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付き合う前から好感度が限界突破な幼馴染が、疎遠になっていた中学時代を取り戻す為に高校ではイチャイチャするだけの話。  作者: 頼瑠 ユウ
一巻目

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第三十二話:初めてだから


 上条悠斗と恋人となって、何度も訪れている彼の部屋。


 もはや自室と同じような敷居の高さだったが、今ばかりは一ノ瀬綾乃も二の足を踏んだ。


「……やっぱり、ホットケーキ食べようか?」


 自身の様子に苦笑した悠斗に綾乃はハッとして、


「大丈夫。イメージトレーニングは欠かさなかったから」


「何の?」


「何のって、それはその――」


 彼の野暮な質問に顔を火が出そうな位に赤くさせた綾乃は勢いのまま部屋に入り、ベッドに腰を下ろした。


「い、今からする事(・・・・・・)に決まってるでしょ!? 何年も前から好きなんだから、別におかしな事じゃないし……!」


 ヤケクソ気味な綾乃に悠斗は小さく笑う。


「そうだな。俺も一緒だよ」


 悠斗は机の引き出しから、手の平よりもやや大きい箱を取り出して綾乃の隣に腰掛ける。


 彼が手にしている物を見て、綾乃の喉が緊張に鳴った。


「その……コ、コン――ソレって、学生でも普通に買えるもの……なの?」


「うん、意外と。普段、行かないコンビニだったけど、割と普通に。私服だったし、煙草とか酒みたいに年齢証明が必要な物じゃないからな」


「その辺もっとちゃんとした方が良い気がする」


「買っておいて言うのもアレだけど、俺も思った。そして、レジがお姉さんだったら肉まん買ってたよね」


「なんか、アンタがソレを買う所、見なくて良かったかも……」


「ホント、それな」


 二人から笑みが零れた。


 ぎこちない緊張が少しばかり解れる。


「ソレ、箱空いてるけど……」


「まぁ、一応……練習というか。流石に、行き成りって訳にもいかないからさ」


「そ、そう……大事よね」


「うん、大事だよ」


 綾乃はその光景を想像してしまって、少し眩暈がしてきた。


 悠斗は悠斗で、バツが悪そうに咳払い。


 少し沈黙が続いたが、綾乃はソワソワと、


「えっと……それじゃ――着けるんだよね」


「いや、それは直前で。まずは、何て言うか――綾乃の方もちゃんと準備、しないと」


 ビクッと綾乃は身体を振るわせた。


「だ、大丈夫よ……!? その位、分かってるから。そこまで子供じゃないし……!」


 勢いで彼の好みのオーバーサイズのパーカーを脱いだ。


 続いて、キャミソールの肩紐に手を掛けるが……そっと放す。


「取り合えず、上着だけで良い?」


「うん。ゆっくりで良いよ」


 バツの悪そうな綾乃に悠斗は気恥ずかしそうに手を差し出した。


 この手を取れば、彼とより親密な男女の関係になるだろう。


 彼に愛され彼を愛している事を、強く実感出来る筈だ。


 婚約者という言葉に現実味が帯びる筈だ。


 これからの彼との時間がより愛おしく思う筈だ。


 こうなる事を、一ノ瀬綾乃は望んでいた……筈だ。



 ――だが。



(…………あれ――?)



