第二十八話:粒餡かこし餡か、0.02ミリか0.03ミリか
「“粒餡”か“こし餡”か――それが問題だ」
二人の自宅の道路を挟んで直ぐのコンビニで、一ノ瀬綾乃は缶詰のコーナーでムムッと眉間にしわを寄せていた。
買い物カゴには既に、お目当てのメイプルシロップは入っている。
目的は達成されたので直ぐに帰る事も出来たのだが、折角なのでと味のレパートリーを増やそうと思った次第だ。
ホットケーキに乗せたり挟んだりするなら、どら焼きよろしくどちらでも合う。
だが、二つ買う程の財布もお腹も余裕は無い。
……と、なれば後は好みの問題だ。
自分は“こし餡派”だが彼は“粒餡派”。
つまり、
「粒餡入りまーす」
昔は、何でも自分に合わせてくれていたのだ。餡子を始め服装や料理も好きな人の好みに合わせるのも、やぶさかではない。
ついでに、ポテチやポッキーもカゴに入れて、
「あ、そうだ綿棒……」
日用品コーナーに足を運びそれもカゴに入れた。
こういう雑貨は思い出した時に買わないと、忘れたままになるのが常だ。
「なんだかんだで、結構入れちゃったわね」
自身が持つカゴが中々の重さになり苦笑する。予算的にもギリギリだ。
そのままレジに向かおうとするが、その横目でボディケアやスキンケア用品の隣にあるソレを見て、足を止める。
「――……」
0.02ミリとか0.03ミリなんて、普段の生活では実感しない単位の厚みの何某。
それ単体は決して“いかがわしい”アイテムではないと思う。
寧ろ、愛し合う男女が正しく愛を確かめ合う為に必要で大切な代物だ。
――つまりは、今の自分達にも必要なキーアイテムなのでは? と綾乃は思う。
だって、もうお互いにそのつもりなのだ。
『学生らしいお付き合い』かと言われれば、その範疇を超えていると思う。互いの家族に堂々と言える事では無いだろう。
現にあの時は未遂に終わったが、高ぶった感情の勢い任せだった。
お互いに無自覚、無責任だっただろう。
正直言うと、異性として自分を求めた彼を少し怖いとも思った。
――だが、あの時の想いは確かで、今もこの小さな胸にある。
その日以降は、お互いに家族が家に居て“そんな雰囲気”にもならなかったのだが、常に顔を合わせていても気まずくもならなかった。寧ろ家族の目を盗んで、手を繋いでいた位だ。
そして、今日。
綾乃の父は休日という事で、朝から釣りで夕方まで帰って来ない。
悠斗の父は現在、単身赴任中。
母はパートで、勤め先はスーパーマーケット。今日のシフトは夕方まで。
姉は友人と遊びに出ている、戻るのは夕方らしい。
――つまり、それまでは邪魔は入らない。
実際に、そういう事をしなくとも、そういう事についてちゃんと話し合う事は出来る筈だ。
――するべきだと、思う。
本気で、彼の事を愛しているから。
今日は良い機会になるだろう。
「なら――現物もあった方が……良いかもねっ」
恐る恐る商品に手を伸ばすが、刺激的なキャッチコピーに怖気づく。
――こんな薄くて大丈夫なのだろうか? しかし、彼としては極端薄い方が良いのでは?
そして、はた、と気付く。
そもそも、彼に合うのはどれだろう?
色々なモノには個人差、という奴があるのだ……あるのだ。
実体験などある訳も無く、知人から詳しく話を聞いている訳でも無い。
あくまで、ネットで目にする情報や体験談なのだが、こういうのは適切な物を選ぶのがお互いにパートナーの為なのは確かだ。
「――やっぱり、うん。ちゃんと話し合おう……」
そっと、箱を棚に戻し綾乃はレジへと向かった。
◇
「……――」
綾乃はエコバッグを片手に澄ました顔で信号が青に変わるのを待っていたが、内心は穏やかでは居られない。
会計を済ますまでは今日は『彼と恋人としてちゃんと向き合おう』と心に決めていた。
だが、コンビニを出て自宅を視界に入れると、途端に心の中の綾乃が「みぴゃー!?」と奇声を上げ出したのだ。
意識してしまうと、期待と緊張と少しばかりの恐怖心が駆け巡る。
それでもやはり、今すぐに彼に会いたい気持ちが先に出るので、頭の中はお祭り状態だ。
慌ただしい脳内会議で今後の予定を組み立てた。
まずは、普通に彼の焼いてくれたホットケーキでお腹を満たす。
そして、自室に上げてもらい、穏やかな一時で心を満たす。
程よい所で“大事な話なの”と、切り出そう。
自分が真剣なのは彼も分かってくれる筈だ。
――特に、キーアイテムの選び方や着け方は一緒に正しい情報を知ってもらおう。
歩行者用信号の赤が点滅し出した。
よし、ではそんな感じで――、と結論づけた時だった。
不意に、パシャリ、と聞き覚えのある電子音がした。
「――ぁ?」
その方向に顔を向ける。
誰かがスマホを自分に向けていた。
誰だ? 何をしている?
状況に思考が追いつかない。
「やぁ、一ノ瀬さん。こんな所で会うなんて奇遇だね」
その誰かが、不自然なくらいの穏やかな声色で言った。
その誰かが、不自然なくらいの爽やかな笑みを見せる。
ようやく理解した。
コイツに写真を撮られた。
それも、恋人にしか見せていない、今の姿を。
――不味い、と心が叫んだ。
同級生に見られた、という以上に危険だと察する。
「な、何撮ってるの……! 勝手な事しないで!」
綾乃は彼のスマホを奪おうと手を伸ばすが、また電子音が耳に届いた。
ニヤリと、彼は不気味に笑う。
――怖い。
怖い怖い怖い……!
「――良かったら、僕と少し話さない?」
――助けて。
一ノ瀬綾乃は、点滅を始めた青信号を走り抜けた。
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