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付き合う前から好感度が限界突破な幼馴染が、疎遠になっていた中学時代を取り戻す為に高校ではイチャイチャするだけの話。  作者: 頼瑠 ユウ
一巻目

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第三〇話:突きつけ合う銃口


 上条悠斗が丁度、最後のホットケーキの生地を焼き終え皿に移した頃、自宅のドアが勢い良く開けられ、乱暴に閉められた。


 そして、ドサッと何かが落ちる音。


「……綾乃――?」


 エプロンを取り、廊下に出る。


「――っ!?」


 玄関で一ノ瀬綾乃が崩れ落ちていた。


「綾乃っ!!」


 悠斗は彼女に駆け寄って抱き寄せる。


「大丈夫か、何があった!?」


 綾乃は凍える様に震えている。


 彼女は怪我をしている様子は無い。別に大きな音も、周りが騒ぐ様子も無い、事故や事件に巻き込まれた訳でも無い筈だ。


 だが、綾乃のこの様子は尋常では無い。


 不安が彼の心を掻き乱した。


「――ごめん、なさい……」


 震える綾乃が小さく呟いた。


「写真、撮られた……私、怖くて――」


「……写真!? そんなの誰が――っ!?」


 一ノ瀬綾乃は細やかながら、他人に知られたくない秘密がある。しかし、ソレが無いとしても、少女が突然に写真を撮られては恐怖でしかないと、悠斗は察る。


 幸い、乱暴などはされていない様だったが、それで良かったなどと思えなかった


 無作為に外に飛び出すよりも、今は彼女の傍に居る事の方が大事だと思う。


「――大丈夫、落ち着いて」


 悠斗はギュッと綾乃を抱きしめた。


 彼女を一人で行かせるべきでは無かった。こんな事なら、ホットケーキなんか焼かずに一緒にコンビニに行けば良かった。


 唇を噛みしめるが、悔やむだけではダメだ、とも思う。


 綾乃が落ち着いたら、写真を撮った人物の特徴を何でも良いから整理して警察に通報だ。


 だが、もし見知った人物がそんな事をしたのなら……。


 と、自宅のチャイムが鳴った。


 それに、綾乃は怯えた様に身体が強張らせる。


「……――」


 動けない彼女を悠斗は抱き上げて、リビングに連れて行く。


 来客者は反応が無い事に、もう一度チャイムを鳴らした。


 リビングのインターホンの画面に見覚えのある顔が、何とも言えない殴りたい笑みを浮かべている。


「……あぁ、そうか――」


 自分の中に、憎しみと言える感情が芽生えているのを自覚する。


「綾乃は此処に居ろ。――少し、優等生(あのバカ)と話ししてくる」


 悠斗は自身のスマホを操作してズボンのポケットに入れ、玄関の前に立つ。

 