 少し怖いな、と思ってしまうのは、なぜだろうか。





 上条悠斗は差し出した手に添えられた恋人の手を優しく握る。


 その手は震えていた。


「……――」


 それ以上の事が出来ないでいる悠斗から視線を逸らして、


「私は……全然、大丈夫だから」


 自身に言い聞かせる様な彼女の言葉に、悠斗は胸が痛んだ。


 ――大丈夫な訳が無い。


 初めてな事は、誰でも何でも多少なりとも戸惑い怖気づく。


 そして大抵は最初の一歩を踏み出せば、案外なんとかなかるものだ。


 その一歩は結局の所、勢い任せ。


 だが全てが勢いで踏み出せる訳では無く、また踏み出して良い訳も無い。


 特にこの瞬間なら尚の事。


 雰囲気に流され、不安や恐怖を誤魔化して良い訳が無い。


 このまま求めれば彼女は応えてくれるだろう。


 ――それは、自分達が求めていたものとは違う。


 彼女を僅かでも傷つける事はもうしたくない。


「私も、良くわかんないし……ユートに任せるから」


 戦場に向かう戦士の様に覚悟を決めた彼女の表情に悠斗は苦笑する。


「――それじゃ、良い?」


 コクンと頷いた綾乃の肩をそっと抱き寄せる。


 凍えて震える彼女を温める様に、




「ぎゅーっ」


 ただ抱きしめる。


 彼の手は優しく、身体を包むだけだった。


「ぇ……あの――?」


「ぎゅーーっ」


「――ユート?」


 困惑する綾乃をようやく解放し、悠斗は彼女が脱いだパーカーを羽織らせそのままチャックを閉める。ついでにフードも被せた。


彼女は『真っ黒なてるてる坊主』状態にさせられ、眉を顰める。


「……よし」


「何が!?」


 綾乃は袖に腕を通して、フードを取った。


「だ、大丈夫だから! 嫌とかじゃないの、だがら――!」


 焦った様な綾乃の叫びに、


「けど、少し怖いよな」


 悠斗は優しく苦笑する。


「……っ、こ、怖くなんか――」


「俺は少し……いや、結構、怖いかも」


 正直に言う彼に綾乃は目を丸くした。


「――男の子も、初めてって……痛い、の?」


「いや、どうだろう。そういう話はあんまり聞かないけど――そういう事じゃなくてね?」


 割と真剣な質問に眉を顰めて、照れ臭そうに、


「やっぱり怖いよ。“綾乃を傷つけるんじゃないか”って思うと……凄く怖い。滅茶苦茶、怖い」


「――――」


 呆けた顔の綾乃に力の抜けた笑みで、


「綾乃に無理をさせてないか。本当は嫌なのに言えないだけなのか。苦しいとか、痛いとか、気持ち悪いとか、悲しいとか――嫌われないか……とかさ」


 悠斗は自分の言葉に納得するように頷いた。


「だから――怖いよ。誘っておいてアレだけど。初めてって、特別な事だから綾乃には『良い思い出』にして貰いたい」


 彼は照れた子供の様に笑う。


「俺もその方が良いしさ」


 もう一度、悠斗は綾乃に手を差し出した。


「俺達は、恋人だよな」


「うん」


「婚約してくれたよな?」


「うん」


 添えられる小さな手に震えはもう無い。


 彼女の頷きに彼は心から嬉しそうに、


「なら、今はそれで充分だ。これから何年、何十年も一緒に居るんだから時間はたっぷりある。だから俺達は、ゆっくりと、な」


「――うん」


 緊張が解れ切って二人は気恥ずかしそうに、それでいて嬉しそうに笑った。


「まぁ、取り合えず母さんの言う通り、卒業まではお預けかな」


「……そんなに待たせて良いの?」


「ダメ、って言ったら応えてくれる?」


 耳元で囁かれた綾乃は顔を真っ赤にさせて、


「……出来れば、その方向でお願いします」


「そうしようか。ちゃんと大人になってからな」


 ひゃい、と彼女の返事に悠斗は小さく笑った。


 そして、頬を指で掻きつつ、


「それで、さ。まぁ、良い機会、という訳でもないんだけどー。今後の為に確認しておきたいんだけどさー?」


 悠斗は少し言い淀んだが、意を決した様に、


どこまでOKかな(・・・・・・・)……?」


「……身も蓋もないわね」


「当方は蓋する事では無いと判断致しました」


「それで?」


 クスッと笑った綾乃に、


「学校と家では違うと思うんだけど……取り合えず、『手を繋ぐ』ってどう?」


「その位なら、学校でも有りで」


「なら『ハグ』は?」


「流石に、学校じゃダメ。二人きりならいつでも良いけど……」


「あーやのっ」


 悠斗はカモンカモンと両手を広げた。


「って、言っても今じゃない」


「今じゃないかー、そうかー」


 では、と、


「『ボディタッチ』は如何ほどに……?」


「……触りたいの?」


「逆に触りたいと思っちゃダメなの?」


「……そりゃ――そうね」


 この話題の意義を思い出し、僅かに狼狽えながら綾乃も真剣に考えて、


「今は、腕とか脚とかのマッサージ位なら……良い。それ以上の、その……エッチな感じなのはまだちょっと早いと思う。もう少しだけ、待っててくれる? 嫌とかじゃないの……ただ、少しだけ、怖い……かも、だから」


