせてくれるって言ったから」
「それだけで一つの才能を開花させたの!?」
「限界を超える理由なんて、それだけあれば十分だろ?」
「思わず惚れ直しちゃうような良い顔だけど、中身は相当アレだからね?」
綾乃が大きな溜息をついている間にも悠斗の駆るマシンはジャンプ台から飛び出し、細い道幅のコースに見事に着地。
コースアウトしたCPUとの差を更に広げた。
綾乃は何とか食らい付くが、眉を顰める。
(これは……マジで勝ち目が無いわね)
だが、コレはコレでパフェの方は後にするだけだったりする。
寧ろ、彼に甘えて貰えるチャンス到来。
このレースに勝ったのなら素直にパフェを食べる口実にデートが出来る。
負けたとしても、ご褒美という名目でイチャイチャ出来る。
“男女のゴニョゴニョ”的に愛し合うのは高校を卒業してからと決めているので、今の関係は比較的プラトニックなもの。
彼女からしてみたら、一定の線引きがある状態で自分を大事にして愛してくれる愛しの彼と肌を触れ合わせるとか、贅沢なのだ。
幸い悠斗もノリノリな事だし。
思春期男子に対して安易に肌を露出して触れるのは危うさもあるのは自覚しているが、彼の事は全面的に信じられる。
――だがもしもの時は念の為、綾乃も悠斗に内緒で新品を用意しているので抜かりはない。
「悪いが綾乃! パフェはまた今度だ……っ!」
ちらりと悠斗を見ると引くほど真剣だった。
「まぁ、そもそも勝っても負けても、私には得しかないんだけどねぇー」
呆れた様な嬉しい様な溜息が本音と共に漏れた。
「――俺を甘えさせるのが、綾乃には得なんだ?」
彼の問いに、
「え?」
綾乃は呆けて、
「え?」
悠斗も呆ける。
「ん?」
「ん?」
もう一度同じやり取りをした時に、丁度ラスト一周になった。
「――所で学生で書籍化するって、扱いとしてはバイトになるのかしら?」
「うわっ、露骨に話逸らした」
そんなことないもーん、と綾乃は唇を尖らせて、
「でも、ホントに凄いわよね彼。あのサイトでランキング上位になるだけでも大変なのに書籍化までしちゃうなんて」
「まぁ、明確な成果として報われたよな。web小説の書籍化ってのも良く聞くけど、それでも誰でも出来る事じゃないだろ」
「確かにね。今じゃ九〇万以上の作品があるのよ? トレンドのカテゴリーで書けば最初のPV数は跳ねるけど、内容がしっかりしてないと見られないもの」
連続するカーブをドリフトで突破しつつ、綾乃は声を弾ませる。
「その点、彼は凄いのよ。エピソードに起承転結があって、話がスムーズなの。それに何より言葉が綺麗なのよ、主人公とヒロインが等身大で思わず入り込んじゃうのよねー」
笑顔の彼女に悠斗も小さく笑う。
「お気に入りなんだな」
「最近じゃ、一番のweb作家ね。ってもう立派な作家さんだけど。……にしても、まさかあの『塩様』が隣のクラスの男の子だったとは驚きだったわ」
「案外、世間は狭いもんだ」
「ホントそれね。それに、彼と付き合う女は幸せだと思うわ。メンドーな女心が解ってる感じ?――と! 今の危なっ!?」
会話に夢中になっていた所にコースの難所が来て、ギリギリで潜り抜ける。
気付けば、彼も会話で集中が乱れたのか操作制度が落ちて、二人の差が縮まっていた。
勝ちなら勝ちで、バカップルよろしくパフェの食べさせ合いっこが出来るので、綾乃はフルスロットル。
「そういえば彼、ハイファンタジーも書いてるのよ。『剣と魔法の王道ファンタジー』。そういうゲーム好きでしょ? ダンジョンがどうの~って奴だけど、結構面白かったわ。今も少しづつ更新してるし――あ、やっぱりコレもしかしたら、ワンチャン?」
「才能があるんだな、塩沢」