 ――三度のチャイムが鳴った。





「やあ、上条。こんにちは」


 悠斗が玄関を開けると、御門光輝がそう白々しく笑みを浮かべた。


 反射的に殴り倒してやりたいのをぐっと堪え、悠斗は外に出る


 この男を家に上げるつもりは毛頭無い。


「すまないが、玄関先(ここ)で良いか?」


「あぁ、勿論。僕の要件は直ぐに済むからね」


 光輝はニヤリと口元を歪ませる。


「単刀直入に言うよ。一ノ瀬さんには君と別れて僕と付き合ってもらう」


「――は?」


 難しい事を言われた訳では無い。ただ、意味が分からなかった。


「お前、何を言っている? そんな事よりも、さっきアイツの――」


「一ノ瀬さんの写真かい? あぁ、撮ったよ。不躾だったが、彼女が余りにも魅力的だったからね」


 悪びれる様子の無い光輝に悠斗は拳を握るが、


「ほら、良く撮れているだろ?」


 光輝はスマホの画面を見せる。



 ――綾乃が、コンビニで避妊具を見定めている写真だった。


「――っ!?」


 彼女はソレを熱心に見入っていたのだろう、割と近くで撮られていたが気付いていないらしい。


 怖気づいた様な、期待する様な、恥ずかしい様な不思議な横顔。


 そして、光輝は画面を横にスワイプさせる。


 横断歩道の前、彼女がこちらに向かい手を伸ばしながら、恐怖に表情を歪めていた。


「お、まえぇ!!!!」


 悠斗は光輝に肉薄して襟元を掴む。


 彼は殴り合いの喧嘩などした事が無い。人を本気で殴った事など無い。


 殺したい程、誰かを憎んだ事も無い。



 ――この瞬間までは。



 悠斗が拳を振りかぶった直後、光輝は不敵に笑う。


「僕を殴る前に、コレを見てくれないか?」


 一瞬、怒りしかない悠斗の思考にノイズが走った。


 見せられたのはメッセージアプリのトーク画面。


 それに先ほどの画像が選択されていた。


「なっ……!?」


 目を見張った。


「僕の兄宛てさ」


 光輝はニヤリと笑いながら、


「あの人は、今はもう落ちぶれているけど、存外に便利でね。僕の代わりに噂を流すのには(・・・・・・・)役に立ったよ」


「……っ!」


 その笑みに背筋がゾッとした。


 思考は空回るが、理解する。


「お前が……あの噂を――?」


「そうだよ。僕の知っている連絡先全てに、兄が作ったアカウントで広めさせた」


最近は、写真の加工も(・・・・・・・・・・)簡単に出来るんだろ(・・・・・・・・・)?」


 それだけは、させてはいけない。


 彼女のどんな写真をどの様に弄るのかは解らない。


 だが、何より『一ノ瀬綾乃が避妊具を手にしている』のは周囲が知っているイメージと余りにも、かけ離れている。


 彼女の良からぬ噂はまだ消え切っていない今、ソレが流れれば『噂の信憑性』が僅かにでも増してしまう。


 それは疑念となり、良いネタになる。


『少なくとも彼女はそういう事(・・・・・)に興味がある』と、また別で悪質な噂が流れる事だろう。


 ここでこの男を止めなければ。

 


 だが、


「――動くなよ」


 彼の指は送信アイコンに触れる直前にある。


 ――ダメだ。


 本人を殴り飛ばすにも、スマホを弾き落とすにも悠斗には一つ動作がかかってしまう。


 光輝はそれよりも早く送信する。


 彼のスマホからそのデータが別の端末に送られれば、上条悠斗には、どうにも出来なくなる。


 まるで、銃口を向けられている様だった。


「いい加減、手を放してくれないか?」


「――っ!」


 彼の襟元から悠斗は手を離し、拳を下ろす。


「こんな脅しまでして、綾乃と付き合ってどうする。こんな事で真面な恋人に成れる訳が無いだろ……」


 下ろした拳は固く握られ震えた。


 光輝は肩を竦ませる。


「あぁ、別にどうだって良いんだ。彼女の気持ちなんて」


「ぁ……?」


 呆けた悠斗に笑いを堪えて、


「君の言っていた通り、“お飾り”だよ」


 当然の様に、


「僕は完璧である事を求められている。僕には期待に応える義務がある」


 嬉々として、


「そんな僕は既に多くのものを持っているけど、一つだけまだ無いモノがある。それが『恋人』さ」


 悠斗には解らない事を囀る。


「僕に言い寄る女は大勢居た。けど、好み云々(うんぬん)ではなく、どれもその資格が無かった。うんざりしていた所に、僕は彼女を見つけた。容姿も性格も美しい女性を」


 下卑た笑みだった。


「まぁ、彼女の秘密には正直、驚いたし幻滅もしたが、それでも些細な事だ。周囲にバレなければ問題ない。仮に広まったとしても僕が庇えば、それはそれで株が上がるだろ?」



 ――本当に都合の良い女だ。



 光輝の言葉に一瞬、意識が遠のいた。


「何を言ってる……?」


「これから彼女には、恋人らしい事をして貰う。お弁当を作って貰ったり、休み時間を共に過ごしたり、休日はデート――。今、君達がしている事だろ?」


 酷い眩暈がする。


「今度の月曜。ホームルームが始まる前に、僕が君達の教室に行って、改めて告白をする。取り合えず、一ノ瀬さんは君を振って、僕を受け入れてくれれば良い。その後の事は、僕らの事だ(・・・・・)


「だから……何を――」


「心配しなくても、あくまで学生の間だけだ。別に君達が関係を続けても構わない。デートをしてもキスをしても――なんなら、抱いても良い。まぁ、全て僕の後だけどね(・・・・・・・)


