第四話:お弁当だけに
「――そういえば、秋元君に見られたかな?」
「どうだろ。直ぐに逆側の階段から降りたから大丈夫だと思うけど。……やっぱり綾乃は俺との事知られるの嫌か?」
「嫌、じゃ――ないけど、さぁ~」
学校からの帰り道。
手を繋ぎながら上条悠斗と一ノ瀬綾乃は、ゆっくりと歩いていた。
学友にキスをする事を見られてしまったとしたら――まぁ、正確には未遂なのだが――女子としては恥ずかしい。
だが、“最愛の人と恋人になれた事”を周囲に隠し通す必要もあるとも思わなかった。
「言いふらしたりとか……は、しないもんね、彼なら」
「冬は、そういう事をする奴じゃないよ。それに広まってたらそれはそれで、皆に説明する手間が省けるじゃないか」
「……物は言いような気がするなー。まぁ、納得してしまう自分もどうかと思うけど……」
「今まで無駄に悩んでたから、これからはこの位、単純に行こうぜ」
「この三年間は頭が悪くなりそう……」
二人は照れくさそうに笑って、
「そういえば、昨日の二十一時からのドラマ見たか?」
「見た見た。アレ、原作が少女漫画なんだけど色々脚本変えちゃってるのよね。毎週軽く炎上してるし。ねぇ、知ってる? 昨日のデートシーンは原作ではね――」
なんて他愛なくどうでもいい、くだらない話。
それに彼等は今までにない安らぎを覚えていた。
繋げる手の温もりから、互いに同じ事を想うのが伝わって来る。
自宅に近づくにつれて、中学時代と同じ道になる。
本来なら、当時から共に歩いた筈の景色を三年越しに見れたのだ。
それは、とても幸福な時間。家に着くのが不思議と惜しくて足取りが妙に遅くなる。
とはいえ、道のりはそう長くない。
引き延ばすだけ引き延ばしたが、とうとう家の前まで来た。
今まで話せなかった分を取り返そうと言葉を交わしたが、数十分程度で満足出来る筈が無かった。
「着いたな」
「着いたわね」
家が隣同士。自室に至っては、やろうと思えば窓で行き来できる程。
会話など、今となっては幾らでも出来るというのに……何故か、この手を離すのが惜しくて堪らない。
まぁ、いつまでもこうして居られないと、互いに手の力を抜く。
完全に離れる間際、未練がましく指一本ずつで、引っ掛け合う。
「明日のお昼ってどうするか決めてる?」
不意に、綾乃がポツリと呟いた。
「いつも母さんが作ってくれるけど仕事で忙しい時とかは、コンビニとか購買で済ませてる。明日は聞いてみないと分かんないかな」
ふーん、と綾乃は興味無さそうにしつつ、
「私は、お弁当をお父さんの分まで毎朝作ってるの。晩御飯の残りとか冷凍食品とかで埋める事が多いんだけさ。二人分作るのと三人分作るのって、大差無いの」
彼女の指の力が僅かに強くなる。
「……良かったら、食べ――」
「食べる! 頂きます!」
「食い気味ね!?」
「弁当だけにな」
「……は?」
「今のナシで」
彼女の冷たい視線に彼氏は顔を背ける。
綾乃は小さく吹き出し、
「お弁当箱。後で貸して、部屋の窓からで良いから」
「あぁ、分かった。それじゃ、また」
「ん、また」
――それで、ようやく彼等は帰宅した。
◇修正のお知らせ◇
三話の一ノ瀬綾乃のセリフを修正しました。
三話、四話の段階では『木曜日』です。
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