「え? あぁ、塊だと思う。私も書こうとしたけど、全然無理だったもん。自由に物語が書けるとか憧れるわ。アンタもどうせなら、そういう方面で才能を開花させれば良かったのに。レースゲームにとかポイントの振り方間違えてるわよ」
「――やっぱ才能無いと書いちゃダメ、だよな……」
「いや、ダメって事は無いでしょ。別に書籍化するだけが才能じゃ――」
悠斗の小さな呟きに綾乃が答える途中で、彼のマシンの動きが妙に鈍る。
そして、
「あ」
ゴール手前の最後の急カーブで曲がり切れずに壁に激突した。
その横を綾乃のマシンが走り去り、コンマ何秒で彼女は状況を理解する。
「パフェデートに予定変更よ!」
最後の直線を疾走。そしてゴールした。
「よし! コレはコレでよし! 絶対、『あーん』してあげるし、して貰うんだからね! 恥ずかしいとか無しよ!」
綾乃は悠斗に以前、初デートでタコ焼きを『あーん』してあげた事はある。でもたこ焼きは流石にジャンクなのだ。……まぁ、モグモグと食べる彼に密かにキュンキュンしたのだが――。
どうせ甘い事をするなら甘いモノが良いと思うのが乙女。
彼女の沢山ある『大好きな彼としたい事』の中の一つだったりする。
大逆転に思わず歓喜の声を上げたが、彼の表情に息を呑んだ。
――ゲームの画面に視線を向けているが、どこか遠くを見ている様だ。
寂しい様な辛い様な――中学の時に不意に顔を合わせた時に見た彼の笑み。
「ユート……?」
漏れた綾乃の声に、悠斗は我に返った。
「あー、下手こいたー! 折角、綾乃が甘えさせてくれるのに最後の最後でミスったーチクショウっ! 一生の不覚!」
「え、そこまで!?」
「綾乃の胸に顔を埋めて、『よしよし』して貰う計画が……」
「なんか『甘える』のハードルが上がってる!?」
「ばぶぅーしたかったなー」
「やだこの旦那、マニアックなプレイを要求してきた!?」
わざとらしくお道化てみせて、悠斗はよっこらせ、と立ち上がる。
「結局、長居しちゃったな。おじさんが帰ってくる前に戻るよ」
ゲーム機をバックに仕舞い、小さく手を上げた。
悠斗と離れるといってもお隣さんの向かいの部屋。物理的な距離は数歩程度。
一声かければ顔を見れるし話しも出来る。
寂しい訳では無いのだが、不思議と今の彼を離したくなかった。
「待って」
部屋を出ようとする彼を呼び止めてベッドに腰掛け、ちょいちょい、と手招き。
「ん?」
「良いから、こっち」
悠斗が怪訝そうな顔をして綾乃の隣に腰掛けると、彼女は両手を上げた。
「はい、バンザーイ」
「? ばんざーい……?」
「もっとちゃんと! 私と付き合った時を思い出して! せーの!」
「ば、バンザーイ!」
綾乃の勢いに圧されて、ヤケクソ気味に悠斗は両手を上げると、
「そーい!」
彼の上着のシャツの裾を掴んで、ひん剥いた。
「ぉ……、おぅ!?」
突然の事に硬直していると、綾乃はカーディガンを脱ぎ捨て、
「更に、とーう!」
悠斗にタックルしてベッドに押し倒す。
「ぐっ、はぁっ!?」
割と強い衝撃に身悶えるが、自分の胸に顔を埋める綾乃に理解が追いつかない。
ただ、今までにない程に互いの肌が触れ合い、体温を感じる。
ドキドキとしつつも心地良いのだが、
「え、何……ナニこれ? 綾乃さん!?」
悠斗の頭はパニック状態。
そんな彼をよそに綾乃はキュッと抱きしめる。
「……綾乃? ホントにどうした?」
「別に何も? ただ、大好きなアンタを抱きしめたくなっただけ。他に理由が無いとこうしちゃいけない?」
「いや――そんな事は無い、けど……俺、負けたじゃん? コレだとさ……」
「コレは勝負とか関係ない普通のスキンシップだから良いのー。でも、私の勝ちだからパフェデートは忘れないでねー」
彼女の温もりに悠斗の心臓が早鐘を打つ。
その音を聞いて綾乃は、頬を赤くさせながらクスリと笑う。
