第二話:友からの祝い
「じゃーな、“旦那”。“嫁さん”と仲良くしろよ~」
今週の最後の授業が終了し、担任教員からの連絡事項も終えて生徒達がそれぞれのペースで家路につく中、一年C組の教室では高校生には似つかわしくない一コマがあった。
「分かってるよ。お前も早く良い人見つけろよ」
上条悠斗は帰り支度をしている一ノ瀬綾乃の席の近くで彼女を待ちつつ、既に定着した挨拶を交わす。
件の一件で、婚約を明言した上条悠斗と一ノ瀬綾乃の学校生活は、大なり小なり変化があった。
未成年の主張ではあるが、今や学校中が彼等の中を、『卒業後に結婚する二人』と周知している。
知人の中には、『旦那』『嫁』という愛称で呼ばれる事もあり、『新婚夫婦』『学生夫婦』と浸透しているのだ。
中には、面白半分で茶化してくる者も居るが、事実なので本人達は受け入れている。
寧ろ、他人から言われる度に自分達は婚約者なのだ、と少し心が浮き立つのだ。
良いぞもっと言ってくれ……なんて、心の内を隠して綾乃は将来の旦那に微笑んだ。
「――お待たせしました。帰りましょうか」
「おう」
席を立った綾乃は自然と悠斗の手を握る。
「――ぁ、ごめ……すみません」
無意識な行動に彼女自身が驚いた。
普段から帰路は手を繋ぐ事は良くあるが、ソレは学校から離れた知人の目の無い所から。
席を立った瞬間からではまるで、周囲に見せつけているかのようで、自重していたのだが、休みを前にして気が緩んでいたらしい。
直ぐに離そうとしたが、彼に指を絡まされて捕まった。
「折角だから、俺はこのままで良いけど」
「ぇ、でも……ほら、皆に見られてるし」
素で答えた綾乃の口元は、好きな人の手の大きさと温かさに少しだけ緩んでいた。
「もう夫婦って言われてるんだから、今更だろ」
「まぁ……そう、だけどさ?」
彼の力の抜けた緩い笑みに、彼女もつられて笑う。
「――ぁー、と……ちょっと良いか?」
その仲睦まじい二人を少し遠くから見ていた、彼等の友人達が遠慮がちに声を掛けた。
秋元冬樹が気まずそうに頭を掻いている隣で、水原佳織がニマニマと嬉しそうに笑っている。
「ゎ、佳織!?」
綾乃は咄嗟に手を離して、空笑いで誤魔化した。
「もう、あやのんったらー、別にそのままイチャイチャしてても良かったのにぃ~」
「いや、あんまりイチャつかれても声が掛けずらいんだけどな……」
そんな友人達に悠斗は咳払い、
「それで、どうした?」
「ん? あぁ、そうだった」
冬樹は本題を思い出す。
「ほら、お前の傷も治ったんだろ? そろそろ、カラオケにでもどうかなってさ」
冬樹は肩を竦ませ、
「上条の完治と、あやのんとの婚約祝いだぜ」
佳織は親指を立てる。
「だってさ」
「えぇ、勿論」
悠斗は綾乃の頷きに小さく笑う。
「よーし、そうと決まれば、早速行こうぜ! 明日とかどうよ」
冬樹はノリノリだった。
「ホントに早速だな。まぁ、綾乃が良いならそれでも良いけど……」
「行こうよあやのん。あやのんの歌また聴きたいし! 前行った時、凄い上手かったもんね。美声の黒髪JK! まさに歌姫だよ!」
「マジか、行こうぜ綾乃!」
悠斗も、そう言われたら全面的に同意せざるを得ない。
その片鱗は音楽の授業で垣間見えているが、合唱とカラオケは別ものだ。
小学生だった頃、当時流行っていた歌を一緒に口ずさむのが好きだったのを思い出す。
また、彼女の歌声が聴きたいと悠斗も期待が膨らんだ。
「アンタもノリノリじゃない……。まぁ、行くけど」
綾乃は諦めた様に、そして力の抜けた笑みで答えた。
「よーし、決まりだな! じゃぁ、いつもの所で。昼頃で良いか?」
悠斗はもう一度、綾乃と視線を合わせ、
「あぁ、構わないよ」
頷き合った二人に佳織は、ニヘラと笑う。
「通じ合ってるって感じだね」
悠斗と綾乃は自然と顔を見合わせて、
「婚約者だからな」
「婚約者だからね」
無意識に重なった言葉に、友人達は頬を赤らめた。
「見せつけてくれるんだからもー! 早く結婚しろ!」
「卒業したら直ぐにね?」
「あやのんたらもー!!」
綾乃と佳織がじゃれ合っている中、
「――一ノ瀬さん、佳織!」
帰り支度を済ませたクラスメイトの中でも活発な女子達数人のグループが、悠斗達に声を掛けた。
「皆さん、そんなに慌ててどうしました?」
彼女達の勢いに気圧されつつ、綾乃が尋ねるとその中の一人が興奮した様子で、
「B組の塩沢が『塩ラーメン』だったって!」
今日のお昼の話かな? と悠斗と冬樹が眉を顰めるが、綾乃と佳織は思い当たる節がある。
「『塩ラーメン』って、『小説を書こう!』のですか?」
「そう、その『塩様』! アレが書籍化決まったってさ!」
綾乃の質問に答えると、それに今度は佳織が目を輝かせる。
「『誰よりも君を愛してる』が!? 凄いよ、あやのん! 私達も行こう!」
先に教室を飛び出した女子達を追って、佳織は綾乃の手を引いた。
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