第三話:同級生は神web小説家
一年B組の教室の一角に、主に女子生徒達が密集していた。
その中心人物であるペンネーム『塩ラーメン』こと、塩沢拓海は人混みに包まれている。
「晃、皆には内緒だって言っただろ……。まだサイトでも告知してないのに」
「いやーすまん。俺もまさか拓海がここまで人気者だったとは思わなんだ」
「僕じゃなくて、『塩ラーメン』ね。書いた小説がたまたま人気になっただけだよ、ありがたいことにね」
「俺は小説とか詳しくねぇーけど、そのたまたまがスゲーんだろ? 流石、ラーメン先生!」
「その呼び方止めて、絶対誤解される。ラーメンに詳しい人みたいになる!」
Web小説作家と友人のやり取りに周囲が湧いた。
その人の群れの外、綾乃と佳織は教室の後ろの空いているスペースに紛れ混んでいた。
「塩沢って、あんまり目立つタイプじゃ無かったのに一躍有名人だね」
「人気web小説作家だって分かれば無理も無いわよ。私だって驚いてるし、皆も一緒みたい。あのサイト、結構大手だからトップページに載るだけでも下手な出版社から出すより知名度が上がるのね。その上、書籍化するんなら本当の作家さんじゃない」
佳織の耳打ちに綾乃は答えた。
恐らく、別クラスからも同様に紛れているのだろう。
明らかに一クラスの定員を超えている中で、新たな客が来た。
「綾乃」
「ごめん、ユート。置いて来ちゃった」
彼と冬樹が人の隙間を縫って来る。
「いや、それは良いけど。『塩ラーメン』って、コレだろ」
悠斗はスマホの画面を見せる。
件の小説投稿サイトの恋愛ランキング画面だった。
『誰よりも君を愛してる』という作品が二位に評価ポイントに大差をつけて月間を首位している。
「うん、そう。三年位前に連載を始めて、最近はずっと一位なの。今回の大賞コンテストでも入賞して、書籍化はするんだろうとは思ってたんだけどね」
「だろうな。感想やレビューでも好評ばかりだ」
嬉しそうに話す綾乃に悠斗が相槌を打つが、冬樹はつまらなさそうに欠伸をした。
「っても、恋愛小説だろ? 俺には良く分かんねーわ。異世界転生とかならまだ興味あるけど」
「それ以前に、お前は小説なんか読まないだろ」
悠斗が眉を顰めたのに冬樹は自信満々に、
「おう! 俺は漫画しか読まん!」
親指を立てて答えた。
「これだから男子は……」
呆れた様に佳織は眉を顰めた。
そうしている内に、また新たに教室を訪れる生徒達。
彼女達に見覚えも無く、自分達よりも幾分大人びている。上級生の様だった。
彼――『塩ラーメン』の人気の程がうかがえる。
「そろそろ、出ましょうか。一言くらい、お祝いを言いたかったけど、このままだと潰されそうよ」
綾乃の割と実現しそうな冗談に悠斗が苦笑して、教室から離脱しようとした時だった。
「――あれ、一ノ瀬さんだ!」
女子の誰かが声を上げ、視線が彼女に集中した。
そして、モーゼの海割れの様に人が左右に別れて細い道が出来る。
「ぉ――っ!?」
思わず悠斗の背中に隠れたが、咳払いで顔を出す。
「こ、こんにちは……」
今や一ノ瀬綾乃は御門光輝の一件と上条悠斗と婚約を明言した事で、以前以上に有名人。
大勢の好奇心の視線の圧に負けじと、
「――私も、貴方の小説を読んでいますよ。書籍化おめでとうございます」
「わあっ、一ノ瀬さんにも読んで貰えてただなんて驚きだよ!」
「あのサイトのユーザーなら誰でも知っていますよ。幼馴染の恋模様はいつもドキドキしながら読んでいます」
「あはは、そう言われると恥ずかしいな」
塩沢拓海は照れ臭そうに笑う。
「発売されたら、必ず購入させて頂きますね」
「うん! ありがとう!」
当初の目的を終え、綾乃はペコリと一礼して「では、そろそろ……」と、悠斗達と共に教室を出ようとした時だった。
「そうだ! 日曜にでもお祝いしようよ!」
誰かが声を上げた。
「あ、ごめん。日曜は編集者の人と打ち合わせがあるから空いてるのは明日位なんだ。書籍化の為に色々改稿とかしなきゃだし……」
塩沢拓海が小さく手を上げた。
これが本物の小説家か……! と周囲から謎の拍手。
「だったら明日、カラオケ行こう!」
別の誰かが続く。
「良いね、行こう行こう!」
また別の誰かが同意して、教室全体が沸き立った。
そして、
「一ノ瀬さんも一緒に行かない?」
そんな声もどこからか。
「え? えぇっと……」
綾乃は困った様に苦笑する。
明日は先約があるので、と断るのは簡単だが、『ファンだ』と言った手前、中々断り難い。
どうしよう、と悠斗の顔を見えると――ほんの少しだけ、辛そうだった。
「――ユート?」
綾乃にもその理由まで汲み取れないが、彼女だけが気付ける僅かな機微。
「ごめんなさい、明日は――」
綾乃が断ろうとした時、掻き消す様に、
「ダメだなんて言うなよな。奥さんを束縛する夫はいつか捨てられるぞー」
男子の揶揄う声。
「そーだよ、一ノ瀬さんも色々話聞きたいでしょ?」
「上条達もおいでよ」
「折角のお祝いなんだからさー空気読もうよー」
それに便乗する声が続く。
「いや、明日は俺達も――」
宥めようとする冬樹を、悠斗は止めた。
「そうだな、目出度い事だし行かせて貰うよ」
「良いの?」
綾乃の心配そうな表情に彼女の頭を撫でながら、
「綾乃もお祝いしたい気持ちはあるだろ? だったら、行こうぜ。立派な事じゃないか」
悠斗の言葉にクラス中が湧いた。
そして、物言いたげな綾乃が彼の手に表情を緩ませ、身を任せたのに、彼女の友人の佳織は「……この生き物可愛い」と呟いた。
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