「うるさい位、ドキドキしてるね」
「そりゃ、仕方がないっていうか……」
「こういうのは……嫌い?」
彼女の悪戯めいた表情に、
「しゅき、です……」
「しゅきだと思った」
悠斗が素直に答えると綾乃は満足そうに笑って、彼の隣に寝転んだ。
そして、優しい微笑みで両手を広げる。
「はい、どうぞ?」
「なん……だと……?」
狼狽える悠斗に綾乃は、
「何? 私の胸に顔を埋めて『よしよし』されたいんじゃなかったの?」
「いや、それはその――そうだけど……」
「――良いよ」
その一言に息を呑んだ。
「来て、アナタ」
そう彼女に誘われて断れる程、彼は無欲では無い。
「お、お邪魔します……?」
躊躇いつつビビりながら、吸い寄せられる様に綾乃の腕に包まれる。
慎ましくも女性的な柔らかさがあった。
恋人の温もりと、シャンプーやボディソープの香り。
「――もっと、くっつこ?」
彼女がより身を寄せた。
甘い声に眩暈がする。緊張する。興奮する。
だがそれ以上に――安らいだ。
「っ、ぁ゛~……」
「お風呂に浸かったみたいな声」
クスクスと笑って、優しく抱きしめる。
「――本当に無理してない?」
彼女に子供をあやす様に頭を撫でられ、悠斗は力が抜けるのを自覚した。
「……ホントは少し疲れてるかも。けど、綾乃がこうしてくれるから癒される」
「何か悩んでる事ない?」
「特に無い。なんかあった様な気もしたけど、忘れた」
「なら良いけど。隠し事は無しよ? 私達、もう夫婦なんだから」
「厳密には婚約者だけどな」
「細かい事は気にしたら負けよー?」
二人の笑い声が小さく重なった。
悠斗の身体の強張りが完全に解れたのが綾乃にも伝わってくる。
自分の慎ましい胸に埋まる彼のだらしのない穏やかな表情に、はにかんだ。
「――私のおっぱい、そんなに気持ち良い?」
「めっちゃ気持ち良い」
「もっと大きい方が良かった?」
「今位が丁度良い」
綾乃は揶揄いに即答されて目を丸くする。
「アンタ……いつの間に貧乳好きになった訳?」
「綾乃――」
顔を上げた彼は妙に真剣な表情で、
「一体いつから――俺が巨乳好きだと錯覚していた?」
「なん……だと……?」
数秒の沈黙の後、互いが照れた様に吹き出した。
「何言ってんの? このスケベ」
言って、綾乃は悠斗を抱き寄せた。
互いの息遣い、心臓の音、髪の匂い、肌の温もりを感じ合う。
「私、アンタとこうするの――好きかも」
「俺も好きだよ。ドキドキするけど、安心する」
「……うん。そーだね」
「なぁ、綾乃。もう少しだけ……こうしてて良いかな」
遠慮気味な悠斗を、
「良いよ。けど、もう遅いからあと十分だけね」
綾乃はギュッと抱きしめる。
会話は無かった。
だが、気まずさや息苦しさも無い。
ただ、穏やかな時間だった。
「……ユート、もう十分経ったよ? 帰らなくていいの?」
「……」
「ユート?」
「…………」
「ふふ、ユート? ねぇ、ユートってば」
問い掛けても、頬を突いてみても返事は無い。
そして、離れようともしないのだ。
……これは、どうしたものか、と綾乃は考えて、
「あと、五分だけね?」
お読み頂き、ありがとうございます。
現在、各話に頂いた感想はエピソードのネタバレになってしまう事があるので、控えさせて頂いていますが私の描写、構成の為、皆様に誤解させ不快な思いをさせる事があると思います。
この作品は全体を通して『NTR』や『浮気・裏切り』等の要素はありません。
厳密にタイトル通りに『イチャイチャするだけの話』では無いかもしれませんが、作中で起こるトラブル等は悠斗と綾乃にとっては『些細な事で、構わずイチャイチャする』の意味です。
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