「いい加減にしろ、お前は――!」


「最後のチャンスを上げるよ」


 光輝をスマホの画面を見せながら、


「僕は君達から屈辱を味わった。僕の告白を断り、僕の人生に汚点をつけた。それも二度もだ。僕は君達が許せない。コレは復讐でもあるんだよ」


 けど、と。


「君の誠意を見せてくれ。そうすれば、僕も考え直そう」


「――……」


 上条悠斗は御門光輝が理解出来ない。


 目の前の彼は、自分とは根本的に違う何かなのだろう。


 自分達の関係を考えると、好きな人が居る少女に告白して振られた少年が、再び告白したが、既にその好きな人と付き合っていたので、改めて拒絶された――というだけ。


 それで終わる筈だった。


 彼の主張は、僅かにでもまかり通るものでは無い。


「やっぱり、お前は真面じゃない」


 悠斗は、ズボンからスマホを取り出し、今度は彼が光輝に見せる。


「今までの会話は録画している。お前の親や学校にこの事がバレたら、お前もお終いだ。もう俺たちに関わるな!」


 お互いに、スマホを見せつける。


 それぞれの額に銃口を突き付けている状況だ。


 イーブンの筈だ。


 だが、


「だから、なんだというんだい? “最後のチャンス”というのは、僕にとってもそうなんだよ?」


 御門光輝は薄ら笑う。


「さっきも言った様に、僕の人生は君達に狂わされるまでは、完璧だったんだ。そして、僕の人生は完璧じゃないと意味が無い」


「……?」


 やはり、悠斗は理解出来ない。


「今の僕の評価を知っているか? 仲睦まじい君達に割って入る邪魔者なんだよ。こんなものは、僕の望んだものじゃない、期待されたものじゃない。だから、このままじゃ僕に意味なんて無い。完璧な僕に戻る為には、僕を拒んだ彼女が僕を選び、受け入れ、求めている事を周囲が認めるしかない」


 理解したくも無い。


「だから、それが叶わないなら、全て無意味なんだ。無意味な僕には価値が無い」


 一ノ瀬綾乃が手に入らないなら、共倒れも厭わない。


 周囲を巻き込んで自滅する事を恐れない。



 ――狂っている。完全に御門光輝は狂っている。



 彼はスマホの画面を操作した。


 件の画像が送信され、直ぐに既読のチェックがつく。


 僅かに間をおいて『作業に入る』と返信が入った。


「実はね、もう彼女名義で『裏アカ』というのも用意してあるんだ。加工した写真と住所に『パパ活します。気軽に声をかけてね』と添えて投稿する。薄汚い中年共は歓喜するだろうさ。当然、学校や警察が動く様ならその時点で、こちらも全てをぶちまける」


 勝ち誇った様に光輝は嗤う。


「――さて、君達が堂々と恋人で居られるのも明日までだ。存分に楽しんでおくと良い。どちらにせよ、“最後の良い想い出”になるように、ね」


「――――」


 言葉が出なかった。


 光輝はその場を去る。


 悠斗はその背を無言で見送った。


「――――っ、ぁ……」


 悠斗は、震える手でスマホを操作して録画を停止する。


 呼吸がおかしい。身体が重い。まともに、頭が働かない。


 だが、理解はした。


 彼の主張通りなら、綾乃は良い様に利用される。


 拒めば、彼女の秘密はバラされる。


 こちらは、彼の企みの証拠を持ってはいるが、御門光輝は理想通りにならなければ、自分自身も含めて、無意味だという。


 自身の破滅も厭わない。


 自分達と彼の価値観が嚙み合っていない。


 だから、駆け引きが成立していない。




 もう、打つ手が――無い?



「……」


 どうなっても、綾乃が傷つくというのならいっそのこと、この手で殺すべきなのか。


 それは、誰よりも自分が彼女を裏切り傷つける事だと理解しているが、あの男を止めるにはそれしか無いと思う。


 何より、上条悠斗は自身の苛立ちを抑えられない。


 悍ましくて、憎くて、堪らない。


 彼は弱弱しく、それでも覚悟を持って一歩を踏み出した。


「――ダメ。行かないで」


 その背を綾乃が抱きしめ引き留める。


「綾乃……?」


「どこにも……行かないで――」


 彼女の温もりとすすり泣く声に、頭が冷えていく。


 インターホンの通話で成り行きは聞いていた様だ。


「ごめん、どこにも行かないよ。俺は綾乃の傍に居るから」


 震える綾乃を支えながら、家に入る。


 玄関を上がりリビングに戻ろうとしたが、その途中で綾乃の身体の力が抜けて、支え切れずに二人で崩れ落ちた。


「綾乃……っ!」


 凍える様に震える彼女を抱きしめた。


 どの位か、温め合う様に寄り添って、


「ごめんなさい」


 ポツリと綾乃は呟いた。


「私がアイツに見られたから、写真なんか撮られたから。――最初から、ユートを好きだって、ちゃんと言えていたら……こんな事にならなかったかもしれないのに――」


「それは、違うよ。綾乃が悪い訳じゃない」


 悠斗は、より綾乃を抱きしめる。


「御門が自分の事しか考えてないだけだ。なりふり構わない馬鹿は、誰よりもタチが悪い。それに、俺も何も出来なかった。綾乃を守れなかった。――ごめん」


 互いの温もりに縋る様に求め合う。


 それだけで安心した。


 だからこそ、これからの事が不安で堪らない。


「……お願い、ユート――」


 綾乃は彼の胸に顔を埋めながら、


「私と――」


 自身の為に(・・・・・)、最愛の彼に懇願する。



お読み頂き、ありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
別に避妊具購入しようが何も問題ないんだけどね
[一言] 鬱展開か… 物語に抑揚をつけるには必要だとは思うけど辛いですね、、、 出来るだけ早く解決する話を読みたいです。 投稿お疲れ様です。
[一言] 鬱展開はちょっと、、、
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