「分かった。俺からはそういう要求しない様に我慢する」


「ご面倒をお掛けします」


「いえいえ、お互い様です」


 ペコリと社交辞令の様に頭を下げる。


「――所で、綾乃さんは脚とかむくんでいませんか?」


「だから今じゃないっての。さっき要求しないって言ったわよね!?」


「違いますー。ただのマッサージですー。やましい目的じゃありませんー」


「じゃあ、ジャージ穿くからお願いしようかな?」


「せめて、半ズボンにしない?」


「思いっ切りやましいじゃないのっ!」


 綾乃は肘鉄でツッコんだ。


「もうエッチな事ばっかり考えてる」


「これでも自分、思春期なので……なんか、すみません」


 打たれた腕を擦る悠斗を見て綾乃は呆れながら安心感を感じていた。


 悠斗はわざとらしく茶化しつつ実際には触れて来ない。


 そして、今後の自分達の為に距離感をはっきりさせようとしている。


 彼はきっと無理強いはしてこないと綾乃は確信が持てた。


「――私ってさ、アンタに大事にされてるよね」


「そう思ってくれてるなら、良かったよ」


 悠斗は小さく笑った。


「それで、綾乃から何かあるか? 俺にして欲しい事とか、して欲しくない事とか。俺ばっかりじゃ不公平だしな」


「私は特に要望とかは無いわ……」


「今の内に言っとかないと、後からじゃ言い難くなるぞ?」


 揶揄う様な彼にムスッと綾乃は唇を尖らせる。


「浮気とかは、絶対ダメよ」


「こんなに良い婚約者が居るのにする必要があると思うか?」


「……素で言うんだもんなー」


「言うよー。それで、他には?」


 綾乃は少し考えて、


「他?……『キス』? とか……?」


「うん。しばらくは、自粛しようか?」


 彼の言葉に優しさを感じつつも、不満を覚えた。


「ぁー、寧ろ? 積極的にしていきたいなーって、思うのは私だけ?」


 呆けた顔の悠斗に慌てた様に、


「だってほら、またちゃんとキスって上手く出来ないじゃない? なんか必死になっちゃうしー? 大人の階段上るにも一段ずつじゃないと……さ?」


「……そうだな。俺もそうしたい」


 悠斗は穏やかな笑みで、他には無いか? と促した。


 綾乃は少し考えて、


「それとその――引かない?」


「おう、引かない」


 それでも言い淀みつつ、


「その――ハグ、する時? に……に、ついでに、その、ちょっとだけ? 匂いとか? 嗅ぎたいかなーって……?」


 あははー、と誤魔化しながら言う彼女に、悠斗は、


「うん、分かった。じゃあ、いつも清潔にしないとな」


「……真面目に返されても、なんか、困るんだけど」


 顔を赤くしていく綾乃に、悠斗は優しく微笑んだ。


「だって、真面目な話だし。好きな人に応えたいって思うのは普通だろ?」


「そりゃ私もだけど……。そんな優しい顔で真っ直ぐ見ないで、マジで心臓止まるからっ」


 胸を押さえる綾乃が無性に愛おしく思えた。


「やっぱり、俺――綾乃を愛してる」


「――っ、と……今、ホントに一瞬、心臓止まった気がする」


「……やっぱ、俺らが一つになれる(・・・・・・)のはまだまだ先になりそうだな」


「い、いやらしい意味で?」


「愛してる、って意味で」


 真剣な表情だった。


「ぁ――――動悸、して……き、た……」


