第三十三話:状況整理
「婚約、おめでとー。良かったね、綾乃ちゃん。ヘタレな弟だけどよろしくねー」
家を飛び出そうとした上条祐奈を何とか引き留めて、上条悠斗と一ノ瀬綾乃はリビングで冷め切ってパサパサになったホットケーキをつつきながら、事の次第を説明した感想がソレだった。
元々、祐奈は友人と遊びに出ていて帰りは夕方位の予定だったが、その友人に急用が出来て、早々に切り上げて来たという。
「あ、ありがとうございます……?」
なんとなくお礼を言う綾乃に、悠斗は眉を顰めた。
「いや、姉さん。それはそうなんだけど、大事な所はそこじゃないだろ」
「分かってるわよ。冗談じゃなくて、大問題ね」
弟が見た事も無い程に真面目な顔で、
「喫茶店にでも行ってようか? 二時間位」
「そういう気遣いは要らないから」
「遠慮するんじゃないわよ! もう、袋開けてやる気満々でギンギンだった癖に!」
「ホントに止めて? その辺のデリケートな部分に踏み込んで来ないで!?」
「でも、開けたゴムはどうすんのよ!? ……あ、ソロ練習用? なんか、ごめんね? 着け方、教えようか?」
「ねぇ、だからマジで止めて!?」
ちらりと見ると、綾乃は顔を真っ赤にさせている。
揶揄い過ぎたか、と祐奈は思うが弟とその彼女の濡れ場一歩手前シーンを目の当たりにした姉の気持ちも察して欲しいとも思った。
弟が生を受ける切っ掛けを目撃した時と似た様な居た堪れさだったのだ。
――まぁ、ともあれ、
「しっかし、その御門って子? ガチのクズでサイコ野郎じゃん。普通、ここまでする?」
「そうだよ……。だから、困ってるんだ。いや、ホント。別の惑星から来たんじゃないかと」
メイプルシロップを浸したホットケーキを頬張る姉に、悠斗は心底ウンザリした様に肩を落とした。
綾乃も眉を顰め、
「母星に帰れば良いのに……」
そんな二人の様子に祐奈は珈琲を啜りながら、眉を顰めた。
「――でも、そんなに悩むことかな?」
「悩むだろ! 他人事みたいに言わないでくれ!」
何気なく言う祐奈に悠斗は思わずテーブルを叩いた。
「ユート……」
震える彼の手に綾乃は手を添える。
「――ごめん」
そして、また肩を落とす二人に祐奈は「分かってないなぁ~」と溜息をついた。
「整理すると、綾乃ちゃんは御門光輝に“弱み”を握られて自分と付き合う様に脅してるんだよね?」
「あぁ、そうだ」
祐奈の質問に弟は頷く。
「じゃあ、その“弱み”って何さ?」
「私がその……『避妊具を見ていた事』と、む……『胸の事』です」
詰まらせながら答える綾乃に続いて、
「綾乃は学校じゃあ『清楚な優等生』で通ってる。まだあの噂も消え切って無い内にあんな写真が出回れば、また変な噂が広がる。何より、SNSで晒される事になったら、それこそ冗談じゃ済まない。けど、アイツは本気だ」
数週間前から流れ始めた『一ノ瀬綾乃が援助交際をしている』という噂。
御門光輝が兄に広めさせた一言に、あの写真は多少なりとも説得力を与えてしまう。
全員がそのまま信じる訳では無いにしろ、綾乃がソレを手にしていたのは事実。『彼女はそういう女だ』と認識する。
少なくとも『性的な行為に興味がある』というイメージはついてしまうだろう。
加えて、胸の大きさをパッドで誤魔化していたのも、失笑や嘲られるかもしれない。
それだけならまだ良い。
綾乃の写真や住所まで使って、援助交際を仄めかすアカウントを使われたら本当に彼女の人生が狂う。
悠斗としては、それはなんとしてでも阻止したいのだ。
だが、その手立てが無い。それがもどかしい。
だが、
「そこなのよ」
祐奈は悠斗にフォークの先を向ける。
「アンタ達が本当に守りたいものは何? 悠斗は『清楚な優等生』の綾乃ちゃんじゃなきゃプロポーズしなかったの? 綾乃ちゃんは悠斗と居るより、自分のイメージが大事?」
「そんな――!」
姉の言葉を弟が否定するより早く、
「そんな訳ありません!」
強く綾乃が否定する。
「他人にどう思われようと、ユートが好きで居てくれるなら――愛してくれるなら、私は構いません!」
その強い意志の横顔に、
「俺が好きになったのは、綾乃自身だ。誰かの目や言葉なんかでまた手を放して堪るか」
彼も断言する。
結局の所、一番大事なのは二人の気持ち。
そこか明確にあるのなら、後は最低限の所さえ抑えれば、本気の愛の前に、御門光輝は障害にすらならないのだ。
「――ホント、良い顔するようになったなー」
ポツリと姉は呟いて、
「だったら話は単純。アンタ達はそのままで良いのよ。」
ニヤリと不敵に笑って見せた。
「一番厄介なのが良い様にパシられてる御門兄だね。そいつは私が黙らせる。――お姉ちゃんが一肌脱いでやるよ」
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