「なんで!? 取り合えず、深呼吸しよう、ひーひーふー」


「ママになるのは、まだ早いからっ!?」


「パパになる覚悟はもうあるよ」


「――どうしよう……今からパパにしてやろうかと思ってきた。ちょっと、裸で横んなりなさいよ」


 据わった目で綾乃は悠斗をベットに押し倒す。


「……ぇ? あ、待って!? ごめんごめんごめん!?」


「大丈夫、怖くないわ。……怖くないわよ?」


「ホント、ごめん。怖いです!? 嫌! 乱暴しないで!?」


 きゃー! と凌辱に怯える少女の様に胸元を隠す彼に、覆い被さりながら綾乃は堪え切れずに声を出して笑い出した。


「よいではないかーよいではないかー」


「あぁ、お代官様! さっきまでと攻守が逆転しています!?」


 身体を密着させているのに、怖い気持ちはもう無い。


 子供の頃の様に、触れ合う事が楽しかった。


 純粋に恋人が愛おしくて溜まらない。


「――……」


 綾乃の視線の先、枕元の『件の男女が愛し合う為のアイテム』に手を伸ばす。


「コレ、さ……」


「ん……? あぁ、ごめん」


 悠斗は彼女の手からその箱を奪う様に受け取り、バツが悪そうに眉を顰めた。


「ううん。ホントは、今日……私も、こういう話しようと思ってたの。ほら、着け方とか――ちゃんとあるんでしょ?」


「あぁ……うん。俺も知らなかったけど、袋の開け方もあるだって。物自体が薄いからちょっとでも傷つくと不味いんだ」


「そう、なんだ……」


 綾乃は身体を起こして改めてベッドに腰掛ける。


「なら、教えて? 私もアンタの為に――今の内に知っとかないと」


「――おう」


 悠斗も綾乃の隣に腰掛けた。


 妙な気恥ずかしさを覚えつつ、彼は箱から一つの個包装を取り出した。


 婚約者となった彼氏がそういう物を手にしている所を見ると、心臓が大きく跳ねる。


「ゎぁ……、なんか……凄く、えっちぃ……」


「えっちぃ言うな。いや、えっちぃ事の為に必要なんだけどさ」


 寄り添った彼女に見せる様にして、


「コレさ、開ける時には中身を寄せて――」


「うん」


 不慣れながら動画を真似て、袋を開けた。


 その直後だった。




「ねぇ、綾乃ちゃん来てるの? 下にホットケーキあるけどアレ、何――」


 上条祐奈かみじょうゆうなの手によって部屋の扉が開けられる。


 この一瞬は三人とも思考が止まった。


 その中でも、僅かながらに人生経験の豊富な姉が状況を一足早く理解する。




『弟とその彼女がベッドに座りながら、ゴム的な避妊具を個包装から取り出そうとしている』


 つまりは――、




「じゃ、邪魔してごめんねー!!」


 そういう事だと結論付けた。


 バン! と扉を閉めて、ドタバタと階段を降りて行く。







「――――え?」

「――――え?」


 取り残された二人は、数秒遅れて理解する。


 姉が理解した事は、間違いでは無いけれども誤解なのだ。

お読み頂き、ありがとうございます。

この『一巻目』も残り僅かとなってきました。


ここからでも『面白い』『続きが気になる』と思って頂きましたら、ブックマークを、



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